
2016年1月12日 ローズクオーツ・実りを受け取るときが来た/ペンタクルの王
年頭の連休も終わり本格的に2016年が始まった感じですね。
この三連休みなさまはどう過ごされましたか?
さて、今回のカードは幸先の良いスタートが切れそうな感じですよ。
チャンス到来です!これまでの頑張りが実りをもたらします。
プロジェクトが大きく進展したり、昇進して責任ある地位を得たりという暗示があります。
細かいマイナス要素に目を向けないで実りの方に注目しましょう。あなた自身が目を向けるものだけがあなたのものになるのです。
多少のトラブルは気にせず、自分のペースや方向を守って行きましょう。そして、特に助けを求める声にはできるだけ答えることで後に自分の実りとなって帰ってきます。
このようなときにオススメのパワーストーンはローズクオーツ。
ローズクオーツは愛情系としてよく登場しますが、その基本形としてまずは自分を愛すること。そして人を愛すること。あなたが受け取れる実りのポイントはまず自分を愛することから始まり、そしてその愛情を人々に向けることで完成します。人を愛するために使うパワーストーンってちょっと珍しいかもしれませんね。
神様、お変わりはございませんか?
今回はかなり良いカードが出ています。
そこでちょっと脱線してお正月とか神社の神様に関するとりとめのないお話です。
「初詣」として神社にお参りしますが、神様というのはかなり一方的に人々の「願い事」を聞かされています。
ことに日本の神様はそうなっていて、日本ではいつの頃からから神様それ自体ではなく「ご利益」を信仰しているようです。(このことは仏教系でも同じことでしょう)
しかしそれはお参りする人々だけに責任があるのではなく、寺社のマーケティングにも原因があると思います。(むしろその方が主要因と思われます)
マーケティング(英: marketing)とは、企業などの組織が行うあらゆる活動のうち、「顧客が真に求める商品やサービスを作り、その情報を届け、顧客がその価値を効果的に得られるようにする」ための概念である。 また顧客のニーズを解明し、顧客価値を生み出すための経営哲学、戦略、仕組み、プロセスを指す。
(Wikipediaより)
そう、マーケティングの結果、寺社の売り物は「ご利益」になってしまっていて、人々はそれに乗せられているという構図があるのではないでしょうか?
さらに面白いことに寺社のマーケティングなら、そこに何らご利益がなかったとしても、それを消費者センターに持ち込まれる危険性もありません。
さて、ここで根本的に「神様」ということを考え直してみたいのです。
日本書紀や古事記に出てくる神様は、どうもかなり人間臭く、もしかしたら実在した人物だったように思えます。(もちろん、実在したらしい人物が神様として祀られている例もあります)
そしてちょっとした、妙な心配事なのですが、その神様たちは本殿に祀られて千年とか経っているわけですよね。それはもうさぞや退屈ではないでしょうか?
そして人々が来ては一方的に願い事を言われて、しかしながら神様としてはその願いをどうやって叶えてやれば良いのか皆目見当がつかないのではないかと思えてなりません。
変な話ですが、もしも私が神様として祀られてしまったら、人々の願いも叶えてあげられる自信は全くありません。
しかし本当の神様は、例えば天照大神(あまてらすおおみかみ)は文字通りの神通力があるのであって、その力で願いを叶えてくれるのかもしれません。
が、神様の方は私の願いを叶えなければならない因縁は全くありませんよね。
私が神様に何かお願いし、それを聞いた神様がなぜその願いを叶えなければならないのか?そんな理由は一つもないのです。
端的に書けばこうです・・・
私「神様!これこれしかじかをお願いします!」
神様「何で・・・何で私がその願いを聞かねばならん?」
(やり方知らんし)
こんな風ではないかと思えるのですがどうでしょう。
いいえ、日本の神様は人々の願いを叶えるのが仕事でしょう・・・ってそれは一方的な考えだと思います。
とにかく神様はお気の毒です。もしも本殿に千年も祀られっぱなしだとしたら、それはほとんど牢獄にいるのと同じことではないですか?
もしも次に神社にお参りしたら、神様の労をねぎらってあげましょう。そして何かご不自由はありませんかと尋ね、そして願いをかけず、とにかく今日まで過ごせたことだけお礼を言うことにしようと思います。
明日が良い日になりますように。