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モスアゲートは基本的に自己反省を迫るパワーストーン。ちょっと手厳しいところがありますが、時には必要なアイテム。

モスアゲート・明かりが見える・2019年7月17日

モスアゲート(Mos-agate)
モスアゲート(Mos-agate)

モスアゲート・明かりが見える・2019年7月17日

モスアゲートが出ています。

モスアゲートに求めるのは「内観」。

自己の内面を見つめ,そこにあるものを探求することですね。

ことによっては強力な自己反省を迫られる部分もあり。

が、これまでに書いてきたように「知っている」のスケールに照らし合わせ「考える」のレベルにいると何もわかりません。

  • 知っている
  • 見ている
  • 感じている
  • 努力
  • 考えている
  • シンボル
  • 食べる

本当に知るには、「見る」より上に上がる必要があるわけです。

「自分の内面を見て、そして知る」です。

「内観」の「観」の字義はもう単純に「見ること」です。考えることではありません。

考えたら堂々巡りしますよ。

そしてもしかしたら真逆なことに思われるかもしれませんが、自分を知るためには内向するのでなく、「外向的」になった方が簡単なんです。

本当ですよ。

カード:隠者

良し悪しが言いにくいカードですが、もうすぐ希望の光が見えてきそうなのは確か。

今は自分を振り返り「これで良かったのだろうか?」とふと考えたくなる時期かもしれません。

ことによっては価値観の転換点にいるかも。

自分を含めた様々なことに「本当はどうなんだろう?」と考えたい時期ではあります。

冒頭のモスアゲートのところに書きましたように、内観をするわけですが、考えているだけでは先に進みません。

むしろ考えない方が吉。することは「観ること」。

外に出て人と話してみましょう。自分を知るためにはその方が的確で手っ取り早く、考えてばかりの堂々巡りを防げますよ。

お金の本当の話

パワーストーンには金運系のものがいくつかあります。セレニティアスの製品でも金運系のデザインを考えていますね。

ところで、お金って何でしょう。

ちょっと前の学校では、昔々はお金という物がなく、物々交換の経済があったとされ、利便性や保存性を高めるためにお金ができた、と習わなかったでしょうか?

これは「お金=実際にそれ自体で価値のあるもの」ということです。

ですから金貨や銀貨がなどが使われていたと。

ところが、新しい説として、お金の発祥は決して物の代わりでなく、何かを借りた証書という説があります。

これは、例えばこういうことです・・・

昔々、今のようなお金がない頃、AさんがBさんに小麦を10kg借りたとします。

このとき、貸主のBさんは「Aさんに小麦10kgを貸した」という書類を作ります。

この書類こそが「お金」の発祥ということです。

この書類はまさに、単なる紙切れだったとしても小麦10kgと同等な価値を持っていますよね。可能であれば小麦10kgを取り戻せる権利があるわけです。

で、この書類を持っている貸主のBさんは、この書類で支払いができますよね。

「この書類は小麦10kg分の値打ちがあるよ、これで木ノ実5kgと交換しませんか」

この商談が成立すると「小麦10kgを貸している」という書類が流通することになります。

この貸し借りにまつわる書類は金貨や銀貨よりも前にあったとされています。

さて、現在私たちが使ってるお金ですが、これは明らかに「誰かの借り」です。要するに借金でできています。

「え、それってどういうこと?」

と思われたでしょうか。続きは次回。

明日が良い日になりますように。

モスアゲート・大胆に行動できる・2019年2月21日

 

モスアゲート(Mos-agate)
モスアゲート(Mos-agate)

モスアゲート・大胆に行動できる・2019年2月21日

モスアゲートが出ています。

モスアゲートに求めるのは「自分を振り返ること」。

早い話、モスアゲートは自己反省のストーンですね。

とは言っても元々は癒し系の要素が入っています。

その働き方は、感情の乱れをおさめて素直になれるということがあります。

反応的な感情をしずめ、より的確に物事を判断できるようになるでしょう。

カード:皇帝

良いカードです。

計画の成就や願望達成が約束されているようです。

それが実現するためには、素早い決断と行動が大切。今はそれができそうな雰囲気ですが。

同時に、チャンスを待つような姿勢でなく、自分から動くことが大切。

決断と実行が大切なわけですが、決してワンマンにならないように。

その意味で今回はモスアゲートを取り上げておきました。

正義に関していくつかの観点(その2)

前回は罪のメカニズムの一部を復習的に記しました。

今回はその続き。

さて、正義とか罪と言っても、それは持っている知識に左右されそうなことがお分かりと思います。

例えば、昔は環境汚染に対する知識とか医学的な常識、人権意識などということはありませんでした。

ですから知識の幅によって倫理観や罪も左右され、知識が増えるほどに、より罪を犯す可能性は減り、自らの生存性を高めることができるようになります。

で、あまりに知識がないと「生存の多重円」の性質に従って、その文明は衰退し、そして崩壊します。

ですから、自分自身と社会や世界の生存のためには、知識は非常に重要なんですよ。

このように書きますと社会なんていう大きな視点だけのことに見えるかもしれませんが、単に一対一の人間関係にとっても同じこと。

非常にシンプルに「誰かの生存を脅かしてはいけない」また「誰かの生存が脅かされているのを放っていてはいけない」ただこれだけのことです。

彼や彼女が痛い目にあってはいけない。彼や彼女が悲しんではいけない。

誰かが困っていたら助けてあげなければならない。

ただそれだけです。

さて、次回は「罪の意識」についてを書く予定です。

明日が良い日でありますように。

モスアゲート・気分転換しよう・2019年2月14日

モスアゲート(Mos-agate)
モスアゲート(Mos-agate)

モスアゲート・気分転換しよう・2019年2月14日

モスアゲートが出ています。

モスアゲートに求めるのは「気分転換」。

これはある意味癒し系としての扱い。

思いつめたり煮詰まったり、とにかくストレスフルな気分をほぐします。

そうすることでポジティブな部分を呼び起こし、再起する原動力を得ることができます。

このあたり、意味辞典では触れられていない使い方。

カード:ワンドの10/リバース

うわ、これはちょっと逆境を意味するカード。

ダメとわかっていても取り組まざるを得ない状況とか、これまでのど努力がムダになるといった感じ。

しかし、ここで弱気になることがないように!

いやいや、長い人生の中ではそんな事もありますって。ないわけがありません。

そうそう、何かしている人にとっては避けられないことではないでしょうか?

ここは気分転換。

気分を新しくしてことに当たりましょう。

受け取りようで変わること

うわ、今回のカードはなんだか昨日とは真逆っぽいですね。

でもねえ、ありますよこんな事も。ゲームなんだから。

さてさて、だんだん板についてしまった格言シリーズを・・

一羽のツバメが来ても夏にはならないし、一日で夏になる事もない。
一日もしくは短い時間で人は幸福にも不幸にもなりはしない。
(アリストテレス)

さて、注釈です。

この格言には様々なことが含まれているようです。

非常に単純には、目の前のこと(短い期間)に一喜一憂するな。人生をもっと長い目でみよ。

そして、日々の積み重ねによって人は幸福にも不幸にもなる。

こんな感じでしょうか。

それから、目の前で起こっていることについて、その時の気分によって受け取り方が異なるでしょう。

今回のカードのように逆境が予想されたとしても、それに立ち向かうか、屈服するかはその時の気分次第ということがあります。

また、同じ現象に対して人それぞれで受け取り方が全く違うのですよね。

ちなみに、その人が感情のレベルのどこにいるかで全く受け取りようが違いますよ。

やっていることにうんざりしたり、疑問が生じてやる気を失ったとしたら、気分を変えて、考えを変えるのが吉。

明日が良い日でありますように。

モスアゲート・執着を捨てる・2018年12月11日

モスアゲート(Mos-agate)
モスアゲート(Mos-agate)

モスアゲート・執着を捨てる・2018年12月11日

モスアゲートが出ています。

モスアゲートに求めるのは「執着心を捨てること」。

ひと口に言って「自己反省のストーン」です。

自分自身のまずいところを再確認・・・これを強制的にするという、それは恐ろしいストーンですね。

ところが改めようと思えばこうしかない、ということもままあります。

まあ、そう大きく考えることでなくとも「このままではまずいよなあ」と思い当たるフシがあるなら、モスアゲートで少し具体的に掘り下げてみましょう。

さて、カードは「悪魔」。

悪魔です、アクマ、あくま。

一体どういうことでしょうね。

何かまずいことが起こるのではないかと心配するには及びません。

悪魔のカードが意味するところは「自分自身の心にある悪魔の発動」です。

ですから自分自身が何とかすれば何とでもなるということです。

心の中にある悪いことを列挙してみてはいかがでしょうか?

嫉妬、偽善、嘘、堕落、怠け心、他人を顧みない言動、暴力的な考え、詐欺、言い訳、無責任、とりあえず悪意・・・

まあこんなところでしょうか?

これらって自分で治そうとすればどうにかなります。

これらはすべて間違った執着心から起こることのようです。

執着を捨てれば、非常に晴れ晴れとした気分になりますよ。

執着についての考察

悪魔のカードに関連して執着について記します。

突然ですが、お釈迦様の教えの中枢にあるのが「執着を捨てる」ですね。

普通に執着といえば、大辞林としてはこのように・・・

ある物事に強く心がひかれること。心がとらわれて,思いきれないこと。

これ、良いことに心を強くひかれるならばそれで良いのですが、悪いことにも心ひかれるのが人間です。

非常にシンプルな例えとして「窃盗犯」。

働くよりも窃盗する方が良い、というおかしな執着があるわけです。

こんなのはもう単純に判断ミスですよね。そりゃマズイだろ、ということがわかっていない。(わかっているならもうヤケクソですね)

しかしながら、ダメとわかっていながら心が突き動かされるような執着もあります。

例えば嫉妬とか。「嫉妬の炎」と言った表現でこれを表していますね。

いじめは悪い、とわかっていても弱い者いじめしてしまう、ということもあるでしょう。

このように、心が突き動かされてしまう執着のタイプの原因として、その人の人生の過去の出来事が大きく関係することがわかっています。

その出来事の中で、自分で理解できるような場面ならその影響から脱することは比較的簡単なのですが、なかなか難しいのがかなりな意識低下があった時に刷り込まれたような「人格の規定」です。

これ、ほとんど催眠と同じに働きます。

(このことはこのコラムでも幾度となく触れています)

さて、例に挙げた窃盗犯ですが、悪いこととわかっていても心が突き動かされるようにやってしまう、という人がいるのは確かです。

このような場合、どうも過去の人生の中に刷り込まれた「窃盗犯の人格」というようなことがあると思えます。

例えば・・・「お前は働けないよ」とか「〇〇ならば窃盗犯になっちゃうぞ」とかという台詞が意識朦朧とした状態でささやかれると、それがまるで催眠術のような効果をもたらし、後になって反応的に働きます。

このような催眠効果は理性の検閲を簡単に突破し、反応的な行動に移ります。

これが窃盗という実質的な行動でなくとも例えば感情的には「嫉妬」や「憎しみ」という感情の発動にも現れます。

これ、各自にそんな催眠状態がないか、個人的に探すのはかなり難しいとは思います。

が、ひとつのヒントとして、何か衝動的にしてしまう理不尽な反応(行動や感情)があるとすれば疑ってみても良いでしょう。

これに関して過去に一体何があったのか?・・・

これを探し出しておぼろげながらでもその物語がわかれば、その分だけ「反応の力」は緩くなります。

「何があったのか」これって壮大なドラマでなく、超くだらないことの方が圧倒的に多いですよ。

それから、これらの執着を消す他の方法として・・・

理性と倫理観を徹底的に増強させる・・・これも方法です。(みもフタもないかもですが)

お釈迦様的には、どちらかと言えばこれではないかと思われます。

明日が良い日でありますように。