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ロードクロサイト・ちょっと待ちのとき・2019年10月4日

ロードクロサイト(Rhodochrosite)
ロードクロサイト(Rhodochrosite)

ロードクロサイト・ちょっと待ちのとき・2019年10月4日

ロードクロサイトが出ています。

ロードクロサイトに求めるのは「待つ・信じる」「沈黙」「柔軟な心」。

まずは愛情系のトラウマが動き出した時にはそれを癒す働きを持っています。

だいたい、トラウマって要するに「反応」なんですよね。

ロードクロサイトの癒しがあれば、変に焦ったりせずにちょっとは頭を働かせて柔軟に対処することも可能。

ロードクロサイトはどちらかと言えば恋愛成就系として使われやすいですが、そのメカニズムは癒し系として愛情系のトラウマ解消にあることを知りましょう。

カード:カップの女王/リバース

本ページでは珍しいカード。今までに何度も出てはいません。

とりあえず要注意カードです。

愛情系でうまくいかない兆候。

愛情系のトラウマが刺激されたり、片思いの暗示。

しかし、これはどうやらあなたの愛情が試されている感じがあり。

不安感や焦りがあるかもしれませんが、軽はずみな行動は禁物です。

状況を好転させるには「信じて待つこと」。

また、あなたの思いを利用しよとする人物がいることもありで、そっちは要注意です。

アウトフローが必要なわけ

たとえば電車に乗ればなんらかの方法で電車賃を払いますよね。

「払う」というのはアウトフローに他なりません。

さて、これをもう少し大きい目で見てます。

それに必要なのが以下の概念。

生存の多重円」です。

生存の包含関係
生存の包含関係(多重円)

全ての人は個人的に見れば誰もが円のセンターにいます。

すなわち、どうやっても他の円の中にしかいません。

自分自身だけがそこにあって、その周りには何もなし、という世界はないのです。

そして自分がどれだけ外の世界と関わりを持つかが、自分自身の生存の可能性をどれだけ高められるか、といいうことです。

冒頭の「電車に乗って電車賃を払う」はまさに、その世界への働きかけとかかわりに他なりません。

そして全く何もかかわらないほどに、生存の可能性は落ちるわけです。

さて、人が日常的にいて簡単に意識できるのは「家族」と「グループ」でしょう。

極度な引きこもりとしてインフローだけしていると、家族やグループとの関わりがなくなります。

もちろん、外に出ませんから電車賃も払うことがありません。

当然ならが生存の可能性が落ちますよね。

山にこもって思索に耽る人よりも、何かをしようと電車賃を払う人の方がよほど自分と人のためになることがわかると思います。

明日が良い日になりますように。

ロードクロサイト・先に与えて結果を出そう/カップの騎士

ロードクロサイト
ロードクロサイト(Rhodochrosite)

2016年4月27日 ロードクロサイト・先に与えて結果を出そう/カップの騎士

あまり出たことがないカードですね。良いでしょう。

様々なことが順調に進む暗示が出ています。

成功のカギは「積極性」。あなた自身が愛情を注いだ分だけその実りを収穫できるでしょう。経済的にも充実する兆しです。

あなたが関係する様々なプロジェクト、人間関係に対して勇気を持って当たってください。

ただし、受け取るときには「先に出すこと」。まずは自分から他に愛情を注ぐことが鉄則ですよ。

このようなときにオススメのパワーストーンはロードクロサイト

ズバリ、ロードクロサイトを使う理由は「情熱の維持」ですね。意味辞典の方では例えとして夫婦間のことを取り上げていますが、一般論としての情熱に使えるストーンです。もちろん、積極性に関してもサポートしてくれますよ。

今日は何の日・4月27日

ここのところ少し硬い話が続きましたのでちょっと息抜きをしましょう。

とてつもなく、ガラリと話題を変え、今回は「プロレス」の話!

4月27日、1962年のこの日、日本プロレス神戸大会のテレビ中継を見ていた老人のうち6人がショック死!

この試合では「嚙みつき」による大流血あり。

(本当の流血かどうかわかりませんが)

これはフレッド・ブラッシーがグレート東郷に噛み付いたという次第です。これをテレビで見ていたお年寄りがその残忍さのためにショックを起こして亡くなりましたと。(だいたい力道山が活躍していたような時代です)

筆者自身はすでに生まれてはいましたが、この話は事件があってからしばらくは語りぐさになっていたと思います。

そういえばです、うちのお婆ちゃんもテレビでプロレスを見るのが大好きでした。何せ当時の田舎ではテレビのチャンネル数がせいぜい三つほど。そのうち一つだけがいわゆる民放で、プロレス中継もそこがやっていました。

昔の田舎ですから大した娯楽もなく、お年寄りにはプロレスファンが多かったように思えます。といいますか、民放はチャンネルが一つですから、単にテレビをつけていると、否応なしにそれを見ていたという感じ。

お婆ちゃんは、冬場はコタツに入ってテレビを見ていましたが、レフリーのカウントに合わせてコタツの天板を「バン!、バン!、バン!」と一緒になって叩いて叫びながら大興奮していたのを覚えています。これは流血でなくとも単に興奮して脳いっ血か心臓麻痺かなんかになりそうでした。

そういえば、昔のお年寄りは今のお年寄りよりも元気だったような気がしてなりません。何かが間違っているように思えます。

明日が良い日になりますように。