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アメジスト・現状維持と発展のために・2019年1月17日

アメジスト(Amethyst)
アメジスト(Amethyst)

アメジスト・現状維持と発展のために・2019年1月17日

アメジストが出ています。

アメジストに求めるのは「落ち着こう」です。

アメジストはもうこのページでもお馴染みでよく登場しますね。普通に売っているし大変重宝します。

ところで実は、ストーン選択にあたって「よく考えよう」と言う単語も元にありましたが、いえいえ、考えると言うようり「見てみよう」が正解。

「落ち着いて」反応的な恐怖はちょっと脇へ置いといて・・・

そうすれば見るべきものが見られるはず。

カード:ペンタクルの2

まあ良いカードです。

上手にことをこなしているようですよ。

そこそこに現状をうまく暮らしている様子。

しかし、逆に言えば持てる才能を十分には発揮していない可能性もあり。

または発揮するための前段階にある・・・といった示唆もありです。

反応的な「苦手感」があるなら、それを克服するのも良し。新しいターゲットの用意を。

自分を過小評価しないで才能を発揮しましょう。

苦手4パターン

ツイッター上の書き込みでこんなのがありました。

「レストランで食べいると、厨房から盛んに厳しい指導の声が聞こえる。なんだか食べ物が美味しくなくなった。」

これ、筆者も経験ありで、テレビに取り上げられた「お好み焼き」店でのこと、半ば罵倒するような「指導」の声、と言うより、カウンターの向こうでもろにその様子を見ながらお好み焼きを食べることに。

これは美味しくなかった。こんな場面は苦手です。

多くの人がきっとそうだとは思います。

ところで、この「苦手な何か」には4つのパターンがあります。

  1. 自分が誰かに何かをする
  2. 誰かが自分に何かをする
  3. 誰かが誰かに何かする(のを見る)
  4. 自分が自分に何かする

これら「何かする」は例えば「話しかける」とか「教える」とか「怒る」とかと動詞が入ります。

で、冒頭の食べ物屋さんの例は上の「3.誰かが誰かに何かする」に当たります。

さて、これらの苦手が合理的に苦手なのであれば、それは仕方のないことでしょうが、「反応的な苦手」は注意です。

例えば、3.の「誰かが誰かに」の場合、実はかつて自分がされたことの場面の記憶があり、それに反応しているといったケースがあります。

実際には放っておけば良いようなことでも、誰かが誰に何かしているそのシーンを見ると超イライラしたり、超悲しくなったりがありませんか?

またシンプルに、自分が誰かを助けることに失敗した経験があると、誰かが自分を助けてくれようとしているのに、それを素直に受け入れることができなかったりと。

そのような反応が存在します。

誰かの助けを拒んで自滅するタイプの人を見たことがあるでしょう。

これらはどれも不合理な反応です。

不合理な反応の裏には、過去の経験で失敗したゲームがあったり、単に虐げられたりといった記憶が元になっていることがあります。

自分が持っている経験がパターン1であるのに、パターン2に反応するとかね。

自分がした失敗があるせいで、人の同じ失敗に我慢がならんとかね、と言うことです。

ですので、不合理にも苦手な何かを持っていると思うなら、4つのパターン全部で洗ってみることがおすすめ。

パターン1が苦手だなあ、と思ってそれに当てはまる記憶だけを探すのではなく、同じ状況でのパターン4つ全てを「見る」ことが必要です。

例えば、誰かが誰かに叱られているのを見るのが反応的に苦手、だとしたら、そのような過去の記憶を探すだけでなく、自分が叱られた、または自分が誰かを叱りすぎて自己嫌悪とか、そんなことも探します。

パターン1が苦手としたら、その根底には2とか3などがある可能性大、と言うことです。

これ、反応的な苦手の克服のヒケツ。

明日が良い日でありますように。

アメジスト・正義を正しく使う・2018年12月4日

アメジスト(Amethyst)
アメジスト(Amethyst)

アメジスト・正義を正しく使う・2018年12月4日

アメジストが出ています。(意味辞典に未記載)

アメジストに求めるのは「冷静になること」。

もうこのコーナーでは定番として「アメジスト=冷静」の用途はもう覚えましたよね。

非常にシンプルなアメジストの使い方です。

古くからアメジストを悪酔いどめに使ったり、愛情関係のもつれで使うと冷静になることで結局は別れが訪れるということもありです。

で、今ここは冷静になるべきだなあという局面にあるわけです。

さて、カードは「正義」。

良し悪しよりもアドバイス色が強いですね。

正しくあろうというのは、間違いではありませんし、誰でもこれを基本ラインにすべきでしょう。

しかしながら、「正しい」というのは程度の問題、相対的な問題であるのも確かなのです。

ある二人がことの良し悪しについて論議していたとして、それを第三者が見れば、最初の二人の言っていることは五十歩百歩ということもあるでしょう。

例えば、強盗はひどいから万引きにしておこうという相談ですね。

何度か触れていますが、絶対的な正しさも悪さも実際には存在しないようです。

また、正しいと信じていることが、別な視点で見るとそうとばかりは言えないという局面も多々あります。

そうそう、そして「冷静さを欠いた正しさのゴリ押し」ほど手に負えないことはありません。

そこでアメジストに登場してもらい「まあまあ、ちょっと待てよ」と「その正しさはそこそこに役立つのか?」とちょっと振り返ってみようということです。

「そこそこに役立つのか?」というのはですね「完全に役立つ」ことというのはめったにありませんから「そこそこ」と言う妥協を暗示しております。

いくら完全に役立つことだと思っても、それは無知による浅はかさなのかもしれないのですよ。

最近取り上げた話題に寄せて(なってみる)

最近取り上げたトピックに「なってみる」がありました。

これ、自分自身が思っている「正しさ」がまあそこそこに役立つことなのかを推し量る意味でも使えます。

「相手になってみる」ことで問題が解けていくことは多々あります。

この「なってみる」の意味がやはり不可解だと思われる方も少なくないでしょう。

で、「物体になる」のも練習の内と書きました。

これもピンとこないかもしれませんね。そこで、「何々になったつもりになる」はどうでしょう?

これは子供がやってますね。自分自身が例えば車とか電車とか飛行機になったふりをして遊ぶことがあるでしょう。まさにあれで良いのです。

そして、例えばこの「飛行になったふりをして」遊んでいる子供は、そうでない子供よりも飛行機を理解しています。航空関係のエンジニアやパイロットになる素質のあるのはそんな子供です。

同じように、子供の頃であれば動物になるのも簡単でした。猫や犬など身近なものであれば簡単でしょう。

これ、まさに「理解」のことです。

そして、これは応用範囲が広く、例えば「犯人逮捕」です。犯人を見つけたければ「犯人になってみる」です。

これは「立場になる」とかという論理ではなく、まさに「なる」のです。

そこで、正義に関しては、正義を振るわれる方になってみるのも大切なことかもです。

もしかしたらより良い裁定の可能性があるかもですよ。こんな時にはアメジストを役立ててください。

明日が良い日でありますように。

アメジスト・その正義は正義なのか・2018年11月21日

アメジスト(Amethyst)
アメジスト(Amethyst)

アメジスト・その正義は正義なのか・2018年11月21日

アメジストが出ています。

アメジストに求めるのは「冷静さ・理性」。

これはもう定番の使い方ですね。アメジストの根本です。どちらかと言えば愛情系よりもこちらで使う方が多いですよ。

むしろ、冷静になるところからダメなカップルがそのまま別れに突入することもありますから、使い方には注意です。これも定番の注意事項。

さて、カードは「正義」。

良し悪しよりもアドバイス色が強いです。

とりあえず、自分自身では正しい行いをしよう、という状態にありますが、その正義が通らずイライラすることがあるかもです。

また、この正義感がちょっと暴発すると「義憤にかられる」という状況にもなりやすいものです。

【義憤】
道義にはずれたことに対して感ずるいきどおり。「―を覚える」

正義を振り回す前に、ちょっと冷静になって全体が丸く収まる考え方がないか、また、相手がうまく正しいと思われる行いをするように工夫できることはないかを考えるのは価値があることでしょう。

究極の善と悪(そして起因と受け身)

実際には究極的、または絶対的な「善」も「悪」もないようです。

この宇宙にある善悪は、すべてが比較の問題であって良さの程度、悪さの程度の差、または見方の差でしかありません。

これまでに皆さんも見たことがあるでしょう。

「私が絶対に正しい!」と主張する人のことを。

その人が主張する正しさは、様々な人が評価をすると様々な結論が生まれることでしょう。

それもあってアメジストを取り上げ、ちょっと冷静に考えてみようよ、としています。

ただ、絶対的な善悪を信じることは誰にとってもその権利はある、と付け加えておきます。

起因と受け身の続き

前述の「善悪」の話に絡め、前回書きました「起因と受け身を逆転させる話」の続きを書きます。

前回は受け身でいるのが嫌なら起因になろう、ということの例を書きましたが、今回は逆に、「起因になるのが嫌なら受け身なる」例を。

「起因になるのが嫌」というのは日常的に探しにくいように錯覚するかもしれませんが、実は結構多いです。「受け身になるのが嫌」なのと同数と考えても良いでしょう。

例えば・・・

あたなが車を運転していて赤信号なら止まりますよね。

これってすなわち事故を起こすという「起因」になるのは嫌ですから、赤信号を受け入れる、という受け身になっている状態ですよ。

まあ実際にはルールを守るというのは何かの起因にならないようにルールの受け身になるということですけどね。

しかし、信号を無視して赤信号で道を渡ろうとする歩行者がいた場合にはどうしましょう?

青信号で交差点に差し掛かったあなたは、やはりブレーキをかけて事故を防ぐのではないでしょうか?これはルールではなく、自分自身の考えです。

人を跳ねることの起因になりたくはなく、ブレーキを踏まされる、という受け身になっていますよね。

このとき、どんな作用が働いているかと言えば、運転者である自分自身が、歩行者の立場になってみるということをしています。「まんまだと大怪我するよ」と思うわけです。

ここまでは「起因になるのが嫌なので受け身になる」という話です。

もしこの場面で起因と受け身の入れ替わりを起こさないと、とりあえず人を跳ねることになったかもです。

さてさて、今度は善悪についてこの場面を借りて考えてみます。

その、信号無視をしていた歩行者がお年寄りだったとしましょう。

その老人は青信号で道を渡り始めたかもしれませんが、渡りきれずに信号が変わってしまった、ということもあり得ます。

まあ、これは結果的にルールに沿うことに失敗していますが、これをむやみに責め立てることにそんなに価値はないでしょう。

人には過失もあれば、「仕方がないなあ」ということもあります。

で、車の運転手が「自分の方は青信号で突入したまでであって、そこに人がいるかどうかは知ったことではない」と言い出すのもどうかしていますよね。

「善悪に絶対はない」です。そして、起因と受け身を軽々と入れ替えてみたら、その瞬間に善悪判断の基準が逆転したり・・・

起因と受け身を容易に変えられる感覚が、より全体として生存的な結論が出せそうですよ。

それには冷静でいることです。だからアメジストをお勧めします。

明日が良い日でありますように。

アメジストのジオード・しっかり受け止める!・2018年11月8日

アメジスト・ジオード(Amethyst-geode)
アメジスト・ジオード(Amethyst-geode)

アメジストのジオード・しっかり受け止める!・2018年11月8日

アメジストのジオードが出ています。(意味辞典に未記載)

ジオード(Geode)とは、鉱床や岩石中の空洞。普通,内部に鉱物の自形結晶が並んでいるものですね。(スーパー大辞林より)

石の塊をパカーン!と割り、中の空洞の内面にクリスタルやアメジストがびっしりついているものなどがこれに当たります。

で、今回のストーンはアメジストのジオードです。

アメジストそのものは非常に働きの種類が多いパワーストーンですが、ことジオードに関してはただただ「引き寄せる・受け取る」に特化していると考えます。

目の前に現れた大幸運をしっかりと受け取ってください。

本当は、人生には様々にチャンスが転がっています。

それを受け取るか受け取らないか、これが人生のい大きな違いになること間違いなし!

さて、カードは「ペンタクルのエース」。

これもねえ、前回に続いてむちゃくちゃに良いカード!注意点は何もなし!

長いあいだ取り組んできたことが大発展を遂げるとき。

ビジネスの拡大、財運は当たり前で大繁栄です。

高い評価が与えられ、強力な援助やこれから続く繁栄の基礎が出来上がりそう。

それがですね・・・予想を超えた結果になるんですよ。

そしてビジネスや財運だけでなく、愛情系でも良い兆しなんですよ!

受け取れない気分の正体

「これを差し上げます」
「いえいえ、とんでもない、いただくわけにはまいりません」

これってよくあるお話ですね。

もちろん、ことによっては論理的には過ぎたお礼ということもあります。

このようなことは普通にお断りすることもあり得ますよね。

しかし避けたいのは!

受け取るべき時に断ったり遠慮することです。

これねえ、かなりな部分で暗示があるんですよ。

例えば、兄弟姉妹として幼い頃を過ごした人で、親からなんらかの我慢を強いられることがあります。

「お兄ちゃんだから我慢しなさい」

とかね・・・

または自分が弟か妹で、横暴な兄や姉によって我慢を強いられ、自由に欲求や権利を主張できないこともあるでしょう。

これが積み重なっていつの間にか自分自身を「受け取れない」人間だと錯覚するようになります。

先にあげました兄弟姉妹関係だけでなく、幼児期には様々な経験から自分を「受け取れない人」と規定してしまうことは少なくありません。

これ、一度は洗いざらいそれらの経験をほじくり返してみると良いです。

あ、あれも、これもと沢山発見できるかもしれませんよ。

悔しい思いがいつの間にか仕方のないことだ、と変化させてきてはいなかったでしょうか?

過去の経験を全部ピックアップしてください。

悲しくなったり怒りがこみ上げてくるかもしれませんが、無気力でいるよりも100倍マシなのです。

本当ですよ。そして前より受け取れるようになっているはず。

明日が良い日でありますように。