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モスアゲートは基本的に自己反省を迫るパワーストーン。ちょっと手厳しいところがありますが、時には必要なアイテム。

モスアゲート・自分を取り戻す/愚者/リバース

モスアゲート(Mos-agate)
モスアゲート(Mos-agate)

2017年7月19日 モスアゲート・自分を取り戻す/愚者/リバース

ちょっと注意、そしてアドバイス系カード見ましょう。

何かしようと思ってはいるのですが、それと同時に無気力な雰囲気がありませんか?

これは単純に自分を含めた現実に向き合えない状況と言えるでしょう。

現実にしっかり向き合うには「自分を信じること」。

いつかきっと・・・といった成り行きまかせで今を見ない状態や、他人任まかせではなく、「自分が変わるのだ」という気持ちをしっかり持ってください。

このようなときにオススメのパワーストーンはモスアゲート

モスアゲートに求めるのは「自分の内面をしっかり見ること」。基本的に「自己反省」のストーンですね。でもそれだけではなくて知性アップの働きがあります。自己反省しながらそこに知性を高めることでその人の成長を促すことができるわけですね。

「敗者は勝者のふりをする」ことの考察

さてさて、昨日の予告そのままに「敗者は勝者のふりをする」について触れておきます。

これは簡単です。言い換えれば「敗者は勝者の人格を借りる」です。

このコラムで何度か書いていますね。

例えば家庭内でDVがあると、それが子供や孫の代まで引き継がれてしまうメカニズムそのままです。(DVの加害者を争いの勝者とします。道徳的な勝者ではありません。)

例えば親から子にDVがあったとすると、DV被害受けた子が親になった時に、今度は自分の子供に対するDV加害者になる連鎖ですね。

もう非常に簡単なメカニズムなんです。

これは分かりやすい例としてDVを取り上げましたが、もっと軽いことに関しても勝者と敗者の間にはそのような関係があります。

それから以前にも書きましたが、両親の間で行われているDVを子供が見ても、その子は「勝者」の人格を借ります。

明日が良い日でありますように。

モスアゲート・自分自身の再確認/愚者/リバース

モスアゲート(Mos-agate)
モスアゲート(Mos-agate)

2017年4月11日 モスアゲート・自分自身の再確認/愚者/リバース

ううむ、まあ端的に言ってあまり良くはないですね。

このままでは本当に「愚者」になりますからちょっと注意ですよ。

何かしたいなーと思いながらもその反面の無気力になっていたりということはありませんか?

何か良い話が来ないかなーとか思っていませんか?

こうして完全に受け身状態になっていると、だいたいろくなことにはなりません。

身動きが取れない原因は「自分への信頼不足」「現実を直視できない心の弱さ」が原因かも。

もう一度、自分の願いや望みを再確認しましょう。

それから、あまり考えもなしにうかつな行動から危険に足を突っ込むことがないように注意です。

このようなときにオススメのパワーストーンはモスアゲート

モスアゲートに求めるのは「本心との対話」。モスアゲートはまあ、基本的には「自己反省」のストーンですね。ときには厳しいときもあるので、セレニティアスがフルオーダーで使うときにもお客さまを見てそれが使用可能かどうかを吟味します。「自己反省」すなわち現実を直視ですからね。

どうして良いかわからないときの処方

愚者のリバースというカードは端的に言って、何かしたいのに無気力で受け身という状態を表しますよね。

これってだんだん気分がふさぎこんできてまずいです。

そこでとりあえず何かアクションを、何でも良いですからアクションを起こしましょう。少なくとも「受け身」でなくて「起因」になるわけです。

このとき参考になる情報がライフハッカーにありました。

ささやかながら「人生を劇的に向上させる」12の習慣

これ、かなり賛成です。

本文を読んでもらえば分かりますが、12の項目の中にはかなり簡単に手をつけられるものがあります。

さらに、今すぐできることとして「部屋の掃除」があります。無気力になってくると大体は部屋が散らかることが多いですよ。部屋の掃除はお勧めです。

私がこれをお勧めする理由の一つは、掃除は目の前にある現実の空間に直接手をくだすことの「リハビリ」になっているからです。

空間を認知して、目の前の右にある物を左に動かす。その逆や上下にもする。これって掃除そのものです。

現実の世界で生きるということはすべてこれです。

サバイバル能力の低下は現実の空間の中で何かをコントロールする能力の低下そのものです。

ビデオゲームをするよりも、実際に目の前にある何かに直接コントロールすることが吉です。

実は、子供に家の手伝いをさせるのは、現実空間のコントロールとしてかなり良いトレーニングです。すべてがバーチャルのままに学校を卒業するために、実際には何もできない人間に育つ部分は多々ありますよ。そういう意味では体育会系はまだ現実に近い路線でトレーニグされていますよね。

明日が良い日でありますように。

モスアゲート・今日は小休止/吊られた男/リバース

モスアゲート(Mos-agate)
モスアゲート(Mos-agate)

2017年3月24日 モスアゲート・今日は小休止/吊られた男/リバース

はいはいはい、久しぶりに本格「おやすみ系」。ジタバタしてはいけません。

ま、正直言って苦境です。うまくいきません。

しかしながら、これに逆らってみてもますます状況は悪化しますよ。戦う方向を間違いやすく、正しい標的を見失いがちです。

ここは一度、行動や思考を止めてリセットしてみましょう。ちょっと冷静になって抵抗を止める余裕を持ちましょう。

下手にもがかず「流れ」に身を任せる方が吉。

この際ですから、小休止してみましょう。何か楽しいことでもして気分転換をしましょう。

このようなときにオススメのパワーストーンはモスアゲート

モスアゲートに求めるのは「自分の本心の声を聞く」。基本的に自問自答を迫ることになりますが、これは他のストーンにはあまり見かけない性質ですよね。ことによっては自己反省を迫られるわけですが、単に自己否定することなく、素直に自分を見つめてくださいね。

誰かを悪し様に言う人のメカニズム

本日は国会で少しばかり特殊な証人喚問(しょうにんかんもん)ということをしておりました。その証人になった人、尋問に当たった国会議員にかなり悪し様に言われていました。偽証していると糾弾している勢いです。

ところで、このコラムでは何度か書いている以下のことを思い出してください。

「誰か(何か)を悪し様に言う人は、その人自身が先に罪を犯している」

身の回りや社会を見てこの現象が起こっていないか探してみてください。

まずは、誰かや何かをとにかく悪し様に言う、という状況を見つけましょう。

単純に言えば「ヘイトスピーチ」などがこれに当たります。

で、何でその人は誰かや何かについて悪し様に言わなければならないのか?それは自分が犯した罪の動機を探さねばならないからです。

めちゃくちゃにシンプルなメカニズムです。

これをヘイトスピーチを例に挙げて説明します。

まず、ある人がある日「いわれなき差別」をしてしまいます。
その人は、「わ、いけないかも、差別をしてしまった」と思います。
そして「その差別を何とか正当化しなれば」と思います。
(この正当化で自分の罪を消そうと思う)
その結果、その人は「奴らが悪い」と叫んで回ることになります。

簡単ですよね。

身の回りで「誰それが悪い」と叫んで回っている人を見たら、まずはその人自身が先に犯したであろう罪を推測することができます。

明日が良い日でありますように。

モスアゲート・気をつけて反省/ワンドの女王/リバース

モスアゲート(Mos-agate)
モスアゲート(Mos-agate)

2017年3月1日 モスアゲート・気をつけて反省/ワンドの女王/リバース

久々に「普通に」要注意なカードです。

独りよがりにならないように自己点検してください。

また同時に「策に溺れる」という暗示もあり、思いもよらないところで失敗する可能性があります。

自信過剰は禁物ですよ。落ち着いて自分を振り返り、人を思いやることを忘れてはいけません。

自分がしていることに「?」とか「!」と感じることが頻発しなたら周囲の人々への対応を要チェック。

このようなときにオススメのパワーストーンはモスアゲート。

モスアゲートに求めるのはシンプルに「自己反省」すること。またそれだけでなく感情の乱れを防いで不合理な判断を予防する働きもあります。自己反省としてそこそこ手厳しい働きがありますが、フォローアップもしてくれるという優秀なストーンですね。

本日のカードを深読みしよう

ワンドの女王のリバースは端的に言って「利己的」になりやすい傾向を示しています。これは「生存の多重円」で言えば中心にある「自分」しか見ていないということです。

これだと確かにサバイバルに失敗します。

生存の包含関係
生存の包含系(多重円)

昨日のコラムでは人との相性について「倫理観」という側面から書きましたが「倫理観」とはすなわち生存の多重円にある輪のどこまでのレベルまでに責任を負おうとしているか?ということに尽きます。

端的な例えで言えば、犯罪者というのはこの多重円のうちの少ない範囲でしか「生存」を考えることができません。

多重円の中心にある「自分」しか考えられないとか、「グループ」しか考えられないという状態では全体のサバイバルがうまく行きません。

ここで、「自分しか考えられない」というのはシンプルで判りやすい例ですが、「グループしか考えられない」という例がわかるでしょうか?

それは例えば国家間の「戦争」ということが挙げられます。「国」というグループの存続を願うばかりに、その中に含まれる「家族」や「自分」がないがしろにされている状態ですね。国を守るために国民が死んでは何もなりません。最後の一人まで戦っていれば、必ずその国は滅ぶでしょう。戦争をすることにゴーサインを出す人物はどのような理由であれ倫理観が低いとしか言えないのです。

そして「倫理観が高い」状態といのは、これらの多重円のそれぞれのレベルにおいて現状でできるだけ最大限に益をもたらそうとすることです。

明日が良い日でありますように。