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モスアゲートは基本的に自己反省を迫るパワーストーン。ちょっと手厳しいところがありますが、時には必要なアイテム。

モスアゲート・発展的に前進・2019年12月16日

モスアゲート(Mos-agate)
モスアゲート(Mos-agate)

モスアゲート・発展的な前進・2019年12月16日

モスアゲートが出ています。

モスアゲートに求めるのは「自己成長」「協調性」。

モスアゲートは周囲の人とうまく付き合っていきたいと思うときに役立つストーンですね。

実は、この根底には「執着を取り除く」という作用を持っているのです。

「誰かとうまく付き合えない」ことの中には、実は意味のない執着、例えば思い込みとか、意味のない反応があったりしますから。

相性がよく組み合わせやすいストーンとしてムーンストーンがあげられます。

カード:カップの3

良いカードです。

願っていたことが叶ったり、問題が円満に解決する暗示です。

また手柄としての賞賛や良い抜擢などもあり得ます。

そしてこれらの喜びを人々と分かち合いたいという思いが沸き起こりやすいとき。

これらの幸運は周囲の人々の協力あってのこと。これを忘れずに、今度は自分が周囲の人を助ける方に回りましょう。

そうすることでさらに運気はよくなり、ことによっては敵だと思っていた人からの協力が得られることもあります。

人間関係の苦手意識の克服

「苦手な人」というのは誰にもあるかもしれませんが、実際にはなぜそうなのか、自分では全くわからない、ということがあります。

単なる思い込みや反応、ことのよっては嘘の情報によって騙されているということもあります。(秘めた敵意といった感情のレベルにいる人が嘘の情報を流すことが多いです)

ことに、「生理的にダメ」という場合はもう論理的でなくほとんど「反応」ですね。これじゃあしていることが動物と変わりません。

さて、もしも苦手な人を減らそうと思うなら、これは簡単。苦手な人とコミュニケーションを増やすだけです。↓参考ページが開きます。

理解の三角形

もちろん、そうして理解が深まった後「やっぱり距離を置くべきだ」と思うならそれもかまわないでしょう。それはもう動物のような「反応」でなく、理性的な判断だからです。

明日が良い日になりますように。

モスアゲート・心を豊かに・2019年8月8日

モスアゲート(Mos-agate)
モスアゲート(Mos-agate)

モスアゲート・心を豊かに・2019年8月8日

モスアゲートが出ています。

モスアゲートに求めるのは「真の思いやり」「心の豊かさ」。

モスアゲートの働きの中心にあるのは「人間としての成長」。

この目的のためにかなり複雑な働きをしています。

ことによっては自己反省を迫られることがあるのは意味辞典にもある通り。

  • 満たされないのはなぜか?
  • 本当は何を欲しているのか?
  • 一体何を気にしてアクションが起こせないのか?

モスアゲートはこのようなことに触れるストーンですので、使い方、使う人を選ぶのも確か。

カード:ペンタクルの5

要注意のカード。良いとは言えませんが、学ぶことが多いのは確か。

物心共に困難な状況にありそうです。

信じていたことの信頼を失い、物事がうまく行かない様子を表します。

しかしながら、自分の周りには多くの愛情を注いてくれる人がいることに気づかされることになるかも。

物質的なことは永続的ではないことに気づき、価値観を大きく転換させるポイントに来ているようです。

物質的なことだけに価値を置くことなく、心を豊かにすることがポイントです。

ここを通り過ぎることで人生全体がスケールアップする可能性あり。

問題を問題で解決する(その2)

ここまでの話をちょっとまとめておきます。

深刻になると小さいゲーム(小さい問題)に目が行って、それに固着し話が前に進みません。

なにせ当人自体がその問題を解決しようとは思っておらず、ずっとそのまま持っていてこねくり回したいわけですから。(解決するとゲームがなくなる)

すぐに深刻になる人に話を持っていっても何も解決しないのはそのためです。

そして深刻になれる時間を持っている人はそもそもがそれだけ「ヒマ」というわけです。

そこで、少しでも問題を解決したければ、その人にもっと大きな問題をかぶせること。

「さて、ところで、実際にはそれどころじゃなくて・・・」

もっと大きな問題に目を向けさせ、最初にあった問題などちっぽけなことだと知らせます。

そうしてみると、元の問題など取るに足りないことであったりすることに気付く可能性ありです。

「人は常にゲームを欲している」です。

明日が良い日になりますように。

モスアゲート・明かりが見える・2019年7月17日

モスアゲート(Mos-agate)
モスアゲート(Mos-agate)

モスアゲート・明かりが見える・2019年7月17日

モスアゲートが出ています。

モスアゲートに求めるのは「内観」。

自己の内面を見つめ,そこにあるものを探求することですね。

ことによっては強力な自己反省を迫られる部分もあり。

が、これまでに書いてきたように「知っている」のスケールに照らし合わせ「考える」のレベルにいると何もわかりません。

  • 知っている
  • 見ている
  • 感じている
  • 努力
  • 考えている
  • シンボル
  • 食べる

本当に知るには、「見る」より上に上がる必要があるわけです。

「自分の内面を見て、そして知る」です。

「内観」の「観」の字義はもう単純に「見ること」です。考えることではありません。

考えたら堂々巡りしますよ。

そしてもしかしたら真逆なことに思われるかもしれませんが、自分を知るためには内向するのでなく、「外向的」になった方が簡単なんです。

本当ですよ。

カード:隠者

良し悪しが言いにくいカードですが、もうすぐ希望の光が見えてきそうなのは確か。

今は自分を振り返り「これで良かったのだろうか?」とふと考えたくなる時期かもしれません。

ことによっては価値観の転換点にいるかも。

自分を含めた様々なことに「本当はどうなんだろう?」と考えたい時期ではあります。

冒頭のモスアゲートのところに書きましたように、内観をするわけですが、考えているだけでは先に進みません。

むしろ考えない方が吉。することは「観ること」。

外に出て人と話してみましょう。自分を知るためにはその方が的確で手っ取り早く、考えてばかりの堂々巡りを防げますよ。

お金の本当の話

パワーストーンには金運系のものがいくつかあります。セレニティアスの製品でも金運系のデザインを考えていますね。

ところで、お金って何でしょう。

ちょっと前の学校では、昔々はお金という物がなく、物々交換の経済があったとされ、利便性や保存性を高めるためにお金ができた、と習わなかったでしょうか?

これは「お金=実際にそれ自体で価値のあるもの」ということです。

ですから金貨や銀貨がなどが使われていたと。

ところが、新しい説として、お金の発祥は決して物の代わりでなく、何かを借りた証書という説があります。

これは、例えばこういうことです・・・

昔々、今のようなお金がない頃、AさんがBさんに小麦を10kg借りたとします。

このとき、貸主のBさんは「Aさんに小麦10kgを貸した」という書類を作ります。

この書類こそが「お金」の発祥ということです。

この書類はまさに、単なる紙切れだったとしても小麦10kgと同等な価値を持っていますよね。可能であれば小麦10kgを取り戻せる権利があるわけです。

で、この書類を持っている貸主のBさんは、この書類で支払いができますよね。

「この書類は小麦10kg分の値打ちがあるよ、これで木ノ実5kgと交換しませんか」

この商談が成立すると「小麦10kgを貸している」という書類が流通することになります。

この貸し借りにまつわる書類は金貨や銀貨よりも前にあったとされています。

さて、現在私たちが使ってるお金ですが、これは明らかに「誰かの借り」です。要するに借金でできています。

「え、それってどういうこと?」

と思われたでしょうか。続きは次回。

明日が良い日になりますように。

モスアゲート・大胆に行動できる・2019年2月21日

 

モスアゲート(Mos-agate)
モスアゲート(Mos-agate)

モスアゲート・大胆に行動できる・2019年2月21日

モスアゲートが出ています。

モスアゲートに求めるのは「自分を振り返ること」。

早い話、モスアゲートは自己反省のストーンですね。

とは言っても元々は癒し系の要素が入っています。

その働き方は、感情の乱れをおさめて素直になれるということがあります。

反応的な感情をしずめ、より的確に物事を判断できるようになるでしょう。

カード:皇帝

良いカードです。

計画の成就や願望達成が約束されているようです。

それが実現するためには、素早い決断と行動が大切。今はそれができそうな雰囲気ですが。

同時に、チャンスを待つような姿勢でなく、自分から動くことが大切。

決断と実行が大切なわけですが、決してワンマンにならないように。

その意味で今回はモスアゲートを取り上げておきました。

正義に関していくつかの観点(その2)

前回は罪のメカニズムの一部を復習的に記しました。

今回はその続き。

さて、正義とか罪と言っても、それは持っている知識に左右されそうなことがお分かりと思います。

例えば、昔は環境汚染に対する知識とか医学的な常識、人権意識などということはありませんでした。

ですから知識の幅によって倫理観や罪も左右され、知識が増えるほどに、より罪を犯す可能性は減り、自らの生存性を高めることができるようになります。

で、あまりに知識がないと「生存の多重円」の性質に従って、その文明は衰退し、そして崩壊します。

ですから、自分自身と社会や世界の生存のためには、知識は非常に重要なんですよ。

このように書きますと社会なんていう大きな視点だけのことに見えるかもしれませんが、単に一対一の人間関係にとっても同じこと。

非常にシンプルに「誰かの生存を脅かしてはいけない」また「誰かの生存が脅かされているのを放っていてはいけない」ただこれだけのことです。

彼や彼女が痛い目にあってはいけない。彼や彼女が悲しんではいけない。

誰かが困っていたら助けてあげなければならない。

ただそれだけです。

さて、次回は「罪の意識」についてを書く予定です。

明日が良い日でありますように。