「自己実現系パワーストーン」カテゴリーアーカイブ

自己実現系にお勧めのパワーストーンに関する記事を集めています。小さなことでも何か成し遂げたいことがあるなら、このコーナーにあるパワーストーンがお勧め。

ヘマタイト・運命の輪が回る・2018年10月19日

 

ヘマタイト(haematite)
ヘマタイト(Hematite)

ヘマタイト・運命の輪が回る・2018年10月19日

ヘマタイトが出ています。(意味辞典に未記載)

ヘマタイトに求めるのは「積極性」。

このページではもうお馴染みのヘマタイトとその働きです。

何度も書いてきましたが、ヘマタイトは「お尻叩き系」。

なんだか元気が出ないなあというときにはヘマタイトを使ってエネルギーをもらいます。ヘマタイトにお尻を叩いてもらってとりあえず進め!ということです。

それからヘマタイトの重要な働きとして「チャンスを見つける」ということがあります。そしてそれに関して積極的な行動が取れるということですね。

さて、カードは「運命の輪」。

文字通り、運命がぐる〜りと回るということです。

とりあえず、今で苦しんていた方には朗報。運命の輪が回ってその人生が好転しそう。これはかなりの吉兆なのです!

逆に、何の問題もなく過ごしてきた人は、将来に備えて準備せよと。

禍福は糾える縄の如し(かふくはあざなえるなわのごとし)

幸福と不幸は表裏一体で変わるかがわるくるものだということ、ですね。

断捨離の「捨」で起こること

ここのところ断捨離を話題にしていますが、あまり知られていない現象について記します。

少し前に物を捨てると「風邪」に似た症状を出すことを書きましたよね。

そしてもうひとつ大事なことは、捨てた分だけ何かで埋め合わせようとすることです。

単純に言えば、何かを捨てるとその代わりになる何かを入手することです。

断捨離の「捨」の前には「断」があったはずですが、それができていないとまた入手してしまいます。「断」はそもそもが入ってこないように「断つ」という意味だったはずです。

ですから捨てる前に「断」ができていることが重要なのですが、それをすっ飛ばして「捨」をしてうまく行かない状況にあるようです。

何かを捨てた後、それを補うように何かを得てしまうなら「断」自体がうまくいっていないことを思い出しましょう。

この埋め合わせは物によるか、他の何か形のないことになるのかはそれぞれの状況によるでしょう。

埋め合わせが必要とすれば、そもそもが断捨離それ自体がうまく行っていないと思えます。

ただ単にいつも以上に捨ててみた、だけでは何も変わりません。

明日が良い日でありますように。

アマゾナイト・選択の時がきた・2018年10月18日

アマゾナイト(Amazonite)
アマゾナイト(Amazonite)

アマゾナイト・選択の時がきた・2018年10月18日

アマゾナイトが出ています。

アマゾナイトに求めるのは「決断」。

アマゾナイトはかなり多くの働きを持つパワーストーンで、その人の状態や他のストーンとの組み合わせによって非常に応用範囲が広くなります。

そして今回の役割としてはアマゾナイトの働きとして「決断」を取り上げます。

まず、アマゾナイトは考えがゴチャゴチャしているときに分析力を発揮して頭をスッキリさせることができます。

様々な選択肢から「これ!」ということを取り上げるときには有用に働くわけですね。

また、アマゾナイトは実行中のプランを遂行させるという働きもあり、これも伴って「決断」を導くように使うことができます。

さて、カードは「恋人たち」。

選択の時を意味していますよ。ということは、前回に引き続き、やはり「岐路」のイメージがあります。

とにかく何かを選択せねばならないようです。

この選択に関してはあまり考えないで直感的な方が吉なようです。

考え出せばキリがないくらいにマイナス要因をいくらでも思いつくことができるでしょう。

未来に期待し、素直な気持ちで選択することをお勧めいたします。

ここでは決意、決断、そして決定だけが意味を持っています。

人生に「たら、れば」はない

後悔しようと思えばいくらでもできますよね。

あのときこうしていたら・・・ああしていたら・・・

しかし実際に選択しなかった方の道が今より良いかどうか、そんなことはわかりませんよね。

はい、どうやってもわかりません。死ぬまでわかりませんし、死んでもわからないです。

逆に未来のことを考えすぎてもロクなことにはならないでしょう。

本当にビシッと、心を動かさずに純粋にデータのみでコンピュータのような判断ができれば良いのですが、人はそんなことはなかなかできません。

過去に動いた心の動きを現在までもひきづっており、データは心の霧にかすんで正確に扱える状態にはありません。

過去のデータは役立つこともあるでしょうが、心が無節操に活性化するとコンピュータのような正確な判断など無理ですね。

そこで、間違いないのはとりあえず目の前にあることと、簡単にわかるごく近未来のことだけに着目しましょう。

例えば、「今日は会社を出るまでにこれこれだけはやっちまおう」とかそんな具合です。

もちろん、何十年先に渡る大きな計画はしても良いわけですが、そのときには目的とそれを実現するためのステップだけを記録し「もしも何々」ということは考えないでおくのが方法。

「もしも」を考え出したらそれは際限なくなります。考えがぐるぐる回りしだして目の前にあることにも手がつけられなくなりますよ。

過去のことに後悔し、未来のことを心配する・・・どうしようもないですね。

そんなことより目の前のことをしっかりやればほとんど万事OKです。(その積み重ねが未来を作る)

だから、アマゾナイトで決断しましょう。

明日が良い日でありますように。

ガーネット・ガマンで通り抜けよう・2018年10月17日

ガーネット(Garnet)
ガーネット(Garnet)

ガーネット・ガマンで通り抜けよう・2018年10月17日

ガーネットが出ています。

ガーネットに求めるのは「耐える力」。

ガーネットは「地道な努力を助ける」という働きを持ち、この根本にあるのは「耐える力」です。

ガーネットはその持ち主が「もうだめだ!」と投げ出しそうになってもそれを踏みとどまるように後押しします。

それだけに、生半可な心づもりでガーネットを持つと結構大変ですよ。

本当に耐えねばならないという場合を除いてはあまりおすすめしないかもです。

さて、カードは「吊られた男」。

これ、不思議なデザインのカードなんですよね。

男が逆さまに吊られていますが、その表情が微妙です。

デザインの仕方で様々に見えるかもしれませんが、この男の表情は「達観」している感じもあり、または不敵な笑いにも見えるかもしれません。

それでも言えることは、どうやら今の場合はジタバタしても始まらないということのようです。

男の表情を「達観」と取るなら、自分の中に真理を見出す状態かもしれません。

もしも不適は笑いであるとするなら、このような状況においてもくじけずに何か作戦を持っている感じも。

いずれにしても、このカードが出ているときには何か人生の岐路に立っている暗示が。

あまりに常識にとらわれていてもこの状況から抜け出すことはないでしょうが、発想を変えて大逆転するかもです。

ここでガーネットが出てくるのは、たとえ状況がまずくとも、それに耐えろということのよう。

「抜け出す道は通り抜ける道」です。

終活の断捨離

昨日の続きっぽいですが、今回は「終活の断捨離」について書きます。

さて、つい最近のことfacebook上の知り合い(と言っても相手は少しばかりなの通った人)が医師によって余命宣告を受けました。

彼は年齢として初老というところですが、一般論としては何らかの病気をこじらせて亡くなったとしても、それはあり得る年齢ではあります。

そこで、彼は残りの人生の時間を計算し、残される人々に手間が及ばないようにと身の回りの断捨離を始めました。

彼は数千冊の蔵書があり、まずはこれから手を付けます・・・

これは「物体を手放す」という話ですね。

これがなかなか難しいのです。

物体にとらわれない、ということが断捨離の「離」の部分、最終段階と思われますが、この境地にはなかなかたどり着かないのが普通だと思います。

そもそも私たちの現代文明では溢れるほどの物体を所有していることが「豊か」だとされてきました。

そして自然科学としても人間は「物体」として扱われています。

この2点だけを見ても、物体としての執着というのは結構拭い去りにくいことだと思います。

そして人が「死ぬ」ということは「物体として死骸になる」ことを半ば信じて、残りの半分は「いやいや魂として存在し続けるかもしれない」として「ううむわからない」というところでしょうか。

この点で言えば、前世や輪廻転生を信じる人は、人が肉体として死んでも「魂として存在し続ける派」と言えるでしょう。

となると、人の根本は肉体でなく「魂」である、という考えになり、どちらかと言えば「物体からの呪縛」から離れられる可能性が高いと言えそうです。

仏教的にはまあこれですね。

物体への執着から離れる。実のところこれがあれば不用意に物体を得ることなく、そしてそれを手放すことにも抵抗がなくなるでしょう。(これって浪費と受容です)

その根本にはどうやら、人は物体ではなく「魂か何か・・○○である」という気づきが必要そうです。

「死にたくない」これは肉体という物体を手放したくないという感覚でしょうか?

さてさて、断捨離の過程では不要な物を捨てますが、捨てた後に襲ってくる可能性があるのが「風邪ひき」のような症状。

これって単なる風邪ではなく、手放し作業によって「所有性」が下がったときに起きる特有な症状です。

普通の風邪の対応をしても治りません。

とにかく何かを「得る」ことが必要ですよ。(美味しいものを食べる、などの対応ですね)

明日が良い日でありますように。

ハイパーシーン・不要物処分のとき・2018年10月16日

ハイパーシーン(Hypersthene)
ハイパーシーン(Hypersthene)

ハイパーシーン・不要物処分のとき・2018年10月16日

ハイパーシーンが出ています。(意味辞典に未記載)

ハイパーシーンに求めるのは「要不要の判断をしっかりと。不要なものはすっぱり処分する」という能力。

人生を大きく転換させようとするときには特にオススメのパワーストーンと言えます。

その転換のためには不安や動揺があり得ますが、ハイパーシーンはそのあたりのマイナス要素もカバーしてくれる働きがあります。

さて、カードは「悪魔」。

裏表ともにあまり出たことがないカードです。

名前は仰々しいですが、示唆に富んだカードだと思います。

できるなら避けたいと思っていることに直面せざるを得ない状況が起こりそうです。

また、どうしてもトラウマに触って避けがたいことに巻き込まれるとか。

しかし、悪魔と言っても自分以外の何か悪いものがあなたに作用しているのではなく、直面できないと思っているその心自体が悪魔の作用を持っているわけです。

そこで、このカードが出たならば、自分がこれまで直面することに失敗していることをあぶり出すことができた、と考えることもできます。

ですから悪魔のカードが出たと言ってビクビクする必要はありません。

何が起ころうとそれを受容しようとする心づもりがあればよしです。

悪魔のサーキットを見てみよう

さて冒頭にハイパーシーンとして「要不要の判断をしっかりと」と書きましたが、この「不要」な部分として「直面できずに反応すること」だと知りましょう。

  • なぜ私はコレコレが苦手なのか?
  • コレコレの状況になるとなぜ悲しい気分になるのか?
  • コレコレを言われるとついカッとなってしまう

だいたいこの種のことは反応であって、言わば「悪魔のサーキット」。サーキットとはこの場合「回路」ですね。自動的に反応することを意味しています。

こんな反応は不要です。元の自分自身ではありません。ならば捨てれば良いのですが、それを捨てるには「しっかり見ること」。

とは言っても自分自身に無理強いする必要はないと思います。

自分が触れる範囲で、そしてできれば少し頑張れる範囲が良いですね。

くれぐれも無理に直面しようとしないことです。さもないと新しいトラウマがついてしまいますから。

例えば、ピーマンが嫌いな子供に、ピーマンに直面せよ!と言って無理にピーマンを食べさせても、さらにピーマンが嫌いになりそうでしょ。

こういうやり方はダメでしょう。やせ我慢もダメでしょう。

一方、ピーマンが苦手なのはなぜだろう?と考えてみることは大切。

最重要なのは「なぜ?」と思って気づくこと。これが理性であって、やせ我慢として感情を無理やり押し付ける事や忘れたふりではありません。

明日が良い日でありますように。