「癒し系パワーストーン」カテゴリーアーカイブ

癒し系にお勧めのパワーストーンに関する記事を集めています。癒しとひと口に言っても様々なケースがあります。あなたにピッタリのパワーストーンを見つけましょう。

アマゾナイト・ときには時機を待とう/恋人たち/リバース

アマゾナイト(Amazonite)
アマゾナイト(Amazonite)

2015年11月30日 アマゾナイト・ときには時機を待とう/恋人たち/リバース

このカードは良し悪し云々よりもアドバイスの要素が強いようです。

決めなけれなばならないことは知っているのに、その決断を先延ばししてチャンスを逃す可能性があり。

しかしながら、決断しようにも決め手に欠ける現状がありそうです。こんなときには不本意に決定するよりも、時機を待つ方が得策かもです。その気もないのに何かを選択するということは、後で大きな後悔につながるかもですよ。

こんなときにオススメのパワーストーンはアマゾナイト

「決めなければならないときに決めかねる」「分かっているけれど決断不能」そんな状態のときには心に葛藤が生まれ、心身のバランスを崩しやすいものです。そこでアマゾナイトは精神の過剰な反応を抑えて気分を穏やかに保ち、そのことで身体的に悪影響を及ぶことを防ぎます。

決定とはすなわち責任のこと

本日のカードでは「ことによっては決断の先延ばしもあり」というアドバイスのようですね。

しかしながら、分かってしている先延ばしと、本当に決断できない先延ばしとは全く意味が異なりそうです。

さて、世の中には優柔不断でなかなか物事を決められない人がいますが、その人達は「責任を負うことに抵抗がある」ということに尽きます。物事が決められないのは責任を負いたくないからです。

過去の経験から、優柔不断な人たちがどれほど無責任、または責任能力がなかったかを思い出してみてください。

まったく気の毒なことですが、優柔不断な人たちは、今目の前の責任を負いたくないばかりに、自分の人生の責任を負えず、いつも誰かのコントロール下にいます。自分で自分の人生を歩めません。不平不満を言うばかりで自分は動かないタイプにこれが多いのです。

ですから、今回のカードで「決断の保留」というアドバイスがあったとしても、それは優柔不断になれ、ということではなく「決断を保留するという決断」もときにはあり得るだろう、という意味にとりましょう。

大きな根本原則です。自分のことは自分で決める。です。人にコントロールを渡してはいけません。(わがままにせよ、ということではありませんよ)

明日が良い日でありますように。

シトリン・今あることに目を向けよう/ペンタクルの4/リバース

シトリン(Citrine)
シトリン(Citrine)

2015年11月25日 シトリン・今あることに目を向けよう/ペンタクルの4/リバース

昨日に引き続き要注意なカード。

良かれと思ってしたこと、手に入れたいと思ったことが裏目に出そう。今持っているものに目を向けて、それを大切にする方が無難なよう。

もともとは合理的に考えて間違いなしと思っていたのに、それがうまくいかないようです。また、強情を張って人から反感を買うことも。

こんなときにオススメのパワーストーンはシトリン

このときのシトリンは「ブルーな気分の」の取り除きに使います。またストレス耐性もアップさせる働きがありますね。

人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)

またまたお手上げ風なカードです。

まあ、そうは言っても人生にはこんな日が何度も訪れます。良かれと思ってしたことが裏目に出るなんて何度も経験するでしょう。

また、もっと言えばそれが「裏目に出ているのかそうでないのか?」を確認できないことも多々ありますよ。

そんなときにふと思い出すのが「人間万事塞翁が馬」という言葉です。早い話が人生の禍福は予想できないという意味ですね。(ネットで引いてみてね)

あらゆることの良し悪しなど、これは本当に死ぬ瞬間までわからないですね。いいえ死んでもわからない。

それも誰かが判定してくれるわけでもなく、自分で判定しなければなりません。(また、そんな判定や評価が必要かどうかもわかりませんけど)

と言えば「良かれと思ってしたことが裏目に出ている」と誰がどう判定すれば良いのか、もしかしたらこれも難しい問題です。塞翁が馬の話の通り、そんなことは誰にもわかりません。

ここで、少なくとも言えることは、裏目に出たとか出ないとか、そんなことでくよくよするのは馬鹿らしいということではないでしょうか。

人生には良いときも悪いときも必ずあります。

とにかく、いつでも淡々を過ごせるようにしたいものです。

明日が良い日でありますように。

ペリドット・受け取る日が来た!/ペンタクルの王

ペリドット(Peridot)
ペリドット(Peridot)

2015年11月20日 ペリドット・受け取る日が来た!/ペンタクルの王

昨日と打って変わって「ペタクルの王」。

急転直下で運気が変わっているような感じです。前回の死神のカードで「捨てること」の実行で、今回の「ペンタクルの王」が効いているということでしょうか。

どうやら、今までの取り組みが功を奏して実りを刈り取る時のようです。地位の向上や経済的状況の改善を暗示していますよ。

また、自分自身がわだかまりを感じていたことに関しては、それを追求しない限りは何も影響をしなくなるでしょう。

大きな豊かさが実る日です。多少の不安やマイナス要素も重く考えないで自分が本当に望むものを受け取れます。

人にも親切にして、幸せのおすそ分けを。

こんなときにオススメのパワーストーンはペリドット

成果物を受け取る時にはマイナス要素があってはいけません。ペリドットでマイナス思考を取り去ってください。また、自分を信じる勇気を持てるようになるパワーストーンでもあります。

受け取れない理由・所有に関する話題

昨日は「死神」のカードについて「捨てられない理由」について書きましたが、本日は「ペンタクルの王」で「もらってください」というカードです。

さて、「もらってください」というのに「受け取れない」という性質の人がいます。

これは実のところ、昨日の「捨てれられない」と同義で「所有性」が低い状態そのものです。

端的に言って「捨てられない人」は同時に「受け取れない人」でもあります。

おっと、ここで「受け取れる」とか「受け取れない」とかって一体何のことかとお思いでしょうか?これは文字通りの理解でOKです。

「受け取れない」という人は、報酬やチャンスを文字通り受け取れない人ですよ。

「受け取れない」という人は、昨日の「捨てられない人」よりも構造的には簡単でそのものズバリですよね。(中身は一緒で所有性が低いわけです)

さて、この「受け取れない」状態も、実のところ幼い頃に「責任を剥奪された」ということが現在に響いていることが多いです。

まあ、幼い頃は自分で何もかも管理できませんから、親からかなりな部分で責任を剥奪され、すなわち所有性がほとんどない状態に追いやられます。

そして成長するにしたがって徐々に責任や所有性の回復が図られれば良いですが、実際にはそれがうまく行きません。

実際には、その子供が成長してその家から離れて独立してしまった方が明らかに所有性や責任が増大します。

逆に、独立できていない世に言う「ヒッキー」達はどうでしょう。彼らの部屋の多くが半ば「ゴミ屋敷」化しているのを見たことがありませんか?

彼らの部屋がなぜゴミ屋敷化するかといえば、教育で責任を剥奪されたままであるため、所有性がゼロ。そのために捨てられない状態になりゴミ屋敷化しています。

二日続けてちょっと堅苦しい話になりました。

さて、それでは「受け取れるようになる」にはどうすれば良いか?

あなたの人生の中で、「あなたは受け取れない」と言った人が特定しましょう。多くの場合、両親とか身内にいる可能性が高いです。

もし思い出せたら、どのようなシチュエーションでそれを言われたか?それを思い出してみてください。

明日が良い日でありますように。

レッドジャスパー・捨てる、そして再生する/死神

2015年11月19日 レッドジャスパー・捨てる、そして再生する/死神

なんとまあ、死神のカードです。

とは言っても悪く考える必要はありません。これはある意味ターニングポイント。再生ありきです。

再生するために出直しが必須。あれやこれやと悩み、死守してきたことがこれで本当に良かったのかどうか、自分自身の中では結論が出ているのではないでしょうか?

これまで本当にギリギリの状態で頑張ってきましたよね。しかしこれ以上背負う必要はありません。

これまでの頑張りで少しお疲れモードかも。これを必死でつかんでおくものか?手放すべきものか?の判断のとき。(いいえ、判断はもうできていますよね)

良い未来のためには多少の痛みを伴っても手放すべきときがあるものです。

こんなときにオススメのパワーストーンはレッドジャスパー(意味辞典に未記載)。

レッドジャスパーを使う目的は「執着心の洗い流し」これに尽きます。またマイナス思考や鬱な気分から抜け出す作用もあり、細かいことに目くじらを立てないようになりますよ。再生&スタートにはうってつけですね。

色々と捨てられない理由・所有に関する話題

単純にはその人の「所有性」が低い場合には物を捨てられないケースが多いです。所有性とは、その人が何かを所有できる可能性のことです。

「自分は何かを所有できる」と思っている人は物を得ることと手放すことが自由なのですが「自分は所有できない」と思っている人は一度得た物を捨てることができません。その上に不要な物までを得てしまう傾向にあります。

世に言う「ゴミ屋敷」というのがありますが、これは典型的に所有性が低い状態です。ゴミでさえが捨てられません。誰かがその家の明らかなゴミを処分しようとすると血相を変えて抵抗します。

全く不思議なことですが、何も所有できないと思っている人こそが物を溜め込むわけです。(それがたとえゴミでもです)

さて、面白いことには所有性の低い人は目に見える物体だけでなく、思い出の一部を捨てることもできません。過去に囚われまくっていますよ。

記憶というのは単なる「記録」とそれに伴う「感情」が合わさった状態にありますが、捨てられない人にとっては「悪感情」を捨てることもできません。何千、何万年でもそれを保持しようとするでしょう。これは心の中にゴミ屋敷があるような状態です。

実のところ「執着心」というのも所有性の低さが原因となっていることがあります。

それではなぜ所有性が低くなるのか?

これは難しい問題ですが、ひとつ言えることは、誰かがその人を「何も持てない」と教育してしまったということがありえます。(まあ大体は育ての親だったりです)

またはその人が教育以外でも「自分は何も持てない」と信じ込んでしまっているという状態です。

「何も持てない」ということは、その人から物に対するコントロールを奪うことです。これはうっかりした教育でなされてしまう可能性があります。

コントロールを奪う、ということはすなわち、その人が「責任」を剥奪された状態です。

さてさて、よく観察してみてください。

ゴミ屋敷ほどでないにせよ、そのような状態(所有性が低い状態)にある人は、その所有物に対して意外に責任を持っていないということがわかるでしょうか?使いもしないそれらの物は、未整理状態で放置されているでしょう。無責任にも放置していることを、実は所有していることと錯覚しているのです。

このような状態は実のところ最終的に生存性の低い状態を招きます。以下の三角形の示す通りです。

生存の三角形
生存の三角形

そして、その人がゴミ屋敷からゴミを撤去して復帰するには「所有性のアップ」しかありません。物を捨てるにはそれしかありません。

ではどうやって所有性をアップするのか?

ひとつの方法はその人に「持てない」教育をされてしまった出来事を記憶の中から発見することです。

まあ、それにしたって所有性が低いですから、「自分は持てない」ということを捨てることすらが困難です。

けっこう難しい作業です。

明日が良い日でありますように。