「愛情系パワーストーン」カテゴリーアーカイブ

マンガンカルサイト・愛情系で吉兆・2019年3月1日

マンガンカルサイト(Manganese-calcite)
マンガンカルサイト(Manganese-calcite)

マンガンカルサイト・愛情系で吉兆・2019年3月1日

マンガンカルサイトが出ています。

マンガンカルサイトに求めるのは「分け与えること」。

基本的に調和と愛情のストーンですね。

さて、その作用の根底にあるのはマンガンカルサイトの癒し系の働き。

これは、それぞれの人が持っている過去の愛情系のトラブルを癒すことから、愛情に関しての素直な発露を促す作用が元にあります。

カード:カップの3

良いカードです。

愛情系に関連して様々な好転や発展、成長があるでしょう。

そしてその喜びを人々と分かち合うことが大切です。

その体験からさらに愛情について学ぶことになるでしょう。

理解についての復習

久しぶりになりますが愛情系に絡んで基本中の基本の復習です。

理解の三角形

  • 愛情
  • リアリティ
  • コミュニケーション

何かや誰かを理解するときに働く三角形です。

「他人に愛情を持とう」と突然言われても簡単にはできやしません。

で、日常的にやってみることは「コミュニケーション」。

コミュニケーションなしに愛情を持つことはまず不可能と言えます。リアリティも持ち得ません。

これは単純な例えとして、頼りになるのは「遠くの親戚より近くの他人」ということです。

遠くにいてコミュニケーションがない親戚にはその存在にリアリティが薄く、愛情も湧きにくいわけです。

もちろん、理解が深まって破断することもあります。それはそれで判断材料です。

また、もちろんですが相手がコミュニケーションを拒むこともあり得ます。

これは相手がこちらを理解したくない、という状況にあります。これはうまく行きません。そこで止めるか、他の手を考える必要ありですね。

さて、理解の三角形は対人関係だけには限りません。

とにかく何かを「理解」しようとする時には完全に当てはまります。

新しい部署に配属されたとき、新しい機械を手に入れたとき、理解したければコミュニケーションです。

明日が良い日でありますように。

マンガンカルサイト・幸せを分かち合おう・2019年2月12日

マンガンカルサイト(Manganese-calcite)
マンガンカルサイト(Manganese-calcite)

マンガンカルサイト・幸せを分かち合おう・2019年2月12日

マンガンカルサイトが出ています。

マンガンカルサイトに求めるのは「分かち合うこと」。

根本的に調和と愛情を生み出すことが得意なパワーストーンですね。

円満な人間関係を望むなら是非とも使いたいですね。

また過去の愛情系トラブルに関して癒し系の働きを持っています。

現在において愛情表現が苦手であったり、この話題周辺に何らかのトラブルを抱えている人にもおすすめです。

カード:カップの3

おお、これはいいですね。

カードの絵柄として乙女三人がカップを掲げて祝杯という感じのデザイン。

喜ばしい出来事として吉兆です。

問題の円満解決、周囲からの祝福、協調、協力、このようなことを象徴しているようです。

また、ひとりでできないことでも他人からサポートを得ることで成し遂げられることもあり、得られた幸福を皆で分かち合うことが大切

これから起こる良きことは、人々や環境との関係性の大切さが大事であることを知ることになるでしょう。

明日を思いわずらうな

今回は良いカード。そして連休明けの仕切り直しとして趣向を変えてみます。

そこで「格言」いくつかを紹介しましょう。

困難を予測するな。
決して起こらないかも知れぬことに心を悩ますな。
常に心に太陽を持て。
(ベンジャミン・フランクリン)

およそ惨めなものは、将来のことを不安に思って、不幸にならない前に不幸になっている心なのである。
(ルキウス・アンナエウス・セネカ)

これら上の2つは同じ意味ですよね。

筆者的に注釈を加えておきます。

将来の不安や心配の原動力は、実は過去の中にあります。

将来のことを不安に思うのは、未来を見ているようで、実は過去にとらわれているわけです。

で、過去に囚われたまま未来を見るために「現在」において身動きが取れない状況になるわけです。

これから脱出する徹底的にシンプルな方法は、現時点における「必要性のレベル」が高いこと。

極端な例えですが、今まさに「火事だー!」と言われたら、明日の心配はそっちのけで今すぐ逃げ出すでしょう。

実際のところ、何かで忙しい人は明日のことを考える余裕はありません。

ま、できるかできないかはともかく、過去にはまり込むのも、そこから脱出するのも、元々は難しいことではありません。

そう言えば、冒頭にのせた2つの言葉は、似たようなことが新約聖書にもあるような気がします。

明日が良い日でありますように。

アクアマリン・深い慈愛・2019年1月22日

アクアマリン(Aquamarine)
アクアマリン(Aquamarine)

アクアマリン・深い慈愛・2019年1月22日

アクアマリンが出ています。

アクアマリンに求めるのは「愛情」「穏やかさ」です。

これができるようになる基本的な働きは「人に対する許容力・許す心を強化する」ことにあります。

さらにこれを可能にするのが「精神的な余裕をもたらす」ことです。

自身の中にある理性と感情の対立を解消し、人に対して優しく愛情を持って接することができるようになるでしょう。

カード:カップの女王

まずまずのカードです。

一言で表すと「慈愛」ですね。

また直観力も冴えている時期と言えます。

大切な何かを育てたいとか、調和を大切に環境を整えたいと願っているようです。

アクアマリンにある愛情や穏やかさを発揮すれば、難しい問題も解決に向かうはず。

もうすぐに愛情、友情を実感できる出来事が訪れそうですよ。

いずれにしてこのカードは吉兆です。

問題と人生

ある大学の先生が「わかったぞ!」として以下の言葉を掲示板につぶやいていました。

「成長とは、同じヘマを繰り返さず別なヘマを繰り返すことである。」

笑い話のようなことですが、これは確かに言えそうです。

この「ヘマ」なんですが、誰でも最初はヘマをします。

と言うか、最初に様子を見るために触ってみる、見てみる、というときにはヘマ率が高いでしょう。なにせ初めてですから。

そして何度かやり直して成功するときは成功します。

これって問題の解決のステップです。

問題がひとつ解決したら、さらに新しい問題にあたり、またヘマをして、それから成功するか、別な問題に取りつくかでしょう。

この問題の解決というのは、ほとんど「生まれてきた理由」なのかもですよ。

生まれてすぐに起きる問題・・・それは「おっぱいを飲まなきゃ死ぬ」これを解決することでした。

それ以降ほとんどが、より良いと思われる生存のために新しく問題に取り付く(問題を提起する)ことを繰り返しています。

まさにこれ・・・

「成長とは、同じヘマを繰り返さず別なヘマを繰り返すことである。」

ゲームの全てはこれにかかっているかもです。

人が生まれてきた理由は単に「問題を解決すること」。

そして重要なのは、人は問題を提起する能力を持っていることです。

もしも問題を提起することがないとすると、体を維持する、という問題以上のことは何もなしの人生になります。

さらには、自分自身が誰かの問題になっているという例も多々ありますよね。

だいたいこれは反社会的であったり、最終的には人類の敵でしょう。遅かれ早かれ自滅に向かいます。

問題の解決者の立場を取るか、自分が問題そのものになるのか、それさえ自由に選択できるのが人間のようです。

明日が良い日でありますように。

クンツァイト・慈愛で接しよう・2018年12月12日

クンツァイト(Kunzite)
クンツァイト(Kunzite)

クンツァイト・慈愛で接しよう・2018年12月12日

クンツァイトが出ています。

クンツァイトに求めるのは「慈愛」。

まあこれ、ひと口に慈愛っつーても難しいっすわ!

意味辞典のクンツァイトのページにあるように、まずは「自分自身を十分に愛していなければならない」という条件がクンツァイトの使用について回ります。

自分を愛すると言っても、化粧をしたり着飾ったり高級車に乗ってもダメですよ。それらはみな単なる物体です。

物体で物体をなんとかしようとしている限りは自分で自分を愛せません。

さて、カードは「カップの女王」。

良いカードです。

前回「悪魔」が出たのをどうにかうまく切り抜けたのかもですよね。

慈愛心、母性、博愛的な精神が強まる時期にあるようです。

あらゆる問題について、愛情を持って接することで解決に向かわせることができます。

また逆に、愛情系として告白されたり、パートナーとしての絆が深まる出来事が起こることもあり。

いずれにせよ、愛情系として良い状態に向かっていることは確かです。

取り付けられた人格について

前回は催眠的に人格を植え付けられ、それが執着として働くことがあることを書きましたが、今回はもう少し具体的に記しておきます。

その「植え付けられる人格」は、その人の意識レベルが低い時にくっつきやすいことを書きました。

「意識レベルが低い」とは?

「完全に覚醒している状態」から「意識不明」の状態は段階的に変化し、意識がある/ない、というスイッチのON/OFFのような状態ではありません。

覚醒状態から無意識(意識不明)まで徐々に変化するということです。

完全に気を失って反応しない状態は「完全な無意識」と呼べるでしょう。昏睡状態とかです。

呼びかけにかろうじて反応するというのはかなり意識レベルが低い状態。

ちょっとばかり「ぼぉ〜としている」のは完全な覚醒よりも意識レベルが低い状態ですね。

例えば病気やケガで寝ているような状態。

他、ケガをして我に帰るまでの短い時間も無意識です。ケガをしたその瞬間、一体何が起こったのかわからない、というこの時間です。

それからケガの痛みに耐えるという時間もそこそこ意識レベルは低いです。

何が催眠として働くか?

さて意識レベルが低いとき、その周りでは人々が様々なことを話しているかもですよね。

自分自身に向かって話しかけていることもあれば、誰かが自分以外の誰かに対して話しているかもしれません。

例えば誰かが自分以外の誰かに向かって「バカだなお前」と話していたとします。

これ、覚醒時に聞けば自分に言われているとは取りませんが、意識レベルが低いと文脈などに関係なしに単に「お前はバカだ」と自分が受け取ります。

これ、信じ難いようですが本当なんですよ。

もしも、自分が病気で寝ているそばで、誰かが誰かに説教をしているなんて場面は非常にまずいのです。

例えば意識レベルの低い人に聞こえるところで「だからいつも人の世話になろうとするな!」とかと誰かが誰かに説教しているなんて最悪です。

「男なんて誰も信じられないわよ」
「大人なんてみんなそんなもんだよ」
「死ぬ気でやるしかない」

例えばこれらのような何気ない発言が、人生の方向を決定するような催眠となって受け取りやすいです。

自分に言われていないのにですよ。

恐ろしく他愛のない、自分に関係のない話でもそもまま無抵抗に受け入れるのが意識レベルの低い状態の特徴です。

ですから、意識レベルの低い人がいる周りでは、余計な話をしないこと、です。

明日が良い日でありますように。