カテゴリー別アーカイブ: 癒し系パワーストーン

癒し系にお勧めのパワーストーンに関する記事を集めています。癒しとひと口に言っても様々なケースがあります。あなたにピッタリのパワーストーンを見つけましょう。

ターコイズ・ゼロスタートがやってきた・2018年10月15日

ターコイズ(Turquoise)
ターコイズ(Turquoise)

ターコイズ・ゼロスタートがやってきた・2018年10月15日

ターコイズが出ています。

ターコイズに求めるのは「自由な表現」。

これはターコイズが持つ働きの中で「型にはまった窮屈な考えを一掃する」ことを使います。

今までよりも柔軟で広い視野に立った発想ができるようになることは、思わぬ事態に遭遇したときにも強みを発揮しますよ。

さて、カードは「愚者」。

ちょっと久しぶりのカードかもです。また週の初めにふさわしいかも。

愚者は基本的に「ワイルドカード」としてトランプで言う「ジョーカー」にあたります。

何にでも化けることができる「未知数」そのものを表していることがあるようです。

なにせ未知数ですから、したいことをスタートできることにもなりますし、そのままでよければそのままです。

いずれにせよ自分が今思っていることをそのまま遂行するチャンスと見ることもできます。

そこで大切なのは「柔軟な発想」。

固定観念にとらわれていては現状維持そのままとなるでしょう。

本当の愚者にならないために

それからもうひとつ。

本当の意味での「愚者」のことを。

愚かさとは、その人がその主題に関して直面しなかった事柄の総体と言えます。

そのことについてデータを取らなかっただけ、そこにミステリーを広げることになり、そしてそこに陰謀論が誕生するというメカニズムになっていますよ。

陰謀論へ逃げ込む人は、その主題に関して単に直面したくないということです。

そのために、人々が問題の本質を見ることからそらされることが多々あります。

また、嘘をつくためにわざとそこにあるデータを拒絶するという人もいますよ。この場合、自分が愚かなだけでなく、人をも愚かさに誘い込むというかなりな悪事と言えます。

ちなみに、「みんながそう言っている」というセリフがこの嘘に使われることが多いので注意です。出所が特定されないための言い方が「みんなが」なのです。

明日が良い日でありますように。

シーブルーカルセドニー・受け入れ準備をしよう・2018年10月12日

シーブルーカルセドニー(Seeblue-chalcedony)
シーブルーカルセドニー(Seeblue-chalcedony)

シーブルーカルセドニー・受け入れ準備をしよう・2018年10月12日

シーブルーカルセドニーが出ています。(意味辞典に未記載)

基本的な働きはカルセドニーと同様になります。傾向としてはリラックス系と言えますね。(意味辞典のカルセドニーのコーナーを参照のこと)

(ちなみに、上の画像で青い玉は染めています。白い方が実は天然色ですよ。)

シーブルーカルセドニーに求めるのは「受け取る許容性」。

何かを受け取る許容力を高めてもらおうということです。それもその人の最大値まで・・・

その受け取れるものとは、物質的なことだけでなく、知識のように形がないことも含まれます。

そして実は、シーブルーカルセドニーは「手放す能力」を高める働きも持っています。

受け取る能力と手放す能力、まるで逆ですよね。しかしこれは両方を伴って必要なのですよ。

詳しくは本日のコラムで解説します。

さて、カードは「カップの王」。

これはかなり良いカードですよ。

あなたの努力が正しく評価され、賞賛を得られる暗示です。

これまでの様々な経験、成功や失敗の積み重ねが実を結び、独立とか経済的な成功をもたらすタイミングにあるようです。

また、周りの人々の協力を得やすい状況にあり、孤立無援であった人にも賛同者が現れるはず。

協力者という意味では愛情系も含まれており、経済面だけでなく、パートナーとしての新しいつながりを得ることになりそうです。

このカードはあらゆる面で良い方向に向かうことを表し、これを受け取れるかどうかに成否がかかっています。

受け取ることと手放すこと

さて、シーブルーカルセドニーに期待する「受け取り能力のアップ」ですが、それができるようになるには「手放す能力」が必須です。受け取ることと手放すことはついになっていると言えます。

これはまったく不思議な話に聞こえるかもしれませんが本当ですよ。

ここで「手放すこと」とは「浪費すること」と考えてください。

あなたが浪費することができる何かについては、その何かを自由に手に入れる(受容する)ことができます。

しかしその何かを浪費することができないのであれば、それを受容することはできません。

またまた不思議なことを書いているように思われるでしょうが、本当ですよ。

今までのことを、自分自身と他の誰かについて振り返って観察してみてください。

あなたが自由に浪費することができることなら、あなたはそれを自由に手に入れることができています。

またまたゴミ屋敷の例

試しに、このコラムで何回か出てくる「ゴミ屋敷」のことを思い出してください。

ゴミのような物を捨てる(すなわち本質的には浪費する)ことができないのでそこがゴミ屋敷になるわけです。

何かを捨てられないとき、それを「もったいない」と思うでしょう。ね、浪費できないわけです。

「もったいない」と思うのは、それが「再び手に入らない」と思い込む受容性のなさから来ます。

これらの元ネタといいますか、哲学的なバックボーンは古い東洋思想の中にもありました。

それは何もかも捨て去ることができるとき、何もかもを受け入れることができるようになるという教えです。

超簡単にまとめますと、こだわって持ち続けている何かが、新しく受け入れるべきものの邪魔をしている・・・

こんな感じでしょうか。

昔から、運気が悪いと思ったら部屋の掃除や片付けをしよう、ということがありますが、これは事実でしょう。誰にもできる運気回復方法ですね。

シーブルーカルセドニーは実のところ、断捨離系としても作用するパワーストーンです。

お金持ちはなぜお金持ちか?

最後にひとつの例。

お金持ちってお金を浪費するのが得意です。

「いや、お金を浪費や無駄遣いするのではなく、溜め込んでいるだけで増え続けている人もいるよ」

そうですか?

溜め込んだお金は何かの役に立っていますか?

寝かせているお金は、そもそもが「浪費の失敗」です。無駄に存在させていますよ。実質はその人にとってはゴミ屋敷と同じです。

明日が良い日でありますように。

ブルーレースアゲート・スタートの準備をしよう・2018年10月11日

 

ブルーレースアゲート(Bluelace-agate)
ブルーレースアゲート(Bluelace-agate)

ブルーレースアゲート・スタートの準備をしよう・2018年10月11日

ブルーレースアゲートが出ています。

ブルーレースアゲートに求めるのは「コミュニケーション」をより良く行うこと。

ブルーレースアゲートはひと口に言えば「人づきあいが良くなる」パワーストーン。

その「人づきあい」とはすなわちコミュニケーションに他なりません。

人が行うコミュニケーションの多くは言葉によってなされますが、ブルーレースアゲートは言葉に関しても大きな役割があります。

詳細は意味辞典のブルーレースアゲートのページにある通りですね。

さて、カードは「ソードの王子」。

なかなか良いカードが出ています。

スタート地点に立っています。

今まで関心を寄せていたこと、温めていたことに対してそれを目的にして新たなことをスタートさせようとしています。

これからどうなるのだろうと、ワクワクしながらも多少の不安を感じながらも、新しいことに対して非常に関心を持っています。

そして思いもよらないチャンスが到来する暗示。

それはどうやら新しい人間関係からもたらされることでしょう。

コミュニケーションを大切にしてください。

コミュニケーション基礎の基礎(大復習)

「コミュニケーション」。これってあらゆる分野で取りざたされています。

まあなにせ、これさえうまくいけばこの宇宙から問題と言う問題はなくなるだろうと思います。

しかし、「じゃあ、コミュニケーションって何?」と問われるとこれが曖昧な部分があります。

そこで以下にしっかり定義します。

人間が互いに意思・感情・思考を伝達し合うこと。言語・文字その他視覚・聴覚に訴える身振り・表情・声などの手段によって行う。
(スーパー大辞林)

あーなるほど、辞書的にはこうですね。

しかしこれは本質ではありません。もっと根本的なことを以下に書きますと・・・

起因 ——- 距離 —— 受領

そこに「意図」「注意」そして「理解を伴う複製」がある。

これ、一見すると難しそうですが、簡単です。

  • 「起因」とは話し始める人。
  • 「距離」とは文字通り距離です。
  • 「受領」は受け取る人。

そこにある「意図」とは、伝えようとする意思とその内容。

「注意」とは、起因と受領の双方が、そこにコミュニケーションが存在するということを意識すること。

そして「理解を伴う複製」とは、受領した人が、起因としてコミュニケーションを発した人が言っていることを自分のところで複製できて理解すること。

コミュニケーションの要素「複製」って何?

ここで「複製」というのは初耳かもしれませんが、実は昔からコミュニケーションにおいて使われていたんですよ。

例えば、英語圏の映画のセリフで、無線で話している人が通信文の最後に”Do you copy?”と言っていることがあります。

これ、直訳すると「複製(コピー)した?」です。これを意訳すると「わかった?(理解した?)」となります。

そして受け手(受領側)が”Copy that” と答えれば、「わかったよ」となります。

例えば、起因が「赤い靴」と言ったなら、受領は頭の中で「赤い靴」を複製でき、それを理解することです。「彼は赤い靴のことを言っている」とです。

何がコミュニケーションの不全を起こすか?

さて、以上のデータからコミュニケーションが不全になるにはどんな状態があり得るか簡単にわかるでしょう。

まず、「起因」があまり意図を持っていないとき、例えば声が小さくつぶやいているような状態ですね。引っ込み思案であまり声を出せない人、相手に意図を届けられないことは多々あります。

次に「距離」に関しては単に物理的な要因となります。最近ではメールやSNSを通じたやり取りもあり、簡単に距離を乗り越えることはできます。が、この場合には「注意」「意図」という面では非常に不利な状況にあります。

メールやSNSの着信に気づかれなければコミュニケーションが始まりません。

次に、現実の空間に「起因」と「受領」がいる場合には「注意」が大きく関係します。「起因」側では相手に届くような声(そして意図)、そして「受領」側では「起因」が何か発しているぞ、という「注意」を伴う必要あり。

また、最後に「受領」側は「起因」が発したコミュニケーションを自分のところで「複製」し、理解することが必要。

ここで、「起因」側は「受領」側が複製できるように話さねばなりません。相手が知らない単語、あまりにも奇想天外な話は複製されず、もちろん理解されません。

例えば「カドミウムでできたような黄色い靴」と言って、それを複製できて複製できる人は少ないでしょう。

これは人と話すときに特に気をつける点です。

自分が当たり前に使っている専門分野の言葉が普通になりすぎ、それを門外の人に話しても全く理解されないか、大いに誤解を招きます。

また「受領」側が正直に「わからない」と言わないこともあり、ここに混乱の元が生じます。

コミュニケーションの最終目的

コミュニケーションの最終目的は「理解」にあります。それに賛同できるかどうか以前に、相手が言っていることを理解できなければなりません。

また理解してもらえるようにコミュニケーションされなければなりません。

ここで思い起こされるのが理解の三角形です。

理解の三角形

相手に対して、その人にとってリアリティのないことを含んだコミュニケーションでは理解が進みません。

相手に受け入れられるリアリティを探し、わかる単語を用いて、コミュニケーションしましょう。

まずは相手を察する気持ち、これは理解の三角形で言う「愛情」のことです。

さてさて最後になりますが、ブルーレースアゲートは基本的に心を温める癒し系としての働きが根本にあります。

これは実のところ愛情を持って当たるコミュニケーションとしてお互いの理解を高める意味があるわけです。

明日が良い日でありますように。

ラリマー・率直さが信頼される・2018年10月9日

ラリマー(Larimar)
ラリマー(Larimar)

ラリマー・率直さが信頼される・2018年10月9日

ラリマーが出ています。

ラリマーに求めるのは「素直な心」。

うわ、前回もラリマーでしたね。

ラリマーは典型的な癒し系パワーストーンですが、その根底にあるのは「自分を愛する心」。

まずは「悲しみ、恨み」といったマイナス要素を心から取り除きます。これがないと、自分や人を愛することもままなりません。

素直でいられない理由は「何かにとらわれていること」。

とらわれることにエネルギーを供給しているのが「悲しみや恨み」といったマイナス感情です。

さて、カードは「ペンタクルの騎士」。

よりよい状態への希望が強くなっている状態を表します。

そのために大切にしたいのは人間関係や自分自身の責任ある態度です。

このとき、取り繕うことなく素直に率直に人と接することで大きな信頼を得ることになりそうです。

フラフラしないで一貫した態度を維持することで思っているよりも早くスムースに願いが叶いそうですよ。

愛情関係においても吉と出ているよいカードです。

満員電車「好き嫌いと容認その他」色々

最近のこと、Twitter上に満員電車でギュウギュウ詰めになっている人を撮ったアート作品が取り上げられて話題になりました。

それを見た大学教授、安冨歩(やすとみあゆむ)氏の書き込みが以下の通り。

「良い子の皆さん、一生懸命学校に行って、勉強したら、立派なサラリーマンになって、こうやって会社に行けますよ」

これについては様々な反応がありました。

「好きでやっているわけじゃない」
「これが資本主義の、搾取の云々・・・」
「頑張っている人を揶揄している・・・」
「都市計画といった行政の問題」

しかし安冨氏はこの満員電車になぜ人々が乗っているかという理由について「好きだから」とくくります。

うん、最終的に好きだから、に行き着くことになると筆者も思います。

この満員電車については、もう人の尊厳なんか完全無視ですよね。

ほとんど暴力性が存在します。

人はことによっては奴隷のような状態に置かれることを自ら望んでしてしまうこともあり、ことによっては他の誰かを虐げることに加担することもあり。

そして満員電車というのは、乗っている人々それ自体によってぎゅうぎゅう詰めになっているわけですから、乗っている人々自身が加害者になっている側面もあります。

非人道的で人権を完全に無視することに乗客自身が加担しているわけです。

嫌なことでも進んですることがある種の美徳のような教育もありますが、これが満員電車に当てはまるでしょうか?

満員電車にぎゅうぎゅう詰めにされて何十分も我慢を強いられるのって、ここまで科学技術が進歩した21世紀のお話なのか、私は不思議でなりません。

また、満員電車に乗ることに「逸脱」しないでいられる人々、という表現で書いた人もいましたが、いやいや、逸脱しているから乗れるんだと思いますよ。

自らを愛していればあんなものには乗れません。

しかしさらに書けば、あれに乗る程度のことなど小さなゲームである、とすることも可能です。

あれしきのことは人生の中では取るに足りない、というのもありでしょう。

筆者は今は乗らなくなった満員電車ですが、学生とか会社員時代には普通に使っていました。「私は奴隷のようなものだ」と思ったものでした。

とりとめのない話になりましたが、好きなこと、実際に自分がしていること、我慢していること、などなど、それがどんな意味を持つのか、ちょっと考えることがあっても良いかもです。

明日が良い日でありますように。