ロードナイト・愛情の再確認・ 2018年4月12日

ロードナイト(Rhodonite)
ロードナイト(Rhodonite)

ロードナイト・愛情の再確認・ 2018年4月12日

ロードナイトが出ています。

ここでロードナイトが出てくるのは「感情、愛情の表現は相手に応じた適量を」という意味になりそうですよ。

カードとしては「女帝/リバース」。

これ、はっきり言って「豊か」の逆。枯渇状態を表します。

または栄養を与えすぎて相手が腐っている様子を表すことも。

いずれにしてもかなりストレートなダメ状態で、あまりアドバイスもないほどです。

しかしながら、反省できる点はしてみようではありませんか。

そんなときに役立つのはロードナイトの働きだと思います。

失う恐怖の考察

何かに愛情を傾けるとき、実際にはそこに「失うことの恐怖」が元になっていることがあります。

人がなぜ失うことを怖がるのか、このコラムでは何度かその理由を書いてきました。

そのひとつが「所有性」の低さですね。

「私には何かを持つことができない」

そんな感覚が元になっていて不要なものでも捨てられないといった状況です。

「何も持つことができない」という感覚は、幼い頃の教育で、何かにつけて「責任を負うこと」を放棄さられた、ということがあります。

次に、肉体的な怪我が原因になっている「失う恐怖」があります。

切り傷、擦り傷、火傷など、細かいことから大きなことまで人生の中には少なからず体験があるでしょう。

これらの怪我というのは、必ず細胞の損傷が伴います。これ、すなわち細胞を失うことです。

細胞の損傷によってそれを失うというのは肉体の生存に関してマイナス要因にとなっており、本能的に「それは避けたい」「それは嫌なこと」「すごい危機感」という思いがあります。

肉体としては細胞の保全がサバイバルなのですね。そして細胞を失うことは死に近づくことに他なりません。

ですから細胞を失うことはかなりな恐怖を伴うことして本能に刻まれているようです。

そして、自分の細胞を失うことと、何かそれ以外の物体や誰かからの愛情などを失うことをどこかでごっちゃにすることが多いのです。

ですから、何か大切なものを手放すとき「まるで自分の体の一部がもぎ取られるようだ」といった例えをすることがありますよねえ。あれです。

誰かからの愛情とか、所有物の何かを手放すとき、まるであたかも肉体的な損傷として大きな勘違いをしているわけです。

これが失う恐怖の根源なんですね。

そこで、特に愛情というのをつなぎとめよう思えば、こちらから思い切り愛情を注ぐことになりますが、その動機が「失う恐怖」であるとそれはロクなことではありません。

あなたが注ぐその愛情が、一体いかなるものであるのか、ロードナイトを使って再確認することができますよ。

明日が良い日でありますように。