「癒し系パワーストーン」カテゴリーアーカイブ

癒し系にお勧めのパワーストーンに関する記事を集めています。癒しとひと口に言っても様々なケースがあります。あなたにピッタリのパワーストーンを見つけましょう。

ムーンストーン・希望の星・2019年3月12日

ムーンストーン(Moon-stone)
ムーンストーン(Moon-stone)

ムーンストーン・希望の星・2019年3月12日

ムーンストーンが出ています。

ムーンストーンに求めるのは「直感に従う」こと。

これはムーンストーンの働きの基本中の基本ですね。

インスピレーションとか、アイディアが欲しい時にはお勧めです。

でもさらにその根本の根本にあるのは「自分自身を知ること」。

今ある自分がなぜこうなのか?

ひいては自分とは何者なのか?

これをしっかり知るために手助けになるでしょう。

人にはこれの邪魔をする様々な知られざる記憶があり、ムーンストーンはこれを癒す働きを持っているわけです(これが本当の意味で働きの中核をなします)

このあたりのこと、意味辞典ではまったく未記載ですね。

(こんなことを書いても一般にはウケが悪く意味不明でしょうから)

カード:星

おお!これは良いカード!

前回のガックリ感を完全に払拭してくれるようですね。

文字通り「希望の星」が輝いています。

もうダメだとあきらめかけていたことを復活させるチャンスが巡っています。

と言うよりも・・・

本当は星はずっとそこにあるのですが、自分自身がそれを見失っているだけなのかもしれませんね。

自分自身が、星がそこにあることを忘れずに、どんな時も希望を捨てないことが肝心、なのではないかと。

いやー、さらにもしかすると、星は自分自身が持っているもの、なのかもしれません。それを忘れてちゃいけないのだと。

ですからムーンストーンがここで出てきたのは意味があるかもです。

「自分自身を知る」です。

で、最も望ましいのは・・・

星、そんなものがあるのかないのか知らないけれど、私はこれがやりたい。これをなんとかしたい・・・すぐ取りかかろう、そうしよう!

こうなのかもしれません。

今日の格言、そして直面

「一般に、言い訳のうまい人は大抵それ以外のことには何にも長けていないものだ」

(ベンジャミン・フランクリン)

あー、これは確かにそう。

で、この「言い訳」なんですが、その正体は「直面できないこと」そのものです。

素直に認められないのですね。

素直に認められない状態とは、端的に言ってそこに嘘がある状態です。

直面できないことはそれが持続し、正当化のためにもう一度そのミスや罪を犯すことをします。

ですので言い訳して直面できない状態というのは、この格言以上にまずい状況を作り出すことを請け合います。

楽になりたければむしろ直面すること。

これに尽きます。

世の中で、実は直面できていない大きなことが沢山ありますよ。

個人だけの問題でなく、国とか行政、企業など、実際には直面できないで持続している「悪いこと」は沢山あります。

そこには「言い訳」が沢山ありますよ・・・

明日が良い日でありますように。

ユナカイト・認めてしまおう・2019年3月11日

ユナカイト(Unakite)
ユナカイト(Unakite)

ユナカイト・認めてしまおう・2019年3月11日

ユナカイトが出ています。

ユナカイトに求めるのは「癒し・リセット」。

もうシンプルに癒し。

今回はそれしかありません。

ま、ただしユナカイトには癒しだけでなく、前向きになるような支えをしてくれる部分があり、リセットして再出発を促す作用を持っています。

カード:ソードの3

こりゃちょっとまいったカード。

受け入れがたい現実が起こることあり。超ガックリかもですよ。

努力が全く報われないことが確定したり、パートナーとの決裂などなど、そこそこ傷つく出来事が起こるかも。

そして弱点が露呈し、そのままでは続行不能な状態に陥ることも。

しかし、これはどうやら受け入れる以外に道はなし・・・

イイことなしです。このページではリバースが時折出ますが正位置では珍しいです。(正逆どっちにしたって良くはありませんが)

でもね、自分を責めてはいけません。そんな必要は全くありませんから。

出直しましょう!

直面すると消えてなくなる

山あり谷あり。誰でも間違うし、失敗もします。

あのエジソンでさえが会社を倒産させたことがあるんですよ。

さて・・・

自分にとって悪いことが起こったとき、最善の態度は「それに直面すること」。

これに尽きます。

「直面すること」というのは「ありのままに見る」です。歪曲させて見てはなりません。

それが最も「楽になり」そして「問題の解決」に向かえるアクション。

もしも、自分の判断や選択のミスから最悪の事態が起こったと思うなら、それを認めてしまうのです。

認めないから嫌な気分が「持続」します。

これ、悪くすると自分以外の誰かや環境を非難し始めますよ。

これにはまり込むと、また同じ間違いをわざとやってみることになりがちです。

本当にやり直そうと思うなら、直面し、認める以外にはありません。

本当に直面できると、その対象物は消えて無くなります。

「そんなはずでは!」とかと言っている限り、その思いは持続します。

明日が良い日でありますように。

ペリドット・星が導く・2019年2月26日

ペリドット(Peridot)
ペリドット(Peridot)

ペリドット・星が導く・2019年2月26日

ペリドットが出ています。

ペリドットに求めるのは「自分への自信を持つこと」。

ペリドットの働きはひと口に言って「元気になるストーン」これがポイント。

その結果、社交性や明るさがアップします。

そして更にその根本にあるのはマイナス感情の除去という癒し系の働きのため。

不安やイライラを鎮める系があり、そして更にプラス側へ転じる働きあるわけです。

カード:星

良いカードですよ!

これは「希望」の象徴。

くじけそうになっているなら、再チャレンジできるチャンス。

星を見て、それに突き進むという感じ。様々な悪い結果を引きずらず、目標だけ見て進んでください。

希望の光があなたを照らし続けているはずです。

アクションをやめず、信じた道を歩みましょう。

チャンスが訪れます!

憎悪に関する信じ難い話

誰かや何かを憎悪する、というのは人生の中でかなり無駄にエネルギーを使ってしまいます。

(もっとシンプルには何々が苦手、というのがありますね)

しかし、その「嫌がる」エネルギーをもっと創造的な活動に使えたらなあとつくづく思います。

ところで、誰かや何を憎悪するとき、その理由についてそこそこに根も葉もない、かも知れない、ということがありませんか?

自分自身がなぜそれを憎んでいるのか、ちゃんとした理由がある場合もあるでしょうが、そうでないこともあります。

で、はっきりした理由がわからない場合、もしかすると過去の「失敗」が関係する可能性あり。

もちろん、直接的にその対象に「罪を犯した」として、その償いに失敗している場合には「罪」とその「動機」として悪循環に陥っていることが普通です。

(これは何度も書いてきた通りです)

しかしもうひとつは、過去にそっくりさんを「助けそこなった」ということがあるかもです。

過去に誰か助けそこなった、というその相手やその状況と似たようなシチュエーションが現れると、反応的に現在と過去をごっちゃにしてしまうことがあります。(まったく気づかないでしょうが)

端的に書きますと、過去に助けそこなったAさんの「そっくりさん」(または何かどことなく似たところがある)が目の前にいる。という状況ですよ。

すると、過去の失敗が刺激され、嫌な気分になれます。

で、その嫌な気分の原因を「そっくりさん」へ向かう憎悪として持ってしまうことありです。

なんとなく「虫が好かない人」、とにかく苦手な誰か、というのはこういったことが原因になることがあります。

「そっくりさん」はお気の毒なものです。

これの治し方は・・・

過去に助けることに失敗したその場面を見直すことです。

このあたり、ペリドットの使用は役立つかもですね。

ペリドットの癒しの更に根本は、何を隠そう「物事の本質を冷静に見て、分析する力」ですよ。

まあこんなややこしいことは意味辞典には書いていませんけれど。

明日が良い日でありますように。

ラリマー・大成功の兆し・2019年2月22日

ラリマー(Larimar)
ラリマー(Larimar)

ラリマー・大成功の兆し・2019年2月22日

ラリマーが出ています。

ラリマーに求めるのは「心を豊かにする」。

ラリマーは根本的に癒し系ストーンですね。

なにせ心が「イーッ!」となっていたら豊かになんかできませんから。

まあ、全体としては意味辞典の記載通りですね。

カード:ワンドの8

おお!これは良いカード。

チャンス到来、大成功の兆し。「まずいな」と思っていたことさえそうでもなかったことに。

アドバイスがあるとすれば「心配するな!」です。

それでラリマーを使って心豊かにしようということ。

そして、この成功の陰には多くの支援者がいたことに思い巡らし、感謝を忘れないことが大切。

罪の意識を少し掘り下げ

前回に続き「罪系」のことをさらに記しておきます。

「正体」を知ることで、対処の端緒に。気分はマシなはず。

非常にシンプルに書けば「まずいことやっちゃったなぁ〜」という気持ちが罪の意識ですよね。

人が生きる中には、その時々の知識不足や単なる判断ミス、うっかりな過失ということもありますから、数々の罪の意識が起こりえます。

で、これをなんとか少しでもマシな方向へ正そうとすれば良いのです。

しかし、罪となった行為を正当化するための「動機」を語り出すことがあります。

そして、この正当化のために「あれは正しかったのだ!」としたいがためにもう一度同じ罪を犯す・・・という悪循環に陥るわけです。

これ、何度も書いている「卑怯者」、自分の非を認められない、罪に向き合えない「弱虫」がする行動です。(これ、自分自身に対する罪も同じことですよ)

「助けられなかった」という思い

さて、上に述べたのはシンプルな罪の意識なのですが、他に複雑なものもあります。

例えば、「助けられなかったこと」に対する罪の意識です。

助けようと行動したけど失敗したとか、助けようと思ったけれど自分も身動きが取れなかった、といった状況です。

これ、正直で真面目な人ほど自責の念にかられることがあります。

実は、この自責の念だけがあまりに過度に働くと、これもある種の「悪循環」を生みます。

そしてことによっては「自分は他を助けられない人間だ」と決めつけてしまいます。そうしてそれ以来、誰かを助けることをしなくなります。

しかし、このメカニズムをよく見ると、先に書きました「罪の動機を語って自己正当化する」ことと変わりないことがわかります。

誰それとか環境が悪いんだ!とする代わりに、「自分はダメな人間だから」と、方向が変わっただけですよね。

実は自己卑下も卑怯者状態であり、同時に自分に対する罪にもなります。

さてさて、このような状況から抜け出すことはできるのでしょうか?

できます!

これはその罪だと思っている出来事の、その瞬間について細かく振り返ってみることです。

  • 判断のミスをしたのはなぜか?
  • 何かの知識が足りなかったのか?
  • いやいや、誰がどう見ても為すすべがなかったのではないか?

これ、かなり客観的にする必要ありで、多少は大変かもです。

でもまあ、悪循環を断ち切って新しく歩み出そうとするのですから、ちょっとは頑張りましょう。

これらのことが個々の人にとってそう簡単なこととは思いませんが、メカニズム、そして考え方のヒントになればと思います。

自己責任論をかざすとき

日本では「自己責任」という考え方がよく叫ばれますよね。

これが使われる場面というのは、単に「助けられない」または「助ける義務を放棄したい」という罪の瞬間かもですよ。よく注意して見てください。

これが起こるのは、個々の人の心に「過去に助けることを失敗したという、心の傷」がある可能性かなり大。

それで「助けなくても良いための動機」が語られます。それが自己責任論です。

これは個々の人が作ってきた日本という国全体に言えます。第二次大戦時の自国、他国の被害者や、それから福島の原発事故の被害者を十分には助けることができていない、という罪の意識が確かにあるはず。

その罪の意識から逃れようとすると・・・もっとも簡単なのが「自己責任」です。

喪失の記憶

ところで、誰かを助けそこなったとき、往々にしてその相手を「喪失する」という場面が少なくありません。

助けそこなうと同時にその人を失うというパターンです。

このとき、この「誰かを助けそこなう」ことと「喪失する」ということがごっちゃになって記憶されることがあります。

そうすると、あとでまったく別な要件で「何かを失うという喪失の場面」で、「誰かを助けそこなった」という嫌な気分が反応的に湧き出すことになります。

これは助けることの失敗と喪失は別個に見直すことが必要になることを意味しています。

ヒントにしてください。

明日が良い日でありますように。