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パワーストーンセレニティアスのオーナーです。パワーストーンの言葉を聴いてお客様にフィッティングする仕事をしています。

サンストーン・抜け出る道は・2018年10月4日

サンストーン(Sun-stone)
サンストーン(Sun-stone)

サンストーン・抜け出る道は・2018年10月4日

サンストーンが出ています。

今回サンストーンに求めるのは「明確な態度」。

意味辞典の方ではサンストーンについて「勝負事に勝つ石」と紹介されていますが、実際にはその根底にあるが「明確な態度」なんです。

「絶対に勝つ」。これって何を隠そう「明確な態度」ですよね。

そのためにサンストーンがしているのは「消極的な思い」を取り去ること。マイナス要素を取り去りながら、プラス側へは行動を促進するといいう働き方です。

ただし、サンストーンは持ち主にフルパワーを使わせようとするために、使い方としてちょっと注意が必要。これは意味辞典でも触れていますね。

さて、カードは「ソードの騎士/リバース」。

少しばかりの注意とアドバイスといった感じ。

トラブル有りかもです。

無理やり推し進めているようなこと、そして推し進めていることが他の人に理解されないがために無理が生じるということがあるかも。

それで困難な状況を招いている部分が有りかもです。

しかしながら、ここは決然とした態度で通り抜けることの方が良さそうです。

「そこから抜け出る道は通り抜ける道」

問題を避けて通ってはいけません。サンストーンを胸にきっぱりと心を決めましょう。

持ち主以上にサンストーンが頑張ります。(ついて来れますか)

やりたいこととゴミ、他の話題

サンストーンが厳しいストーンなる秘密

今回のパワーストーン、サンストーンの働きとして「明確な態度」。

これ簡単そうでなかなかできないのですよね。

明確な態度、というのは第三者から見て単に「はっきり、きっぱりしているなあ」ということのみには収まりません。

見た目の態度として明確でなく、むしろ温和であったとしても、その人の内心では「きっぱりしたものがある」ということは多々あります。

さて、いずれにせよ、態度以前に「きっぱりした思い」があってのことになります。

実際には見た目の態度でなく「思い」が重要であって、態度はむしろ温和な方が良好な人間関係のためには無難なこともありでしょう。

そこで、このきっぱりした「思い」ですが、それを邪魔するものが沢山あります。

沢山hありますが、それは大きく分けて二種類になります。

  1. 考え
  2. 失敗の経験

まずは「考え」が邪魔します。

  • あ、いや、やっぱり無理か・・・
  • こんなことになったら恥ずかしいしな。
  • これをするのにいったいいくらかかるのだろう?
  • 誰も賛成してくれそうもないな。

次に失敗の経験ですね。

これは過去にした失敗の中で、シチュエーションの一部が似ているものが取り上げられてしまいます。

これらは理由がわからない「苦手意識」のようなことになって心に巣食っています。

で、もしも前世や輪廻転生を信じると、過去の失敗経験なんて途方もない数になってしまって救いようありません。いくつもの前世の失敗が積み重なっていますから。

それからもう一つ、オマケをつけておけば、「教育」が大きく足を引っ張ってくれますよ。

あれもダメ、これもダメ、ここにいてはいけない、これに触るな、あなたには無理。

こんなことを言われ続けていたら「自分がやろう」としていることに真正面から向き合えません。

これらはみんな「ゴミ」です。

しかしゴミなしに率直に素直に「思う」ことを多くの人が忘れてしまっています。

ゴミのない状態の「思い」とはどんなだったか?・・・

子供の頃、綺麗な花を見つけたら一直線にそこに駆け寄って行くことがなかったでしょうか?

例えるならそんな場面になるかもしれません。

そしてこの文章ではとりあえず「思い」と書きましたが、それはすなわち「意図」のことです。

そしてこの意図を持つために、考えること以前に、ゴミに絡め取られる以前に、「決定力」がものをいいます。

その「決定」とは、実のところ結果に「責任を負います」ということに他なりません。

小さな決定は誰でもしますが、大きな決定ができないのです。なぜならそこには大きな責任が伴いますから。

意図や決定を邪魔する「考え」というのは、何を隠そう責任を負いたくない度合いのバロメーターとも言えるほど。

そして負える責任がゴミに勝るとき、元の意図が明確になることでしょう。

ここまで読んだ方はお気づきと思いますが、サンストーンが働けば、そこに必ず責任が発生することを意味します。

ね、サンストーンを使うのは大変なことなんですよ。ですので様々な方面の、様々なサポートをする他のストーンが必要なんですね。

明日が良い日でありますように。

ラブラドライト・目の前に可能性・2018年10月3日

ラブラドライト(Labradorite)
ラブラドライト(Labradorite)

ラブラドライト・目の前に可能性・2018年10月3日

ラブラドライトが出ています。

意味辞典のページではラブラドライトについては主に創造性についての記述
が多いですよね。ところがこのストーン、他にもまだまだ使い方があります。

そのひとつが「持久力・耐久力のアップ」。

ラブラドライトはやりかけの物事を挫折することなく最後までやり遂げるようにサポートする働きを持っています。

そのために必要となる強い信念と行動力を得られるよう、強いプラス思考をもたらす働きがあるんですよ。

これはある意味、自己啓発系のストーンと言えそうです。

さて、カードは「ペンタクルの王子」。

まあまあ良しとしましょう。

目の前には様々な可能性がありますよ、と告げているカードです。

そして自分の将来について思い巡らすタイミングにいるようです。

ただし、その可能性を現実のものとするためには、そこそこに忍耐と努力が必要になるでしょうが、それを乗り越えられるだろうという暗示です。

ここのところは、まあそりゃそうでしょう、という感じです。

そもそもが誰にだって様々な可能性はありますし、目的達成のためには努力も必要でしょう。ほとんど当たり前のことを言っている感じ。

そこでとりあえず、ラブラドライトの持久力・耐久力のアップという働きを借りようというわけですね。

この時期を過ごす秘訣として、自分の考えに固執しないこと。問題の解決には他の人の知恵が役立つことになりそうです。

そしてもちろん、自分の能力にいつも磨きをかけることを忘れないこと。今から忍耐力を養っておけば、後々にそれは財産になりそう。

それから、経済面でのうれしい展開があるかもです。

罪と動機の悪循環を復習する

罪を犯した者が声高に他者を非難する

ここのところ目にしたことに「罪と動機の悪循環」その最たる状態がありました。

このコラムではおりに触れてこの話題を取り上げていますが、それもこれも悪人どもに人生を台無しにされないよに予防するためです。

復習としてシンプルに記しておきます。

誰でも間違って悪いことをしてしまうことがある。それには過失も含まれる。

悪いことをしてしまったら謝罪して償い、二度とそれが起こらないように気をつける。

しかし、悪い人はそれができない。その代わりにすることは・・・

「自己正当化」

彼らはしてしまったことに対して「動機」を語ります。それは自分のせいではなく「何々のせいである」と。

そのためには、歴史を修正することすら始めます。

「あれをしてしまったのはこれこれしかじかだからだ」
「あれは嘘のデータである。本当はこっちだ。」

自己正当化のためなら嘘でもつきます。これによって最初の悪いことの上に更に「嘘」という新しい罪を作ります。(これが悪循環の始まりなのです)

最初の罪として「誰かを傷つけてしまった」としましょう。

そして「私は悪くない!悪いのはあいつだ」と言って動機を語り、その中には嘘さえ忍ばせるわけです。

そして自分は悪くないことを言い続けるために、更に同じ調子で相手を傷つけることを続けます。(だって、悪いのはあいつらだから)

自己正当化のために、最初に相手を傷つけた罪を認めたくないがために、その行為が正当なことだとするために、その暴力は続きます。

自分がしているイジメを悪いことだと認めたくなければ、誰がどう言おうとそのイジメがやめられなくなる、という悪循環がここにあります。

身の回りをよく観察してみてください。色々なところで起こっています。

「誰それが悪いのだ」と声高に他者を非難する人々は、明らかに、先に自分たちが何らかの罪を犯しています。

正しい行いをしている人、たとえ罪を犯してもそれを謝罪して償っている人々が他者を非難して「声高」に叫ぶことはないのです。叫んだとしてもそれは真実を語ります。

よく観察してみてくださいね。

悪循環にはまっている人は「嘘」を声高に叫んで他者を非難しています。

明日が良い日でありますように。

 

ムーンストーン・リラックスして見よう・ 2018年10月2日

ムーンストーン(Moon-stone)
ムーンストーン(Moon-stone)

ムーンストーン・リラックスして見よう・ 2018年10月2日

ムーンストーンが出てます。

ムーンストーンに期待するのは「過敏になりすぎないこと」「リラックス」。

今回はムーンストーンを癒し系で使おうということになります。もうシンプルに言って「感情の波をしずめる」ですね。

感情がたかぶったり沈んだりというのは、感情の過敏な反応によることが多いわけです。

ちょっとゆっくり過ごしてみてください。

さて、今回のカードは「女教皇」。

悪くないカードです。状況としてはインスピレーションを得やすい時期と言えます。

それによって今まで気づかなかった真実に近づくことができる可能性もあり。

しかしその代わり、その真実というのが自分にとって気に入らないこともありますから、そこは覚悟が必要になるでしょう。

ここは、インスピレーションという感覚的な部分だけに頼らず、その分理性を発揮したいところです。

それから、あまり言われないことですが、インスピレーションというのがいつも正しいとは限りませんよ。「見間違い」「聞き間違い」ということがあるように「インスピレーションの勘違い」ということもあり得るのです。

そこでムーンストーンは、インスピレーションで得たことに対して過大に反応することがないようにと、ある程度のリラックスを持って当たりましょう、ということになります。

知識とデータ、そして無責任

上の記述で「そのインスピレーションがいつでも正しいとは限らない」ことを書きました。

そこで、得たインスピレーションはそれを確実なことにする必要がありますよね。そうして初めてそれが「知識」に変わっていくことになります。

「ただ見たこと」「聞いたこと」これらは単なるデータであって「知識」ではありませんね。ここを間違ってはなりません。

例えば、世の中の主要な言葉は、辞書の中に全部書かれています。これらはデータとその蓄積です。

そして、その中で自分で使える言葉が知識です。

ところが、世間ではデータの蓄積と知識とがごっちゃになっていることがあります。

これは学校教育のまずさもあり、データの記憶だけが試験で試されていることが多々あります。

これだとそれらのデータを使った応用が効かず、自分で新しいことを生み出すことはできません。

そこで、インスピレーションでも学習でも、何かデータを得たらそれを「評価」しなければなりません。

データは評価されて初めて価値を持ちます。

例えば、新しい単語を知ったとしましょう。

その単語がどのような場面で使われているのかを知り、自分で例文を作れるようになることでそれが「知識」となります。

ところが!

データだけ見て評価せずの人々が山ほどいます。

前にも書きましたがこれは「知らないでおく」を実行している「陰謀論者」です。(それについて無責任でいたいがために)

または、自分が使っている単語の定義を十分には知らないまま(知ろうとせずに)に使う「無責任者」です。

この「無責任者」はそのまま「陰謀論者」と重なる部分もあるでしょ。

だって彼らの言う確信部分はいつも「秘密のベールに先」にしかありません。

これはよく観察してみてくださいね。そして気をつけてください。

人生に混乱を持ち込まないためにです。

明日が良い日でありますように。

モルガナイト・執着を手放す・ 2018年10月1日

モルガナイト(Morganite)
モルガナイト(Morganite)

モルガナイト・執着を手放す・ 2018年10月1日

モルガナイトが出てます(意味辞典に未記載)。

モルガナイトに期待するのは「執着を捨てること」「こだわらないこと」。

モルガナイトは愛情系として男女関係以前に「愛」そのものを見直しの働きがあります。

  • 精神的な自立を促す
  • 自分で自分を認める
  • 心をほぐす
  • 心を開かせる(自分自身のです)

例えばこれらのように、自尊心に関わる部分での働きが大きいです。

そこで、今回モルガナイトに「執着心を捨てること」に使いますが、これは依存傾向とか受け身として愛を求める姿勢が元になった苦しみから脱却するのが目的となります。

依存傾向、受け身、どちらも自尊心に関わる部分です。

さて、今回のカードは「太陽/リバース」。

まあ良くはないですが、ちょっとした考えの転換をしようというアドバイス系と捉えましょう。

このカードが出ているときはちょっとばかり欲求不満系です。

「もっと上手にできるのではないか?」「これこれが、しかじかでなければうまく行くはずなのに」そんな思いがつのっていそうです。

これはあまり対策らしい対策がないのですが、一度は「こだわり」を捨ててみることが吉。

そうしてみたら・・・「ありゃ?!別にどうということもなくない?!」ということに気づくかもですよ。

ゴールと自尊心、執着を捨てること

これは9月30日18時少し前に書き始めましたが、関西方面は台風24号の影響がぼちぼち始まりそうなタイミング。風雨が強まってきました。

さて、今回モルガナイトに願うのは執着を捨てることですが、目指していたゴールまで捨てることはありません。

ただ、そのゴールがそもそも曲者(くせもの)でして、それが自分自身が自分自身のために設定したゴールかどうかをよく見極めましょう。

(もちろん、誰かを助ける、ということも自分で設定したゴールであれば、それは自分自身のゴールです)

しかし実際には多くの場合、ゴールは自分以外の誰かが設定しており、それを教え込まれ、刷り込まれています。

そのゴールは世間一般が「良い」としているゴールであり、親のしつけや進路決定であり、親切ごかしな友人知人のアドバイスであったりします。

ですから、この嘘のゴールに対して「執着せよ」と強力な暗示にかかっていることが多いのです。

また、多くの例で自分で自分のためのゴールを設定することを奪われています。

これがはっきりわかるのが、「退屈さ」と「張り合い」のなさです。

幼い頃のしつけや学校教育でことごとく、自分で設定しているゴールを奪われます。

幼い頃に「そこで遊ぶな!」「静かにしろ!」「これに触るな!」「こっちじゃなくてあっちだ!」と、ことごとく自分で設定しているゴールを奪われます。そしてその代わりに「勉強しろ!」とか言われるわけです。

遊びを奪われ、やりたくない勉強をするって、これ退屈で張り合いがないに決まってますよね。

そうするともう、自分でゴールを設定することを忘れさせられ、誰かさんや世間一般のゴールを目指すようになります。

これ、すごく自尊心のない状態に他なりません。

そうしておいて、あとから「自分を大切にしよう」なんて言われても「どうしようってんだよ!」となりますよね。意味もやり方もわかりません。

そこで実はですね・・・

上に述べたような刷り込みや催眠にはまって抜け出せないのも「執着心」のパワーなんですよ。

自分の考えではない、誰かさんの考えに執着して手放さないのです。

で、さらに言いますと、誰かさんの考えを使っている限りは、それが間違っていたり、うまく行かないことであっても自分には責任がない、という状況のままで居られることを意味してます。

実のところ、そのおかしな執着の出所は、自分で自分に責任を負う立場にはなりたくない・・・と強く思っているということがあります。

まあ、その代わり、そこに自尊心はありません。

明日が良い日でありますように。