ラピスラズリ・アクシデントを成長の糧に/運命の輪/リバース

ラピスラズリ
ラピスラズリ(Lapis-lazuli)

2015年11月27日 ラピスラズリ・アクシデントを成長の糧に/運命の輪/リバース

アクシデントの可能性ありです。

当てにしていたことが大ハズレや裏目に出るといったことが起こりやすいでしょう。

逆に、これまで逆境にあえいでいた人は再び希望を見出せるという暗示も。

いずれにせよ、回り続けるのが運命の輪です。

トラブルにぶつかったら、嘆いたり何かに当たり散らさず、この数日の自分自身の言動を振り返ってみましょう。事態の悪化を招いた原因を探し、新しい視点で物事の見直しをすれば改善できるはず。

こんなときにオススメのパワーストーンはラピスラズリ。

ラピスラズリの役割は、持ち主の成長にあります。時として、それは手厳しい側面もありますが、学ぶべきことを教えてくれるはず。このストーンは同時にお守り石でもありますから、最終的に悪いようにはしません。あなたがこれから歩む道にある悪い縁をどんどん切ってくれるでしょう。

人間関係のトラブルはほとんど簡単な原因(その2)

昨日はコミュニケーションの不全が人間関係にトラブルを出しやすいということを書きました。

そしてもう一つ、人間関係においてのトラブルの簡単な原因があります。

それはいわゆる「また聞き」という状態です。これはひどく無責任な状態が発生します。

「Aさんがそう言っていた」
「テレビでそう言っていた」
「ツイートで回ってきた」
etc

そんな状態で回ってくる情報は恐ろしく責任の所在があいまいです。
発信元から自分の手元に来るまでに中身が正しく伝わっているか全くわかりません。

「Aさんがそう言っていた」という話をBさんから聞いたあなたはそれを信じたのですが、その内容をAさんに確認すると全く異なった内容であるとか、その話が成り立つには未確認な条件が他に必要であったりとかはよくあることですよね。

ことによってはAさん自身は「そんなことは言っていない」と否定するかもしれないほどに話が捻じ曲げられていることも多々あります。

ですから「誰それさんがそう言っていた」という話を鵜呑みにしてはいけません。それは恐ろしく無責任は話題です。大切でないことはこれで構いませんが、大切なことは介在物なしで情報を得ることが得策です。

また、正しく情報が回るためには必ず、「改変されない書類」が必要です。そして、厳しく言えば「書かれていないことは真実ではない」とさえ思った方が正解。

もちろん、いわゆる「ツイート」というのは改変される可能性も高く、そのツイートがなされた条件を綺麗に洗いだすことは大変面倒なことですから、うかつにリツイートなどしないのが得策です。

そして、大雑把な話をしますと、人の「噂ばなし」はほぼ信じないでも問題ありません。自分の目で確かめてから信じましょう。当事者から話を聞くまで保留にしておいてかまいません。

そう、人間関係のトラブルのかなりな部分は「噂ばなし」ないしはそこに介在する第三者です。

第三者の話を鵜呑みにすること自体が無責任でもあるのです。

身の回りにそんなことが山ほどありませんか?

明日が良い日でありますように。

モスアゲート・ごり押しに注意/ソードの5

モスアゲート(Mos-agate)
モスアゲート(Mos-agate)

2015年11月26日 モスアゲート・ごり押しに注意/ソードの5

少しばかり要注意としてアドバイス的カードです。

やりたいことをするために、方針が定まってきたことを暗示しています。

しかしながら、目標に向かう手順に強引さが見られます。その努力や気力は認められますが、大切な人を傷つけていないかよく観察してください。

ことによっては強引すぎるあなたから去っていく人がいるかもしれません。人間関係には摩擦が起こりやすい傾向にありです。

こんなときにオススメのパワーストーンはモスアゲート

モスアゲートは自分の内面をきちんと見るという意味において使います。ことによっては自己反省を強いられますから、一時は辛いことになるかもしれません。でもこれを通り過ぎるとそこにはきっと清々しい世界が待っていますよ。

人間関係のトラブルはほとんど簡単な原因

まあ、人間関係というのはいつの時代でも簡単でなく、片方に悪意があれば面倒な対応も必要になってきます。

しかしながら一般的な人間関係のトラブルは、ほとんどがコミュニケーション不足か過多が原因で起こります。

民事裁判というのがありますが、これこそ当事者同士のコミュニケーション不足から起こる、というか、片方が業を煮やして裁判沙汰にするわけです。

何度も取り上げます「理解の三角形」ですが、これは相手を理解する道具であって「仲良くしろ」ということではありません。コミュニケーションをはかってみると、相手は実際のところ「どうしようもないヤツだった」ということが理解できることもあるわけです。

理解の三角形
理解の三角形

そして民事裁判というのは、コミュニケーションが不能であるときに、裁判所を通じて無理にコミュニケーションを図るという手段ですね。

しかしながら、人は望まないコミュニケーションを断る権利もあります。これを無理にコミュニケーションしようとするとストーカーになるわけです。

さて、それぞれにコミュニケーションの許容量のようなことがあり、これは相手に合わせるしかありません。何度も出てきますが、往々にして、所有性の低い人の場合はコミュニケーションも不全をきたしています。

もしもTVのニュースか何かで見ていたら思い出して欲しいのですが、ゴミ屋敷の住人、すなわち所有性の低い人はそもそもがコミュニケーションの不全を起こしているように見えませんか?

コミュニケーションの良し悪しは、所有性と関係があるのは確かです。

明日が良い日でありますように。

シトリン・今あることに目を向けよう/ペンタクルの4/リバース

シトリン(Citrine)
シトリン(Citrine)

2015年11月25日 シトリン・今あることに目を向けよう/ペンタクルの4/リバース

昨日に引き続き要注意なカード。

良かれと思ってしたこと、手に入れたいと思ったことが裏目に出そう。今持っているものに目を向けて、それを大切にする方が無難なよう。

もともとは合理的に考えて間違いなしと思っていたのに、それがうまくいかないようです。また、強情を張って人から反感を買うことも。

こんなときにオススメのパワーストーンはシトリン

このときのシトリンは「ブルーな気分の」の取り除きに使います。またストレス耐性もアップさせる働きがありますね。

人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)

またまたお手上げ風なカードです。

まあ、そうは言っても人生にはこんな日が何度も訪れます。良かれと思ってしたことが裏目に出るなんて何度も経験するでしょう。

また、もっと言えばそれが「裏目に出ているのかそうでないのか?」を確認できないことも多々ありますよ。

そんなときにふと思い出すのが「人間万事塞翁が馬」という言葉です。早い話が人生の禍福は予想できないという意味ですね。(ネットで引いてみてね)

あらゆることの良し悪しなど、これは本当に死ぬ瞬間までわからないですね。いいえ死んでもわからない。

それも誰かが判定してくれるわけでもなく、自分で判定しなければなりません。(また、そんな判定や評価が必要かどうかもわかりませんけど)

と言えば「良かれと思ってしたことが裏目に出ている」と誰がどう判定すれば良いのか、もしかしたらこれも難しい問題です。塞翁が馬の話の通り、そんなことは誰にもわかりません。

ここで、少なくとも言えることは、裏目に出たとか出ないとか、そんなことでくよくよするのは馬鹿らしいということではないでしょうか。

人生には良いときも悪いときも必ずあります。

とにかく、いつでも淡々を過ごせるようにしたいものです。

明日が良い日でありますように。

アメジスト・正しさのごり押しはマイナス/ソードのエース/リバース

アメジスト(Amethyst)
アメジスト(Amethyst)

2015年11月24日 アメジスト・正しさのごり押しはマイナス/ソードのエース/リバース

要注意なカードが出ています。

思い通りにならずにがっかりさせられる暗示です。または非難を承知の上で自分の意見を無理に通そうとするということも。

自分の正当性を主張するだけの行動はすべての可能性の扉を閉ざしてしまいます。今日はひたすら冷静に。

むしろ、思い通りにならない事態に対応するということを通じて成長したいものです。

こんなときにオススメのパワーストーンはアメジスト。

もうズバリ「冷静になる」という意味でアメジストを使います。これはストレス緩和にも通じ、興奮状態から来る判断のミス、そしてそれがストレスになりさらに間違うという悪循環から脱出できますよ。

一歩引いてみれば冷静になれる

思い通りにならないことに遭遇する、その連続が人生のようですよ。そうでなければ本当に何の成長もないでしょう。

思い通りにならないとき、それは小さなゲームの最中に例えることができます。自分自身が将棋の駒であるとして、敵に四方を遮られて動けず、ことによっては取られてしまうよな場面です。

しかし、その駒の周辺だけでなく、将棋盤全体を見渡すことができます。ゲームのゴールは個々の駒を取られないことではなく、相手の王将を取ることでした。

思い通りにならないとき、多くの場合は局所に目が行きすぎることがあります。局所を見ることも大切ですが、本来はゲーム全体を見渡して、本来のゴールを忘れないことです。

ところが、人生のゲームはこのゴール設定がそもそも難しいと言えるでしょう。

ゴールを設定できないがために、ゲーム全体が見えません。そうすると局所の戦いに明け暮れて一喜一憂せねばなりません。

まあ、人生の大目標なんてなかなか設定できませんよね。それで世間の一般論と親の考えのようなことを受け入れてしまいやすいでしょう。しかしこればかりは借り物ではいけませんね。なんとか自分自身で設定する必要があります。

ただまあ、最終ゴールは設定できないでも、もう少し近い目線での大枠のゴール設定はなんとかできるでしょう。むしろその積み重ねが大ゴールを得るためのトレーニングになるのではないかと思います。

明日が良い日でありますように。