カテゴリー別アーカイブ: 守護系パワーストーン

守護系にお勧めのパワーストーンについて書かれた記事をまとめています。学校や会社でのいじめ、ハラスメントなどにお悩みの方の助けに。

マラカイト・謝っちまおう・ 2018年4月17日

マラカイト(malachite)
マラカイト(malachite)

マラカイト・謝っちまおう・ 2018年4月17日

マラカイトが出ています。

ただし、意味辞典にある一般効能以外の使い方をします。

今回のマラカイトの意味、働きとして・・・

  • 冷静に客観的な思考をする
  • 他者、相手の立場の理解

これらを取り上げfます。

マラカイトは基本的に「精神安定系」の働きがあるわけですが、これは「冷静に客観的な思考をする」と通じる部分ですね。

それができれば「他者、相手の立場の理解」も進むことでしょう。

さて、なぜマラカイトのこれらのような働きを取り上げるかといえば・・・

今回のカードは「正義」。(ちょっと前にも出た)

これ、カードのネーミングは良いのですが「気をつけよう」というアドバイス系と思ったほうが良いです。

自分が正しいと思っていることが通らない!とか・・

自分を正当化するために「正義らしいこと」を取り上げている、と言った傾向がないでしょうか?

何が正しいか?というのは本当に難しい問題です。良かれと思ってしていたことがマイナスになったり、正義だと思っていたことがとんだ嘘っぱちだったことなんてたくさんありますから。

正義を振りかざす前に、様々な人々の立場や、現状で妥協できる八方よしの状態にちょっとでも近づける方策はないか、それを探ってみることとをお勧めいたします。

謝っちまおう・正当化の根源

「正当化」する、というのは誰にでも経験があるでしょうが、その中には具合が悪いものもあります。

単純な例として世の中で枚挙にいとまがない「いじめ」があります。

いじめる側は「いじめられる方にも原因がある」というのが非常にシンプルな正当化。

これとそっくりなのが「戦争を始めてしまったその理由」です。

で、やっちまった側に「なぜそんなことしたんだい?」と質問すると・・・

「だって、○○が△△したからさ」と答えるでしょう。

これ、端的に言って自分以外の誰かのせいなんです。

ここでひとつ面白い例を。

アメリカのハイウエイで速度違反の取締をして、違反者に「違反した理由(動機です)」を問うとその答えで多いのが・・・

「女房が急に産気づいたと電話が入ったので急いで病院へ向かう途中だった」

だそうです。

ひどいものは「ブレーキが壊れたので急いで直しに行くところだった」とか。

その「まずい行為」が、本当にうっかりの「過失」でない限りは必ず動機が語られます。(本当の過失でさえ正当化しようとする場合もあり)

そしてその動機は必ず「後から考えてくっつける」というメカニズムがあります。そしてそれは100%、自分でなくて「誰か(またな何か)のせい」です。

なんのことはない、とにかくその人は「まずいこと」をしてしまったのです。そして後からその理由(動機)を作ります。ま、これが正当化です。

ですから、正当化を懸命に語る誰かを見た場合、彼はとにかく「まずいことをしてしまったのだ」ということだけは確実。

また、正当化の中には「誰かを悪くする」ということが含まれています。これは多いです。これに当てはまるのは「いじめられる方にもその理由がある」とか「戦争を始めざるを得ない状況に追い込まれた」と言った話の持って行きようです。

なんのことはない、これらはほとんどが後付けの正当化です。

ですから、声高に誰かを悪し様に言う人を見たら、その人が先に「何かまずいことをしたんだな」と思っていて間違いありません。

さて、その「まずいこと」をしてしまう本当の理由を書いておかねばなりません。

「まずいこと」をする直前には、必ず「混乱」があります。

その混乱を収めるために取り上げた行動が「まずい何か」だったということです。

端的に言って「混乱の処理方法を間違った」です。

そしてそれを間違う理由は「知恵のなさ」です。

知恵がないので正しい判断ができていない、ただそれだけです。

ね、犯罪者を見てください。自分がしたことが自分と人や社会に対してどんなにリスキーなことであったのか、全く正しい判断ができていません。知恵が無いのです。

いじめのように、自分の八つ当たりで他人の尊厳を傷つけて良いわけがありません。知恵がありません。じゃあ自分がされたらどうなんだよ!です。

人は「自分は正しい!」と言って正当化するとき、実は自分には知恵が足りていませんでした!と白状しているに近い状態があることを観察してみてください。

もしも「混乱」に当たったら、冷静になって知恵を振り絞りましょう。

そしてもしも正当化しなければならない状況を持っているとすれば、過去の間違いを冷静に見て素直に謝っちまった方が1000倍楽で将来も明るいのですよ。

それにねえ、正当化は多くのケースで自分にも人や社会にも二次被害をもたらしますよ。ね。

正当化してしまったがために、その「知恵のない間違った行い」をさらに続けねばならなくなるのです。自分の正当性を主張せんがためにはそうなってしまいます。

↑これ重要。

だから言い訳(正当化)が多い人は、その間違いを続行せざるを得なくなりますよ。(言い訳が多い子供はなかなか躾ができないのもそんな理由。言い訳できる浅知恵が仇。)

戦争の泥沼化、不倫が原因の離婚などなど、例には事欠きません。

正当化したくなったら、マラカイトを見てみよう。正当化したくなったらそれより先にとにかく謝ることをお勧めします。重ねて書きますが、その方が1000倍楽で、未来が明るいのです。

明日が良い日でありますように。

ガーデンインアメジスト・休憩しようそうしよう・ 2018年2月27日

 

ガーデンインアメジスト(Garden-in-Amethyst)
ガーデンインアメジスト(Garden-in-Amethyst)

ガーデンインアメジスト・休憩しようそうしよう・ 2018年2月27日

おや?何か前回のカードの延長上にありそう。今回は「ワンドの4」です。

端的に言って「努力は報われるよ。幸運がやってくるよ。だからちょっと休憩しなよ」です。

「お休み」への誘いですから使うストーンは癒し系。今回はちょと珍しいガーデンインアメジスト(意味辞典に未記載)を紹介しましょう。

このパワーストーンはもう端的にアメジストの中にガーデンクォーツが入ったもの。

働き方も二つのストーンをシンプルに合わせた形となり、浄化作用と癒しに秀でています。

様々なことに頑張りすぎると、時間の感覚や、自分が今いるところがどこなのか認識力が下がることがあります。まるで宙に浮いた感じですね。

ガーデンインアメジストは大地にしっかりと足を着け、自分が現時点でそこにいる感覚を取り戻せます。

なお、ガーデンインアメジストには「観察眼の強化」ということも挙げられますが、それが強力としても結果的な副産物かもしれません。

と言うのは、しっかりと現時点としてそこに自分がいる、と言う確信がなければ、本当は何も観察できないからです。

ストレスで宙に浮いた気分のままでは本当の休息もできません。だからこのようなときにはガーデンインアメジストが役に立ちます。

カーリング女子に非難、という標本

あっはっは、やっぱり出てきたカーリング女子叩きです。

あまりに典型的な標本が取れています。

とにかく誰かがうまくやってて人気が上がると、それが気に入らない人がいるようですよ。

これを感情のレベルで表現しますと・・・

感情のレベル 参考資料

  • 敵対心
  • 怒り
  • 秘めた敵意

これくらいです。これらはみんな、一つ下の「恐れ」を根本にしたグループです。

恐れが基本にありますから、なんのことはない「ビビっている人たち」なんですよ。

彼らは、誰かの成功は自分の生存を脅かしている、というまったく不合理な反応をしております。

これは、自分が生きるためには誰かを蹴落とさなければならないという「反応」です。

たとえそう思ったとしても、なぜそれをネット上で意見表明しなければならないのか・・・不思議でしょ!

それは簡単、彼らは人の感情のレベルを下げるのが好きなのです。そうして自分より感情のレベルが高い「敵」を減らします。うっかり引きずられる人も一定量はいますからね。(これも反応です。理性ではありません)

もう端的に言って、かかわらないのが吉。

日常生活にどうしても接する機会があるのなら、できる限りは適当にいなしてください。

まずは、相手の正体を見破りましょう。そうすれば、そんな人たちからの影響を受けにくくなりますよ。

明日が良い日でありますように。

公開日:2018年2月26日 最終更新日:2018年2月26日

ターコイズ・崩壊するが・・・ 2018年1月30日

ターコイズ(Turquoise)
ターコイズ(Turquoise)

ターコイズ・崩壊するが・・・ 2018年1月30日

今日話題にするのはターコイズ

ここで使うターコイズの意味は「許容範囲の拡大」「心の支えとなり、孤独感を消し去る」です。これらの働きについては意味辞典の方ではあまり触れられていませんね。

さて、カードの方はとんでもない物を引いてしいました。

「塔」の正位置です。

この塔、絵的には大概、聖書に出てくる「バベルの塔」を彷彿とさせるデザインですね。

ひと口に言って「崩壊」の象徴。

しかし、崩壊と言っても悪いことばかりでなく、再構築するなら崩壊は付き物。

何かを作り直すには一度破壊することがどうしても必要です。

実際に起こることとしては、予期していなかった大失敗、喪失、そしてそれから悟って得られるかもしれない新しい価値観が挙げられます。

幸福と不幸

ここで、塔から来る崩壊を元に、幸福と不幸について再考してみます。

崩壊は不幸だ・・・と短絡的に「反応」しなくて良いのです。

幸福については、本当に人それぞれ、その人が思う幸福があるでしょう。それは好ましいことなので各自に任せておきましょう。

そして不幸についても同様に人それぞれなのですが・・・

不幸はその人にとって「受け入れがたいこと」と定義できます。

その人の人生には「受け入れがたいことの数だけ不幸がある」わけです。

今まで何の根拠もなく「不幸の数だけ幸福がある」とかいう慰めがありました。

これ嘘だと思いますよ。不幸の数は単に受け入れがたいことをカウントしているだけであって、幸福とはなんら関係ありません。

さて、受け入れがたいこと、とは端的に言って「嫌いなこと」です。

なのでその人は「嫌いなこと」を人生から取り除きたいと思っています。

でも本当は「それに直面できずにいる」という状態になっています。

どうやら、これが不幸の原理のようですよ。

その嫌なことに直面し、その状況を受け入れられる度合いに応じて不幸の度合いが減少します。好き嫌い関係なしに直面するほど不幸が減ります。

そして直面できない人々だけが泣いて暮らしています。

この「直面する」という状態は「我慢」とか、再々言われている「受け入れる」とはニュアンスが違うかもしれません。

「受け入れる」は本当に受け入れるのであってそのようなポーズやスタイルではありません。

また、一見は直面しているように見せかけた無責任さでもありません。

世間で知っている例を挙げてみてください。

普通に見れば不幸なはずなに、ある人はそれをものともせずに、むしろその状況を楽しんでさえいる、ということがいくつかあるはずです。

「どんなことでもありのままを体験できる許容量」を持つ。

これは不幸を不幸と思って背負わないバロメーターです。

ですから、ターコイズをお勧めします。許容量です。

最後にアドバイス。治したい怪我や病気があったらそれを嫌わないこと。嫌っている分だけ治らず、そしてその分、不幸です。本当ですよ。

明日が良い日でありますように。

公開日:2018年1月29日 最終更新日:2018年1月29日

アンバー・その不安は本物か?/月・ 2018年1月12日

アンバー(Amber)
アンバー(Amber)

アンバー・その不安は本物か?/月・ 2018年1月12日

ひと口に良し悪しが語れないカード。

そしてアドバイス色が強いです。筆者的には良しとしましょう。

明るい光が見えなくて「不安」でいっぱいになっているでしょうか?

そうとすれば、その不安は「想像の産物」ではありませんか?

今は焦ってあれこれしようとせず、心を鎮めて「運気の変わり目」を待つのも方法。

とにかく焦りと悲観はしないでおきましょう。

「月」が意味するとこよると深層心理が表に出やすいようです。なので一見は制御不能な感じがするかもしれません。

しかし、これを機会に自分の内面に光を当てて対面することを覚えられるかもです。

筆者的にこのカードを良しとするのは「その不安は必ず通り過ぎることができる」と思えるからです。

そして、不安の種は自分が作っていることが多いことに気づくきっかけにも。

ここでパワーストーンとしてはアンバーを取り上げたいです。

ここのところ、ちょっと厳し目な働きを持つストーンばかりが続きましたから、たまには癒し系が良いでしょう。

アンバーは全体傾向として癒し系、「不安・憂鬱感・絶望感」といったマイナス感情を取り除く意味を持ち、それと同時に「情報整理系」としての効果を持っています。(ここ、ちょっと変わった性質ですね)

アンバーを持つことで人の話を正確に評価し、無用な動揺をしないことにも役立ちます。(これ、情報整理です)

これはある意味、月のカードが示すような感情系を抑え気味にし、理性を働かせるという感じがありますね。

どんな「●●」も乗り越えてしまうチカラ、それは・・・

月のカードは無意識下にあった不安が表面化するといった暗示です。

普段知ることができなかった自分の深層を知ることにもなりますから、考えようによっては対処方法やことの真相を学ぶチャンスとなります。

ところで・・・

このコラムの結論的パターンとして多いのが「それは理性でなんとかしよう」だと思います。

ところが実際には、理性が感情(だいたい間違った感情ですが)に押しやられることが多く、人々の悩みが尽きないわけです。

そしてさらに、このコラムの結論的パターンとして「決定せよ」があります。

実のところ、これが究極の答えです。

決定することは、どんな感情も理屈も無意識をも乗り越えてしまいます。

悩みたくないのであれば・・・

「悩まないことに決定する」

これに尽きます。

これ、バカみたいな話だと思っちゃいけませんよ。これ、真実ですよ。

人の精神がする最も大事で、実はそれしかしていないだろうことが「決定」です。

だってねえ・・・

不安に浸ってどうしようもない状態の人がいたとしましょうや。

その人が不安に浸る決定をしていないことには、不安にだって浸れやしなのですよ!

「いやいや、それは自分の決定ではなく、ほかからもたらされた不安だから」

という反論もありそうですが、ここではやはり数々の、本人による決定があります。

まず、ほかからやってきた「それ」を受け入れる決定があり、その情報によって不安になるという決定が次にあります。

そして実際にさらに様々な決定があるのです。

やってきた何かと戦う、逃げる、いなす、そんなことを決定してやっているわけです。

長くなりましたね・・・

「決定」に関しては究極の原理ということもあり、コラム記事一本ではまとまりません。

が、しかし、覚えていてください。

決めるのは自分自身。「決めないこと」に決定してウロウロするのも自分自身です。

さて、今週も最後の記事になりました。

この週末、自分自身が何を決めて、そして何を決めないことに決めたのか、これを少し観察してみてください。

自分自身が決定していた何かの正体を知ってみることはかな〜り、プラスです。

明日が良い日でありますように。
そして良い週末を!

あ、最後に一言・・・

「決めること」の本質は「その結果を引き受ける責任」なんですよ。

公開日:2018年1月11日 最終更新日:2018年1月11日