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パワーストーンセレニティアスのオーナーです。パワーストーンの言葉を聴いてお客様にフィッティングする仕事をしています。

ホワイトハウライト・リセット&再スタート・2018年10月29日

ホワイトハウライト(White-howlite)
ホワイトハウライト(White-howlite)

ホワイトハウライト・リセット&再スタート・2018年10月29日

ホワイトハウライトが出ています。

ホワイトハウライトに求めるのは「リセット、そして再スタート」。

ホワイトハウライト傾向として癒し系にあり、気分を優しくリセットするのが得意です。

マイナス感情で気分が上下するようなときには大変役立つパワーストーンですね。

また同時に、ホワイトハウライトは感情的なストレスに対して耐性を作る作用もします。

例えば、今すぐには環境を変えられないような状況、職場や学校などの対人関係にストレスを感じているような場合には応用しやすいでしょう。

さて、カードは「世界/リバース」。

前回に続きまたまたどうしようもないカード。まあ、今回でこの低迷を完結しようではありませんか。

まずは自信喪失感あり。うまく行かないという心配ごと。疲れからくる身体的な不調などの暗示ありです。

でもねえ「世界」は基本的に完成を表しており、それこそ新しい世界が現れる意味があります。

これ、やり直せるって感じがしませんか?

やり方、考え方を変えて、リセットスタートしてみようではありませんか!

「助けること」とトラウマ

ここのところの話題に「自己責任」があり、なぜ様々な場面で間違った形で「自己責任」が持ち出されることが多いのか、それを記しておきます。

誰かを助け損なうと、それがトラウマになる

事件や事故がトラウマになることは容易に理解できるのですが、実は誰かを助け損なったと、いうことも強い後悔としてトラウマになることがあります。

その人を助けることが正しいとわかっていても、それができなかったとか、サボってしまったとか、深刻な事情でそれができなかった・・・

そんな時に「助けられなかった」ということについて強い自己否定が働くことがあり、それがトラウマとして残ります。

これは個々の人が自分の心に刻むことであり、他の誰かには評価できません。

例えば学生時代に、いじめられている同級生を助けなれなかった、ということについて同じ立場でも強い後悔を感じる人、そうでない人がいるでしょう。

また、年老いた両親の面倒を十分にみられていないということに罪悪感を感じる人もいます。

大きな事故では、自分が助かって他の人が亡くなったという時など、なぜ自分だけ助かったのだと、生き残った自分に罪悪感を感じる人もいます。

これらのことがトラウマになります。

正当化によってトラウマを解消しようとする

そして人がこのトラウマから解放されようとするとき、間違った方法として「自己正当化」を始めます。(正当化のためなら嘘もつきますよ、というか嘘でも持ち出さないと正当化できないことも)

先のいじめの例なら、いじめられっ子を助けようとしたら、今度は自分がいじめられるだろうと思ったとか。

さらには、自分はいじめに加担していないとしても「いじめられる方にもいじめられるだけの理由がある」といったことをこじつけます。

早い話「助けられなかった私は悪くない!」です。

そして・・・

「勝手に悪いことにはまり込んだあなたが悪い」となります。

これ即ち、自己責任が持ち出される理由です。

これは明らかに、トラウマの間違った解消方法です。この正当化によって螺旋悪循環(スパイラルダウン)が起こるのが目に見えます。

このままだと人を助けることをしない社会が生まれますよ。それでは社会も文明も成り立ちません。(いまこの国がそうなりつつあります)

実のところ、日本という国自体がこの大きなトラウマを抱えている部分があります。その源流は太平洋戦争中にあるだろうと思ってます。

なにせ多くの人が犠牲をしいられ、国家は国民を助けることができなかったのです。

ところが、あの戦争に関して「日本は悪くなかった」という正当化をもつ歴史修正主義な人たちがいるのです(嘘を入れ込んでまでも)。戦争を美化すらしています。

これは国民を助けられなかった(むしろ踏みにじってさえいた)ことに対する正当化です。

彼らが特に、今回の件で「自己責任」を叫んでいる構図が見て取れます。

ただ、彼らもトラウマを抱えているわけです。

明日が良い日でありますように。

チャロアイト・休むときには休むんだ・2018年10月26日

チャロアイト(Charoite)
チャロアイト(Charoite)

チャロアイト・休むときには休む・2018年10月26日

チャロアイトが出ています。

チャロアイトに求めるのは「癒し」。

チャロアイトは癒し系三大ストーンのうちのひとつ。

ですが意味辞典にもある通り、単に癒してくれるのではなく、自分のマイナス感情を自分でしっかり見つめ直すことから始まります。

そういう意味ではチャロアイトを癒し系として誰にでもおすすめすることはありません。

とにかく癒して欲しいとだけではチャロアイトは始動せず、なぜ癒しが必要になったのかという根本原因にまで遡れる人にだけ使えるパワーストーンと言えます。

さて、カードは「ソードの3/リバース」。

どうしようもないカードですね。

裏切られたり、努力が報われなかったりと、まったく思い通りには行きません。

その上に解決策をどうしても見出せないということになるでしょう。

どんなに不幸なことでも、それは受け入れるしかないということが確かにあります。

例えばまったく防ぎようのない災害にあったりと、人生の中には理不尽で逃れようのないことも多くあります。

抵抗するより受け入れて、それから考え行動するより道がないことも確かにあります。

何度も書きますが、「そこから抜け出る道は通り抜ける道」これしかないのです。

自分の人生を誰かに肩代わりしてもらうことはできません。

そして、時には本格的に休憩することも必要です。

その休憩がただただ単なる癒しに終わらぬよう、チャロアイトを取り上げてみました。

日本人の幸福感は収入より自己決定度で決まる

面白い記事がありましたので紹介いたします。

日本人の幸福感は収入より自己決定度で決まる

↑リンクです

これズバリ、タイトル通りです。

例えば、自分が進学する学校や職業の選択として、親とか誰かの言いなりになっているよりも自分で決定している人の方が幸福感が高いというデータです。

単に高学歴や高収入であるとかよりも自己決定をどれだけできているかの方が幸福には関連度が高いということです。

そこで少しアドバイス・・・

それじゃあ、人の言うことをまったく取り入れずに常に勝手なことをしていれば良いのかと言えば決してそうではありません。

例えば「誰かのコントロールを受け入れる」と言う場面において、それ自体を自分で決定して進めるのも自己決定です。

「よし、それではこの人の言うことに従おう」ということですね。

嫌だったけどしぶしぶ従った、という状況とは違うわけです。

実際、自己決定することは後々にかなり楽ですよ。

誰かのせいとか環境のせいにしない、というのは実は楽なことなのです。

そこで再び自己責任について

自己責任というのは、明らかに自己決定によって負う責任です。

ですからそもそもが自分以外の誰かから押し付けられるのは自己責任ではありません。

ですので「それは自己責任だ」と誰かに言われることは門違いではないでしょうか。もちろん誰かに言うことでもないと思います。

また、この話題の元になっている誘拐されたジャーナリストのことに関して書けば・・・

「なぜそんな危険地帯に行くのだ?」

との言い方がありますが、そこが危険地帯だと言うことは、誰かが行って知った情報が元になっているわけです。(このジャーナリストのような人が行って詳しく調べたからわかる話ですよね)

誰かが行かなければそこが危険地帯かどうかもわかりません。

「なぜそんな危険地帯に行くのだ?捕まっても知らないよ」と言う人は、誰かの自己責任にただ乗りしているにすぎません。それは実際には無責任なのです。

なぜジャーナリストは危険な地域に行く?

ピュリツァー賞受賞の報道写真家は、悲惨な現実を伝える理由を

あなたの目となり、彼らの声を代弁したい。現場に足を運び、世界の目となり、起きていることを見せたい。そうすれば誰も‘知らなかった’とは言えませんから

と話す。

明日が良い日でありますように。

プレナイト・モヤモヤをとっぱらおう・2018年10月25日

プレナイト(Prehnite)
プレナイト(Prehnite)

プレナイト・モヤモヤをとっぱらおう・2018年10月25日

プレナイトが出ています。

プレナイトに求めるのは「頭の回転力・キレの改善」。

意味辞典にあるように、プレナイトは頭にかかったモヤモヤを解消する働きがあります。

なんだかぐじゃぐじゃな雑念が入って大事なことを考えられないと言う時にも使えますよ。

それから断捨離に使ってもOKということですが、これって実は考えの中から余計なものを捨てる作業に他なりません。ね、頭もすっきりしてキレが良くなるでしょう。

さて、カードは「法王/リバース」。

少しばかり注意なカードです。

問題を解決しようとしても、良い策が見つからなかったり、間違った情報を得て判断ミスをしてしいやすい傾向にありです。

これらの障害を乗り越えられるだろうかと多少の不安を感じているかもしれません。

そしてこれらの解決が今までに自分が持っていた価値観が通用せず、先に進めないことも。

しかし!

こんなことは常に起こります。そしていつもどうにかして乗り越えるかやり過ごすかをして進むしかありません。

「そこから抜け出る道は通り抜ける道」

これです。

なお、現状がうまく行かないことで倫理観の欠如が起こる側面があります。

これはダメです。

目先のことに囚われてモラルを失うと、結局は自分の首を絞めることになります。これは法則です。

例えて言えば「貧すれば鈍する」。

モラルの低下は理性で防ぐことができます。と言うか、そもそもそうしかありません。

ね、プレナイトで頭をスッキリさせて物事を正しく考えましょう。

解放されたジャーナリスト・自己責任のバッシングについて

3年もの間、シリアの武装組織に囚われていたジャーナリストの安田純平さんが解放されました。

早速「自己責任論」を持ってしてのバッシングがあるようです。

そしていつも私はこの「自己責任」について考えさせられます。

自己責任と言うなら、生まれた瞬間からもう全部が自己責任と言えばそうなります。

都合の悪いことの全部、世界中の不幸の全部を自己責任にしてしまえばそこで思考を止めることができます。

自分たちができなかった援助を自己責任を持って話を終わりにするわけにはいきません。

これくらいまでなら自己責任じゃないよねー、と線を引くことはできません。

「○○は助けるに値しない」という線を引くことはできません。

確かに、紛争地帯へ取材に入るわけですから元々が自己責任でしょう。

かと言って解放されたジャーナリストを叩く必要がどこにあるのか私にはわかりません。

道義的に助けるべき何かを助け損なったとしても、それを当人の自己責任で済ませることもできてしまいます。

シリアに入れたジャーナリストは世界でただ一人、安田純平さんだけです。あの地で何が起こっていたのか、世界の人がそれを知ることができます。

文明の歴史の目撃者として、出されるであろうレポートは大いに価値があるものです。

明日が良い日でありますように。

ルチルクオーツ・すべては好転する・2018年10月24日

ルチルクオーツ(Rutile-quartz)
ルチルクオーツ(Rutile-quartz)

ルチルクオーツ・すべては好転する・2018年10月24日

ルチルクオーツが出ています。

ルチルクオーツに求めるのは「積極性」。

ルチルクオーツはこのサイトでもうお馴染みと言える「やる気刺激系」のパワーストーンですね。

一般的には金運系として人気がありますが、これもう忘れましょう。ルチルクオーツを持っているだけで金運が良くなることはありません。

ルチルクオーツは、あなたがお金を稼ぐために何かアクションを起こそうとするなら、それを後押ししてくれるでしょう。その結果としての金運と心得てください。

何かをしようとするとき、なかなか行動に移せない人はルチルクオーツが強い助けになるはずです。

さて、カードは「太陽」。

これは最上級クラスに良いですよ!

喜びに満ち溢れ、エネルギーの充足を感じる時がやってきます。

これまでに散々悩み抜いたことに究極的な回答が得らるといったことや、完全なる自己発見といったことに結びつきそうです。

自分自身の可能性を自覚し、将来の展望が開けることでしょう。

もしも目標があるなら全力で当たってください。期待以上の結果を得ることがあったり、新しく才能に目覚めるということもありそうです。

なお、この喜びを人々と分かち合い、彼らをも太陽の光で満たすような活動をしましょう。

「無」についての考察(その2)

「無」についての続きです。

前回、座禅について少し触れ、自分でも少し調べてみましたが、座禅は精神衛生上で良いばかりでなく、ひいては体調も良くなるそうです。

私自身は座禅の経験は全くありませんが、「無」の感覚が座禅の目的ではないかと、やはりそのように思います。

さて、その「無」ですが、私の場合「何も無い」という感覚を全宇宙的に広げる感じになります。もちろん「自分」もありません。

ただし「何も無い」を感じているその主体(この場合は自分自身)が確かに存在はすることになりますが、少なくともそれは自分の体ではありません。

しかし、「何も無い」を感じている自分自身さえも消してしまえるような感覚が確かにあり、なんだかそれもできそうです。多分できるでしょう。

ところで、この「何も無い」という感覚を少しずらして「多少はある」ことにして自分自身の体を観察しますと、無の感覚が働いているときの身体は呼吸が大変遅くなっていることがわかります。

どうやら、これはかなりなリラックス状態と思えます。言わば、脳波としてはα派が出ている感じ。(実はこのことから禅と関係あるのかと思ったわけですが)

そんなこんなでかれこれ2〜3週間で二日に一度、思い出しときに布団に入りながら「無の感覚」を試していたところです。

そうしてみたところ、気分的には感情のレベルとしてそこそこに高いところに安定していられるような感覚があります。なんと言いますか、日常が不思議に穏やかな気分で過ごせるのですね。

ま、私の場合座って行う座禅とは違い、楽な姿勢なら椅子に座っても布団に寝ていてもできてしまいますし、座禅を誰かに習ったわけでもありません。

もしも「無の感覚」についてご興味のある方はネットで「禅」に関する情報も多くありますので調べてみてください。

なお、無の感覚を得ようとすると、それがかなり怖いという証言があるのも確か。

「無でいるくらいなら何にでもなっていた方がマシだ!」という感覚があるようです。

(ですのであまりに「できない!」という人におすすめするつもりはありません)

しかし今となっては、「何にでもなっていなければならない」ということがかなりストレスフルな状態だったとわかります。

明日が良い日でありますように。