「癒し系パワーストーン」カテゴリーアーカイブ

癒し系にお勧めのパワーストーンに関する記事を集めています。癒しとひと口に言っても様々なケースがあります。あなたにピッタリのパワーストーンを見つけましょう。

アクアマリン・ちょっと休憩・2018年11月20日

アクアマリン(Aquamarine)
アクアマリン(Aquamarine)

アクアマリン・ちょっと休憩・2018年11月20日

アクアマリンが出ています。

アクアマリンに求めるのは「淀みを流すこと」「ストレス解消・リラックス」。

これは意味辞典では扱われていない内容となります。

アクアマリンの働きの根本にあるのが、実は「浄化力」なのです。

「仲直りのためのパワーストーン」として扱われやすいのですが、その根底にあるのが「わだかまり」を水に流すといった働きがあるわけです。

物事に対するマイナスイメージやストレスを解消してこそ、人間関係もやり直せるということですね。

そこで、今回は「淀みを流す」「ストレス解消」といった用途に使います。

さて、カードは「ワンドの4」。

良いカードですよ。そしてちょっとのアドバイスが。

幸運の兆しです。これまでに悩みやトラブルに翻弄されていたとしても、あなたの努力が正当に評価される吉兆。思いがけないチャンスも訪れるでしょう。

同時に仲間にも恵まれ、苦楽を共にして成功に協力してくれているはずです。

そして今おすすめするのはちょっと休憩すること。もっと人生が充実するように、ストレスがあることが離れてリフレッシュすること。

ちょっと回り道に見えるかもしれませんが、そうすることでより人生の発展につながるようです。

起因と受け身の面白い法則

このコラムでは傾向として受け身でいるよりも起因でいることを多めに書いていますよね。

というのも、多くのケースで「受け身」としてことが起こることを待っている状態を選択しているからです。しかしこれだと実際には何も起こりません。

ね、みんなが「受け身」として何かを待っていたら何も進まないでしょう。会議で誰も発言しないのと同じです。

しかし実際には、起因でも受け身でも、そのどちらにも軽やかに進んでなれることがベストです。

例えば、あなたが「人に親切にされたい」という受け身の感覚でいたならば、さっさと「人に親切にする」という起因の立場になってみましょう。

またビジネスとして収益の増加を願うという受け身の状態でいるなら、起因としてのプロモーション活動が不可欠ですよね。

いじめられるという受け身の状態をやめたいなら、逆ぎれして反撃するという起因に立つのも方法です。

以上のように、起因と受け身を自由に反転させることによって、望む人生に一歩近づくことがあるわけです。

明日が良い日でありますように。

レッドゴールドストーン・一歩引いて冷静になろう・2018年10月30日

レッドゴールドストーン(Red-gold-stone)
レッドゴールドストーン(Red-gold-stone)

レッドゴールドストーン・一歩引いて冷静になろう・2018年10月30日

レッドゴールドストーンが出ています。

レッドゴールドストーンに求めるのは「コンプレックスと戦う」。

レッドゴールドストーンは意味辞典の方にもある通り、人工的に作った石なのですが、これ、不思議なことにきっちりとパワーストーンとしてのパワーを持っています。

その働き方も独特で、他のパワーストーンには見られない特別なものがあります。

それは自分が持っている「劣等感」を上手に処理してくれることになります。

レッドゴールドストーン以外にはこれと同じ働きをするものがありません(遠回りに結果的にそうなるということを除いては)。

その劣等感の処理ですが、単にそれを消してくれるというより、劣等感と共存しながらもうまく過ごせるといった方向のことになります。

まずは心の不安に反応しないこと。一歩引いて冷静に見てください。

自分が考えているコンプレックスなんて他の人は実際には誰も気にしていなかったりするものです。

さて、カードは「月」。

不安や恐怖を象徴していますね。

ただし、それが本当のことなのかどうかは関係ありません。

どちらかといえば、自分自身が作ってしまった不安に自分でたじろいているという感じがありますよ。

ま、そもそもが不安というのは、自分で作らなければ存在しようがありません。

しかしながら、人は無意識のうちに不安を作り、できることもできなくしたり、全く不要な取り越し苦労をしてしまいます。

月が表すのはこのような無意識の影響で、このカードが出ている時にはそれを克服せよ、という意味に取るのが正解のようです。

コンプレックスやトラウマの影響を受けてたやすく感情のレベルを下げることがないよう、ここは理性を働かせるべきだとカードは言っています。

不安を乗り越えてしまうと、あれはなんだったのか?とバカバカしく笑えるようなことになるでしょう。

他人事に反応するトラウマ

前回のコラムで「人を助け損なうとそれがトラウマになることがある」と書きました。

さらにですが、それがもともと自分自身とは関係のないことであっても「反応」するケースについて説明します。いや、これは実際に多いのです。

例えば・・・

あなた自身の人生の中で「誰かを助け損なった」という、ある程度の後悔の念があったとしましょう。どんな場面で、どんな内容かということはもう人それぞれで様々です。

この後悔の念を「トラウマのタネ」とします。

これらのタネって結構細かい事柄が蓄積します。これも人それぞれですが、例えば、混んだ電車の中でお年寄りに席を譲りそびれた、というような細かいことです。

これらの細かいことが「助けられなかった後悔」という心のコーナーにしまわれます。そのコーナーにはこれまでの細かい後悔がどんどん蓄積されています。

そんなあるとき、自分とはまったく関係のない人の話として「混んだ電車で妊婦さんに席を譲らない人がいる、それはまずいだろ」という話を見聞きしたとします。

さてこんなとき、自分の中にある「助けられなかった後悔」の心が反応します。

他人事なのに、自分の心が反応するんですね。これはそこそこ「嫌な感じ」がしますよ。「わ、これって私のことじゃん」というように、本人はそうと気づいていないでも、気分が悪いのです。

これはわかりやすい話として書きましたが、メカニズムとしてはこのようなことが起こります。

人の話なのに自分を正当化してしまう

(そしてひどい悪循環にはまり込む)

人によって「助けられなかった後悔」が大きいトラウマになっていれば、第三者の「助けられなかったお話」にかなり強烈に反応することがあります。

もう話を聞いただけでパニクるということもあり得ます。

で、このパニクる状況が嫌なら「正当化」が始まるわけです。

そもそもが他人事であるのに自分を正当化しなければならなくなります。

今回の例では「妊婦さんに席を譲らない人はまずいだろ」というところを「いいや、混んだ電車に乗ってくる妊婦さんが悪い。時と場所をわきまえろ!」になるわけです。

元々が他人事であるのに、自己正当化しようとすれば、席を譲らなかった人でなくて電車に乗った妊婦さんを悪くするのです。

トラウマのタネを溜め込むと、第三者の失敗や間違いについても自分が反応するということです。

そしてその正当化を完遂するためには、自分でもその間違った行動をして正しさ(正当化)をゴリ押しすることになります。(元はといえば他人の行動で反応しただけなのに)

これが他人の行動を起点にして起こる螺旋悪循環(らせんあくじゅんかん:スパイラルダウン)のメカニズムです。

バカバカしいことですが、こうなっている事例には事欠きません。

悪循環にはまり込まない簡単な方策

さて、こうならないためにすることは簡単。

誰にだって間違いや、知識不足によってまずいことをすることはいくらでもあります。

その間違いに気づいたら、相手がいるなら謝って償いをすること。こうするとトラウマのタネはたまりませんし、自己正当化で螺旋悪循環にはまり込むこともありません。

気分はスッキリしていられます。トラウマにもコンプレックスにもなりません。

それから「助けられなかった小さな後悔」をたくさん持っている人というのは、元々が「人を助けなくちゃ」と思っている正しい人であることを付け加えておきます。

本当の悪人なら人を助けられないことで後悔したりはしませんから。(正当化はアホであって別件として扱いますが、これもまああり得る反応で普通のことです。)

今話題の「自己責任論」を見るにつけこのようなことを記しておきました。

明日が良い日でありますように。

ホワイトハウライト・リセット&再スタート・2018年10月29日

ホワイトハウライト(White-howlite)
ホワイトハウライト(White-howlite)

ホワイトハウライト・リセット&再スタート・2018年10月29日

ホワイトハウライトが出ています。

ホワイトハウライトに求めるのは「リセット、そして再スタート」。

ホワイトハウライト傾向として癒し系にあり、気分を優しくリセットするのが得意です。

マイナス感情で気分が上下するようなときには大変役立つパワーストーンですね。

また同時に、ホワイトハウライトは感情的なストレスに対して耐性を作る作用もします。

例えば、今すぐには環境を変えられないような状況、職場や学校などの対人関係にストレスを感じているような場合には応用しやすいでしょう。

さて、カードは「世界/リバース」。

前回に続きまたまたどうしようもないカード。まあ、今回でこの低迷を完結しようではありませんか。

まずは自信喪失感あり。うまく行かないという心配ごと。疲れからくる身体的な不調などの暗示ありです。

でもねえ「世界」は基本的に完成を表しており、それこそ新しい世界が現れる意味があります。

これ、やり直せるって感じがしませんか?

やり方、考え方を変えて、リセットスタートしてみようではありませんか!

「助けること」とトラウマ

ここのところの話題に「自己責任」があり、なぜ様々な場面で間違った形で「自己責任」が持ち出されることが多いのか、それを記しておきます。

誰かを助け損なうと、それがトラウマになる

事件や事故がトラウマになることは容易に理解できるのですが、実は誰かを助け損なったと、いうことも強い後悔としてトラウマになることがあります。

その人を助けることが正しいとわかっていても、それができなかったとか、サボってしまったとか、深刻な事情でそれができなかった・・・

そんな時に「助けられなかった」ということについて強い自己否定が働くことがあり、それがトラウマとして残ります。

これは個々の人が自分の心に刻むことであり、他の誰かには評価できません。

例えば学生時代に、いじめられている同級生を助けなれなかった、ということについて同じ立場でも強い後悔を感じる人、そうでない人がいるでしょう。

また、年老いた両親の面倒を十分にみられていないということに罪悪感を感じる人もいます。

大きな事故では、自分が助かって他の人が亡くなったという時など、なぜ自分だけ助かったのだと、生き残った自分に罪悪感を感じる人もいます。

これらのことがトラウマになります。

正当化によってトラウマを解消しようとする

そして人がこのトラウマから解放されようとするとき、間違った方法として「自己正当化」を始めます。(正当化のためなら嘘もつきますよ、というか嘘でも持ち出さないと正当化できないことも)

先のいじめの例なら、いじめられっ子を助けようとしたら、今度は自分がいじめられるだろうと思ったとか。

さらには、自分はいじめに加担していないとしても「いじめられる方にもいじめられるだけの理由がある」といったことをこじつけます。

早い話「助けられなかった私は悪くない!」です。

そして・・・

「勝手に悪いことにはまり込んだあなたが悪い」となります。

これ即ち、自己責任が持ち出される理由です。

これは明らかに、トラウマの間違った解消方法です。この正当化によって螺旋悪循環(スパイラルダウン)が起こるのが目に見えます。

このままだと人を助けることをしない社会が生まれますよ。それでは社会も文明も成り立ちません。(いまこの国がそうなりつつあります)

実のところ、日本という国自体がこの大きなトラウマを抱えている部分があります。その源流は太平洋戦争中にあるだろうと思ってます。

なにせ多くの人が犠牲をしいられ、国家は国民を助けることができなかったのです。

ところが、あの戦争に関して「日本は悪くなかった」という正当化をもつ歴史修正主義な人たちがいるのです(嘘を入れ込んでまでも)。戦争を美化すらしています。

これは国民を助けられなかった(むしろ踏みにじってさえいた)ことに対する正当化です。

彼らが特に、今回の件で「自己責任」を叫んでいる構図が見て取れます。

ただ、彼らもトラウマを抱えているわけです。

明日が良い日でありますように。

チャロアイト・休むときには休むんだ・2018年10月26日

チャロアイト(Charoite)
チャロアイト(Charoite)

チャロアイト・休むときには休む・2018年10月26日

チャロアイトが出ています。

チャロアイトに求めるのは「癒し」。

チャロアイトは癒し系三大ストーンのうちのひとつ。

ですが意味辞典にもある通り、単に癒してくれるのではなく、自分のマイナス感情を自分でしっかり見つめ直すことから始まります。

そういう意味ではチャロアイトを癒し系として誰にでもおすすめすることはありません。

とにかく癒して欲しいとだけではチャロアイトは始動せず、なぜ癒しが必要になったのかという根本原因にまで遡れる人にだけ使えるパワーストーンと言えます。

さて、カードは「ソードの3/リバース」。

どうしようもないカードですね。

裏切られたり、努力が報われなかったりと、まったく思い通りには行きません。

その上に解決策をどうしても見出せないということになるでしょう。

どんなに不幸なことでも、それは受け入れるしかないということが確かにあります。

例えばまったく防ぎようのない災害にあったりと、人生の中には理不尽で逃れようのないことも多くあります。

抵抗するより受け入れて、それから考え行動するより道がないことも確かにあります。

何度も書きますが、「そこから抜け出る道は通り抜ける道」これしかないのです。

自分の人生を誰かに肩代わりしてもらうことはできません。

そして、時には本格的に休憩することも必要です。

その休憩がただただ単なる癒しに終わらぬよう、チャロアイトを取り上げてみました。

日本人の幸福感は収入より自己決定度で決まる

面白い記事がありましたので紹介いたします。

日本人の幸福感は収入より自己決定度で決まる

↑リンクです

これズバリ、タイトル通りです。

例えば、自分が進学する学校や職業の選択として、親とか誰かの言いなりになっているよりも自分で決定している人の方が幸福感が高いというデータです。

単に高学歴や高収入であるとかよりも自己決定をどれだけできているかの方が幸福には関連度が高いということです。

そこで少しアドバイス・・・

それじゃあ、人の言うことをまったく取り入れずに常に勝手なことをしていれば良いのかと言えば決してそうではありません。

例えば「誰かのコントロールを受け入れる」と言う場面において、それ自体を自分で決定して進めるのも自己決定です。

「よし、それではこの人の言うことに従おう」ということですね。

嫌だったけどしぶしぶ従った、という状況とは違うわけです。

実際、自己決定することは後々にかなり楽ですよ。

誰かのせいとか環境のせいにしない、というのは実は楽なことなのです。

そこで再び自己責任について

自己責任というのは、明らかに自己決定によって負う責任です。

ですからそもそもが自分以外の誰かから押し付けられるのは自己責任ではありません。

ですので「それは自己責任だ」と誰かに言われることは門違いではないでしょうか。もちろん誰かに言うことでもないと思います。

また、この話題の元になっている誘拐されたジャーナリストのことに関して書けば・・・

「なぜそんな危険地帯に行くのだ?」

との言い方がありますが、そこが危険地帯だと言うことは、誰かが行って知った情報が元になっているわけです。(このジャーナリストのような人が行って詳しく調べたからわかる話ですよね)

誰かが行かなければそこが危険地帯かどうかもわかりません。

「なぜそんな危険地帯に行くのだ?捕まっても知らないよ」と言う人は、誰かの自己責任にただ乗りしているにすぎません。それは実際には無責任なのです。

なぜジャーナリストは危険な地域に行く?

ピュリツァー賞受賞の報道写真家は、悲惨な現実を伝える理由を

あなたの目となり、彼らの声を代弁したい。現場に足を運び、世界の目となり、起きていることを見せたい。そうすれば誰も‘知らなかった’とは言えませんから

と話す。

明日が良い日でありますように。