「精神・感情面のサポート系パワーストーン」カテゴリーアーカイブ

精神、感情についての安定性とコントロールを取り戻すのに最適なパワーストーンのカテゴリー。多くのストーンがこの種の助けをできますが、状況に応じて最適な物を選びましょう。

テクタイト・大きな変化のとき、立ち止まらずに

2015年3月30日 テクタイト・大きな変化のとき、立ち止まらず/カップの8

これまでの価値観が一変する暗示。

今まで信じてきたことがくつがえってしまう出来事が起こるかも。人生の大きな岐路に立っていると言えるでしょう。

例えば物質的な成功を望んでいた人が精神面の問題に取り組むようになったり(その逆も)、仕事の成功を望んでいた人が余暇時間の充実を望むようになったりと(その逆も)、価値観の大転換があるかもしれません。

このような価値観の変化は人間関係にも言えます。今までの付き合い方の清算やパートナーとの別れの可能性も。これらのことはことによっては大きな苦痛を伴うこともあるでしょう。

しかしながら、より自分自身の人生を生きるためには決断しなければなりません。

このようなときにお勧めのパワーストーンはテクタイト(意味辞典に未記載)。テクタイトは地球外を起源とする隕石系のパワーストーンで、宝飾系としてはあまりなじみのない物ですね。働きとしては「霊性」の強化。インスピレーション、新しいアイディアをキャッチする能力を高めます。また、持ち主の直感力を高めて「危険」に近づかないという作用も。今価値観の大変革でちょっと怖いかもしれませんが立ち止まってはいけません。

注)もともとモルダバイトもテクタイトの仲間に入りますが、ここでは色の黒い透明感のない天然ガラス質の物をテクタイトと呼び、こちらを使っていただきたいです。

それは誰の価値観か?

価値観とひと口に言っても、それがもともと自分自身によることなのか、そうでないのか?これを見極めることは簡単ではなさそうです。

なぜなら、この世の中には自分のものでない外から与えらえる価値観が多様に存在し、それが自分自身の選択によるものだと錯覚させられていることが多いからです。

親や周囲の環境から与えらえる価値観ということがあります。教育であったり、単に社会の思い込みであったり、はたまた商業主義によることだったり。

しかしながら、その価値観が単に誰かから与えれることであってもそれに気づかない場合も少なくありません。

それが誰かに与えられた価値観か、自分から掴んだ価値観か、それを判断する簡単は方法として「それについて自己責任を負えるか」ということが挙げられます。

「みんながそう言っている」
「親がそのように言っている」
「Aさんがそのように言っている」

このように、責任を自分以外の誰か社会的な習慣などに持っていけるなら、それは自分の価値観ではない可能性が大です。失敗しても自分のせいではないのです。自分のせいではない分、不平不満も多い人生になることでしょう。

「自己責任」を声高に叫ぶ社会的な現象がありますが、それでは自分自身の人生を本当に自己責任で生きることができているのか、ちょっと振り返ってみましょう。人や社会が作った価値観を借りているとしたら、それでは自己責任が成り立ちません。自己責任を引き受ける能力と、自分自身の価値観を持ち得る能力はほとんど比例していると言って良いでしょう。

明日が良い日でありますように。

ムーンストーン・今はじっと待つとき

ムーンストーン(Moon-stone)
ムーンストーン(Moon-stone)

2015年3月27日 ムーンストーン・今はじっと待つとき/ソードの5リバース

すこしばかり我慢しなければならないタイミングが訪れています。

昨日は新しくスタートを切ったばかりですが物事の進展が早いようですね。

取り掛かっていたプロジェクトが行き詰まったり、こじれていた人間関係がなおさらこじれてきたりといった暗示があります。

ところがここで我を通そうとするともっとまずい状況にはまりこむ可能性があります。ここでは一旦手を引いて事態を静観することにしましょう。ちょっと悔しい思いが残るかもしれませんが、無理にことを進めるよりもじっと耐えていれば状況は好転するはずです。

今はじっと待つときです。悩ましい問題はすぐに解決へ向かうことでしょう。今のうちに自分を見つめておきましょう。

このようなときにお勧めするパワーストーンはムーンストーン。このストーンは「自分自信のことを省みる」ことをサポートします。自分自身と対話したのち、不要と思われる自分を捨てることができるという作用も持ちますので悩みがあるときには助けになりますよね。(ムーンストーについてこれらの働きは意味辞典には未記載です)

思い出そう、人間万事塞翁が馬

3月23日のコラムで「人間万事塞翁が馬」のことを書きました。簡単に復習しますと目の前で起こる様々な幸不幸に一喜一憂しすぎてはいけないとう話。どんな災いでも服に転じることはあるし、その逆もしかりでしたね。実のところ日本にもこれに近い故事ことわざはたくさんありそうです。

そしてまさに、今回のカードはある程度の「待ち」を要求しています。目の前にある障害にうんざり、やきもきとすることがあるかもしれませんが、時間の経過とともに状況は必ず変化します。現状の「まずさ」ばかりに注意を取られることなく、もう少し大局で観察してみるのも方法。

と、言うよりも常に大局で物を見ることができるのが理想でしょう。

本当の目標は何だったか?

目の前にある細かい「できないこと」が本当にそのゴールの邪魔でしょうか?実は大きなゴールにとっては目前の邪魔はとても小さなことかもしれません。

混乱を収束させましょう。そうしてサバイバルの術をどんどん身につけてください。

明日が良い日でありますように。

ブルーカルセドニー・予想外の出来事を大きな心で受け入れよう

カルセドニー
カルセドニー(Chalcedony)

2015年3月23日 ブルーカルセドニー・予想外の出来事を大きな心で受け入れよう/ワンドの2リバース

予想外の収穫あり。

ちょっと面白いカードが出ています。

自分自身の予測や期待とは全く異なった結果となる出来事が起こっても、そのせいで全体が良い方へ転がるという暗示。

もしかすると自分の期待とは真逆で一旦はがっかりするような出来事が起こるかもしれません。しかしこれを表面的に受け取ってはいけません。

これが思いもよらぬ良い方へ転がることがあるのです。

起こったことが悪いことでも、それはとにかく否定しようのない事実でしょう。これを受け入れて先に進む心を持ちましょう。

予想外の物事であっても大きな心で受け入れてください。小さな事にこだわらないのが成功のヒケツです。

このようなときにお勧めのパワーストーンはブルーカルセドニー(リンク先ではカルセドニー全般を解説するページに)。

このストーンは自分自身への信頼と、他人への理解度を深めるのを助けてくれます。目の前で起こる様々な出来事に対してそれを理解し、自身を持って対処できるようになるでしょう。

人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)

今回のカード、ワンドの2リバースははまさにこれな感じ。

「人間万事塞翁が馬」(にんげんばんじさいおうがうま)です。

この意味は電子大辞林から以下の引用をします。
==
人間の禍福は変転し定まりないものだというたとえ。人間万事塞翁が馬。〔「淮南子人間訓」から。昔,塞翁の馬が隣国に逃げてしまったが,名馬を連れて帰ってきた。老人の子がその馬に乗っていて落馬し足を折ったが,おかげで隣国との戦乱の際に兵役をまぬがれて無事であったという話から〕
== 以上引用

幸不幸はいつそれがどのように転じるかわからないので、目の前のことに一喜一憂しすぎるのはナンセンスということのようですね。

道で転んだとしても、転ばなければ車にはねられていたかも知れないなんてことがあるかもです。しかし本人はそのことに全く気付かずにいることもあるでしょう。

人生というのは死ぬまでわかりませんね。いえ、死んでもまだわかりません。しかし後悔したくないのなら、やりたいことはやった方が良いのは確か。

明日が良い日でありますように。

モスアゲート・自分の正しさを他へ押し付けないように

モスアゲート(Mos-agate)
モスアゲート(Mos-agate)

2015年3月20日 モスアゲート・自分の正しさを他へ押し付けないように/正義

言動や思考に要注意な暗示が出ています。

自分としては正しくあろうとして、そして人も正しくあるべきだとして悶々とするようなことはないでしょうか。

自分自身は正義を通そうと思うのに回りがついてこない、また自分の正しさを認めてくれないといったことを感じていませんか?

これは生真面目な人ほど陥りやすいフラストレーションかもしれません。

ここでは少し冷静になりましょう。「正しい」というのはかなり難しいことなのです。目の前にある正義と悪をそう簡単に決めつけてはいけませんよ。

今日のところは、自己主張を抑えて発言は慎重に。

今お勧めするパワーストーンはモスアゲート。これはほとんど自己反省のストーンなのですが、冷静になる意味で助けになるでしょう。人の正しさを評価する前に自分のことを振り返るのが大切。自問自答の手助けをしてくれますよ。

正しいことは難しいが

何もかもが正しくあるのは望ましいことかもしれませんが、実際上それはかなり困難です。

例えば各国の文化が異なれば、それだけで何が正しいのかかなりな議論になるでしょう。

しかしながら人間には知恵がありますから、双方である程度の妥協をしながらも全体としてお互いに発展することが可能ではないでしょうか。少なくとも、一方が正しさを振りかざして片方を征服したり滅ぼしたりするよりも多くの人にとって有益ではないでしょうか?

ひとつの考え方として「何が正しいかはさておいて」「とにかく双方が生き延びる方法を考えましょう」とすることです。

何かが正しいか正しくないか、それは誰が判断するまでもなく、正しくない何かをすれば、少し長い目で見ればそれは滅んで消滅します。

正しいか正しくないか?その尺度としては「人類全体としてこの地球上で生き延びられるのか」というほどの大きな観点で考えましょう。

そうすれば細かいことがあまり気にならず、小さなことで欲求不満にはなりにくいですよ。目の前の細かいことをジャッジしている自分に気付いたら、もう一段上からの目線で大局を見てみましょう。

明日が良い日でありますように。