カテゴリー別アーカイブ: 精神・感情面のサポート系パワーストーン

精神、感情についての安定性とコントロールを取り戻すのに最適なパワーストーンのカテゴリー。多くのストーンがこの種の助けをできますが、状況に応じて最適な物を選びましょう。

ルビー・物質的な成果を得る・2019年5月23日

ルビー・物質的な成果を得る・2019年5月23日

ルビーが出ています。(意味辞典に未記載)

ルビーに求めるのは「愛」。

ルビーは古くから様々な働きが語られるストーンです。

どちらかと言えば守護+自己実現系に強い感じですね。

その中で今回は特に「愛情系」としての繁栄と平和の守り神としての用途を取り上げます。

愛情として、異性へ積極的に働きかける部分もあるのですが、もう少し包括的に愛情によって育み実りを得ると言った方向での働きに注目です。

カード:女帝

良いカードです。

ここのところ、ちょっと決断を迫る系のカードが連続していましたが、その結果として良い方へ向いている感じですね。

さて、女帝のカードは努力の結果として実を結ぶことを意味しています。

今までに徒労に感じていたことが、実は大きな収穫を迎えようとしています。

今現在はそれを信じ難いのかもしれませんが、もうすぐに富と繁栄を手にすることを表します。

これは自分自身の内面が、目に見える結果として体現されることです。

その意味からして、実は先にとにかく内面が重要と言うことになります。

罪悪感についての考察(その2)

前回のコラムでは本当は罪でもないのに植え付けられていることがあることを書きました。

他、罪の意識の多い例として「誰かを助けられなかった」系があります。

これはある種の後悔ですね。

そして、この助けられなかった系の後悔は連鎖することが多いようです。

この連鎖とは、昔々誰かを助けそこない、それが心の傷として残り、その後に似たシチュエーションにはまり込むと心の傷が痛み出すと言うパターン。

そうなると、2回目以降には「うまく助けられなかったらどうしよう?」と言ったビビった感覚が生まれ、また助けられない出来事を体験します。

実際、「助けられなかった系」のトラウマは多いですよ。

例えば、親が亡くなった後で「親孝行していなかった」と言う後悔。

飼っていたペットが死んだのが自分のせいではないかと言う後悔。

それから、大事故や災害などで自分が助かり、誰かが助からなかったと言う出来事。(いやこれはもう客観的には罪でもなんでもありません。これこそが感情的な反応で、もっと古い出来事に関連します。)

これらの後悔の念は、実はもっと古い似たようなシチュエーションで起きた「助けられなかった何か」に関する古傷が関連することがあります。

開けて見るならもっとも古いものを。です。

明日が良い日になりますように。

レモンクオーツ・精神の成長・2019年5月22日

レモンクォーツ(Lemon- quartz)
レモンクォーツ(Lemon- quartz)

レモンクオーツ・精神の成長・2019年5月22日

レモンクオーツが出ています。(意味辞典に未記載)

レモンクオーツに求めるのは「許すこと」。

レモンクオーツは、自分が勝手に抱えている罪悪感とか後悔などの負の要因を、これも自分自身で「許す」働きをします。

罪悪感や後悔は自分でいくらでも作れるもので、それが将来に対しての大きな邪魔になることが多いです。

ただ、市場に出ている多くのレモンクオーツはスモーキークオーツの加工品となります。(天然状態のレモンクオーツは少なく、入手困難でしょう)

上のレモンクオーツの働き解説は、スモーキークオーツの加工品についてのことになります。

カード:法王(司祭)

良し悪しにはあまり関連しませんが、まあ良いカードとしましょう。

精神的な安定性、常識に従った行動、こう言ったことに重きを置く時期に当たります。

また、信頼できる人から有用なアドバイスのチャンスがあり。

自分が選択した道を正しいものと信じ、精神的により深いところから物事を見つめて歩みましょう。

ここのところ、方向転換系のカードが連続していますが、法王に関しても近いところがあります。

対応するパワーストーンとしてレモンクオーツを取り上げていますが、これも自分を許すことで方向転換を図ろうという意図があります。

自分自身が乗り越えられない課題や問題があったとしたら、自分自身を許すことで困難に思えた状況から抜け出すことになりそうです。

罪悪感についての考察

罪悪感とは「悪いこと,非難されるべきことをおかしたという気持ち」ですね。

これが本当に悪いことなら、なぜそうしたのか、そこにあった混乱を突き止めて償いをして終わりです。これこそが、自己肯定であって自己否定ではありません。これが本当に自分を許すことです。

しかし、ことによってはその「悪いこと」や「罪」が、もともと言われなきことの場合もあり。

例えば「教育」です。

(もうほとんど社会構造からしておかしい部分が大きいとは思いますが)

学校では試験で良い点を取らねば悪いこととされます。

悪い成績だと親に叱られますからね。

で、叱られた自分は悪い子だと自分で判定し、親もそう植えつけます。

また、親の言うことをいつも素直に聞く子が良い子供だとされており、そうでなければ悪い子です。

悪い成績とか、親が気に入らない子供の行動を叱るのはかなり人格否定な感じがしませんか?

「あなたはダメな子だ」と植えつけていないでしょうか?

また植えつけられなかったでしょうか?

もし植えつけられているなら、反応的に「自分は悪い」と言われなき罪の意識を持つことがあります。

子供の頃の、親に叱られるシチュエーションに似た場面に遭遇するたび、自分は悪いと言った自己否定な感覚がわかないでしょうか?

でもこれは大間違い。

自己否定する前に、本当に自分が悪いのかよく観察してみてください。負のスパイラルにはまり込んではなりません。

人は、人に気に入られるために生きているのでしょうか?

いいえ、その前に自分自身の人生を生きる権利があるはず。

明日が良い日になりますように。

プレナイト・マジ方向転換・2019年5月21日

プレナイト(Prehnite)
プレナイト(Prehnite)

プレナイト・マジ方向転換・2019年5月21日

プレナイトが出ています。

プレナイトに求めるのは「方向転換」「手放す」。

(わっ、前日のサンストーンも方向転換でした!)

プレナイトは方向転換のために「手放す」ことをうながすストーンです。これがサンストーンとの違いになります。

この手放し作用は物理的にも精神的にも働きますよ。

と言っても、物理的に手放すにはそもそもが精神面での作用が必要ですけどね。

さて、プレナイトの手放し系の働きの根底にあるのは「必要な情報だけ選び出す能力」のこと。

で、不要なものを手放せるようになるわけです。

カード:カップの騎士/リバース

おやおや、昨日のカードの延長上、そして良くない系。

物事が思う通りに進みません。

熱意を傾けるほどにそれが空回りする感あり。

空回りするどころか悪い方へ転がることも。

また、頑張って得た結果が思っていたようなことでなかったりと散々ですね。

ここではもう、思い切った方向転換が必要ですよ!

断捨離以前

不要なものを手放す話なのですが、逆に言えば本当に必要なものを手に入れているのか?という問題があります。

多くの場合、すでにここで間違っているかもです。

あたりを見回して、本当に必要なものって何だろうと考えてみたら、実はほとんどのものが不要であったりします。

物質的なものでは衣食以外にどうしても必要と思えるものは少ないかもです。

身の回りの物質は精神的に満足するために手に入れたのかもしれませんが、それらの多くはかなり虚しい何物かであったり。

逆に、精神的に豊かでさえあれば、人は何物かを作り出す能力がありますから、物質それ自体にとらわれることも少ないかもです。

それにしても、身の回りには取るに足りないものばかり。

本当に必要なものだけを持ちたいものです。

明日が良い日になりますように。

スモーキークオーツ・自分を過小評価しない・2019年5月17日

スモーキークオーツ(Smoky-quartz)
スモーキークオーツ(Smoky-quartz)

スモーキークオーツ・自分を過小評価しない・2019年5月17日

スモーキークオーツが出ています。

スモーキークオーツに求めるのは「否定的な考えを直す」。

安眠のストーンとして取り上げられることが多いですが、それは一旦忘れましょう。

今回スモーキークオーツに求めるのは「プラス側に現実的な思考を生むこと」です。

不安や恐怖(これらは自分で作ってしまいます)から心を解放し、精神面に安堵をもたらしてプラス思考を助けます。

安眠効果は結果的にこのあたりから来ることと思われます。

カード:ペンタクルの3/リバース

少し前に正位置で出ましたが、今回は裏側。

ちょっとばかり注意ですね。

否定的な思いに引きずられていることがありませんか?

「どうせダメだろう」と思って、ここ一番の頑張りどころを自分の能力を過小評価し、全力を尽くすことをしていない・・・

そんなことが起きやすいです。

ここは「ダメでもともと」と言うくらいのつもりで力を尽くして当たりましょう。

実は、立ち向かってしまえば改めて希望が生まれてくることがあるのです。

解決者の立場

前回は全体決定(Pan-determinism)について書きました。今回はその続きです。

ゲーム盤を上から見ることで何が起こるかと言えば「問題の解決者」としての立場を取れるようになることです。

ゲーム盤の上の駒を演じているとき、対戦者との間に必ず「問題」が生じます。(だからゲームが成立するわけですが)

対戦者を単に打ち倒せば問題は霧散するのですが、そのためにはお互いの駒を失うケースがほとんどなわけです。

これは「全体の生存」と言う観点から見ると「損失」です。

(もちろん、環境を脅かす悪人を退散させる必要はあるにせよ)

そこで、ゲーム盤を上から見る神のような立場なら、その問題を解決することができます。

ゲームをプレイしている当事者としての立場は確かに誰でも持っているわけですが、それはそれとして、全体決定として「問題解決者の立場になる」ことはかなりな割合で有用です。

これを裁判に例えて言えば、自分自身が裁判長になって判決を下す役をすることに似ています。

もちろん、自分自身も係争の当事者(ゲームの駒)ではあるのですが、そこを離れて裁判長ならどんな判断をするか、これを考えてみると目の前の問題を解消させることができるかもです。

最後になりますが、ゲームの最中に起こる問題は、実のところかなり些細なことほとんど。

盤の上から眺めてみると・・・このままでは両方とも全滅するぞ・・・みたいなことがわかるかもですよ。

自分と対戦者にとって、本当に大きな問題は他にあって、それは盤の上から見る人にしかわからない・・・そんなことがありますよ。

「問題の解決者の立場を取ろう」です。

明日が良い日になりますように。