2016年7月5日 ブラックオニキス・自己決定で切り抜けよう/ワンドの王子/リバース
ここのところ良いカードが連続していましたが、久々に要注意なカードと言えます。
状態の悪化とか予想外の出来事が起こる可能性が。物事が期待通りにいかず、イライラしたり不安を募らせることがあるかもです。
しかしながら、現状を好転させるには「もう一歩、自分を信じる勇気」です。
また、今は人の意見に振り回されないのがキモになりますよ。
このようなときにオススメのパワーストーンはブラックオニキス。
人の意見に流されない、ということに着目してブラックオニキスを選びます。その根本にあるのは「自己決定」です。誘惑を振り払うのも得意です。優柔不断さを断ち切り、必要なことに邁進できるように助けてくれるでしょう。
ものを見ることの不思議
お馴染みのサイト、ライフハッカーに以下の記事を見つけました。
まあ、脳科学ではまだまだ解けていない脳の働きがあるわけですが、そりゃまあ、脳だけを見ていても人の能力は解明できないでしょう。
さて、その記事の中に「 一度に見られるのは世界のほんの一部だけである」というのがありました。
まあ、タイトル通りなのですが「脳科学的」にはそうなるのでしょう。
しかし、脳科学でない分野としてみると、私の場合は異なる意見も持っています。
「ものを見る」ということを現在の一般科学的に考えますと以下の通りでしょう。前方に物体があり、それに反射した光が眼球に入って、それが電気信号に変換されて脳に届き、それが物体として認識される。ですね。デジカメと同じです。
ロボットならそれでOKでしょう。これが科学の限界でしょう。
ところがどうも、人間は違う段取りでも、ものを認識しているように思えるフシがあるのです。
例えば、単純なところでは球技にまつわるスポーツ選手の行動。野球選手のバッティングや難しいボールのキャッチ、卓球のような速すぎる動きのボールの扱い。これは人間の神経の上で電気的な情報伝達のような「遅さ」では到底ゲーム不可能なんです。人間の「反射神経」というレベルではボールのコースを読んで打ち返すことはできないのです。
これを「経験値による状況判断で球筋を読んでいる」ということで理解しようとすることもあるようですが、明確にはわかっていません。ここだけを取り上げても「 一度に見られるのは世界のほんの一部だけである」どころか、様々な部分を同時に見ているのではないかと推測できます。
それから、一見は複雑そうな何かでも、全体を一目見ただけでことの有り様を理解するということができる場合があります。
例えば、車の運転をする人なら、どなたもある程度は経験があるでしょう。車の運転は前方を見るだけでなく、スピードメーターやサイドミラーなど複数の情報を絡めて見ていて判断に判断を重ねてその行動が進行しています。
車の運転では、この見ている範囲が広ければ広いほどスムースに安全に運転できます。前方の車のテールランプしか見ていないではそれは危ない運転でしょう。
さて、少しの例で「見ること」を書きましたが、私自身は単に物理的な「眼」で見ている以外のものの見方があると思っています。
特に、全体をぱっと見て、その事柄のありようを理解するのは、どちらかといえば「心の眼」(もしくは魂の眼)の働きではないかと思えてなりません。
明日が良い日でありますように。