クリソプレーズ・根気よく進もう・2018年11月6日

 

クリソプレーズ(Chrysoprase)
クリソプレーズ(Chrysoprase)

クリソプレーズ・根気よく進もう・2018年11月6日

クリソプレーズが出ています。

クリソプレーズに求めることは「根気よく進むこと」。

何かにくじけそうになっても、クリソプレーズはそっとあなたを支え続けて助けてくれるでしょう。

実は「くじける」その原因は「どうせダメだ」とか「また今回も中途半端か」といった心に芽生えるマイナス要因が原因なのです。

クリソプレーズの「後押し効果」は、これらのマイナス要因を取り去ることで得られます。

ですから単に「やる気を起こす」といった効果とはちょっと異なりますよ。

さて、カードは「力(ちから)」。

局面としては「力」が必要そうなことに取り組んでいることを暗示しています。

大きなことにチャレンジしているのかもしれませんし、またグッとこらえて耐え忍ぶことが必要なのかもしれません。

いずれにせよ、力の行使にはコントロールが必要で、自分を信頼して正しく力を使うことが大切な状況です。

力の行使に気をつけよう

昨日のコラムで「問題が解決に向かうとき」の中の根本原理として「知っている〜考えている」の図式を書きました。

しかし、あれは実はわざと一段階飛ばしています。正しくは以下の通り。

  1. 知っている
  2. 見ている
  3. 感じている
  4. 努力 ←(これを追加)
  5. 考えている

そう、本当は「考えている」の上に努力があります。

さて、その「努力」というのは要するに「力」がそれを象徴します。

こうして見ると、「力」(努力)というのは問題解決にあたっては随分と下の方にありますよね。

不思議でしょ・・・

この状況を解説します。

まず、ある問題について「考え」ます。

あれってどうなんだろう、ううむよくわからない、どうしたらいいんだ?こうしたらいいのか、いや、ああしたら・・・いや、そもそもあれはどうなってんだ?

これが考えている状態+ちょっとした努力のような段階ですね。

そして、「これをどうにかしたいなら、実際に見てみる必要有りか?」と思います。

しかしそもそもが嫌な問題ですから、そこに「努力」がないとそれを見られません。

嫌なものの「フタを開ける」、これっていわゆる「ちからわざ」でしょ。嫌だろうがなんだろうが、障害を「蹴散らす」ことで進むことになります。

ですからそこで、大切なのはコントロールです。

他に波及する大きなとばっちりがないように要注意なんですよ。

「力」は基本的に「物体」とか「時間」「空間」に対して単にエネルギーとして影響を及ぼす行為に他なりません。

これに対して解決の最上位にある「知っている」状態では「力」を使いません。

例えば、お釈迦様が誰かを諭して正しい道へ導こうとするとき「力」の行使はありません

これは「知っている」状態として本当の問題解決に当たる典型的は姿です。

ですから「お釈迦様である偉い私の言うことを黙って聞いておれ!」とはなりません。権威や権力の行使はそのまま「力」の行使です。

ちなみに、お釈迦様が悟るまでは努力(力)が必要だったでしょうが、悟った後には何の努力も不要です。

(知っている=悟っている なのです)

それでも物質的にことを成そうとするなら「力」の行使が必要になる側面は必ずあります。

その時にはコントロールされた「力」でなくてはなりません。

「クリソプレーズで根気よく進む」というのは、やけになって無謀な力の行使をせず、コツコツと進んで行こうということです。

世の中を見渡して「コントロールされていない力」がどのように破壊的な影響を及ぼしているかを探してみてください。

明日が良い日でありますように。

ムーンストーン・本心と向き合おう・2018年11月5日

ムーンストーン(Moon-stone)
ムーンストーン(Moon-stone)

ムーンストーン・本心と向き合おう・2018年11月5日

ムーンストーンが出ています。

ムーンストーンに求めることは「本心と向き合うこと」。これは意味辞典には未記載の働きです。(それでもセレニティアスではこの働きとして使うことが多いです。)

少し前、ムーンストーンは女教皇のカードとの組み合わせで「リラックス」として取り上げましたが、今回は少し異なります。

ムーンストーンの癒し系としてのリラックスは、自分に正直になって肩の荷を下ろそう、ということから来る部分があります。

でも本質はすなわち「自分の本心と向き合う」ですね。

さて、カードは「女教皇」。

直感力が優れた時期です。実はこの直感の中に問題解決の糸口がありそうですよ。

そしてこれまで気づかなかったことを知るきっかけが与えられるという暗示も。

だたし、その事実が自分が気にいるような状況でないこともあり得ますよね。

そのようなときにはそれを冷静に受け取ること。事実を曲げようとしてはいけません。

事実を曲げて取るならことはこじれる一方ですよ。

今は正しく知ること、それは直感によってなされるようです。

嫌がるとそれがやってくる

「嫌がるとそれがやってくる」です。

これは逆も成り立っていて「認めると消えて無くなる」があります。

これ、どういうこっちゃと思いますが、本当のようですよ。

例えば頭痛が起こったとして、頭痛は嫌だ、頭痛にはなりたくない!と思うと頭痛がなかなか治りません。

もしも頭痛でないときに「頭痛は嫌だ」と頭の中で唱えると、人によっては頭痛を起こすことがあるのは不思議です。

今ある困難を解消したければ、まずそれの存在を認めよう、ということに繋がります。

これ、実際に病気や怪我の治癒と密接に関係するようで、痛いからといって患部を嫌がると治癒の進みが悪くなるようです。

問題が解決に向かうとき

問題というのは誰でもそれは「嫌だなあ」と思うのですが、嫌だと思って触らないでいると、問題は解消せずに嫌なままですよね。

そこで、その問題についてしっかり見て、そして完全に知ってしまうと、それはもはや、または実際には問題で無くなることがありますよね。

思っていたようなこととは全く違っていたとか、その問題なら解決策がありそうだとか・・・

これ、すなわち「認めると消えて無くなる」の原理です。

次に、この根本原理のひとつとして以下の記述を残します。

  1. 知っている
  2. 見ている
  3. 感じている
  4. 考えている

ある問題に対する姿勢として上の状況があります。問題を問題でなくすることができる度合いが大きい順に並んでいます。

その問題について、知らずに、見ずに、感じもせず考えているだけでは、それが良いように進展したとしても偶然です。大概は悪い方へ行くでしょう。

そして最上段の「知っている」は見ることの上にあるのに注目です。

このとき、知る手段に限定はありません。直感で知ろうが見て知ろうが同じですね。

ムーンストーンで本心と向き合うことは、自分自身に対して「知っている」レベルになろうということです。

知ってしまうと、そこにある「認めたくなかったこと」が消えてなくなりますよ。

もしも消えてなくならないのであれば、また完全に「知っている状態」ではないかもです。

明日が良い日でありますように。

ローズクオーツ・ぐるっと回れ運命の輪・2018年11月2日

ローズクオーツ(Rosequartz)
ローズクオーツ(Rosequartz)

ローズクオーツ・ぐるっと回せ運命の輪・2018年11月2日

ローズクオーツが出ています。

ローズクオーツに求めることは「流れに乗る」「エネルギーをうまく回す」。

ローズクオーツは愛情系の願いに取り上げられやすいのですが、実際にはそれだけでなく、感覚やセンスを鋭くするという働きがあります。(その結果として恋愛系も強くなるのですが)

また、同時に仕事系の縁結びとしても働いているんですよ。

今回のローズクオーツの使い方は、感覚を磨き、周囲で起こっていることを鋭く見抜き、そこで得た情報を上手につかていくことで流れに乗り、エネルギーをうまく回すことを念頭に置いています。

このあたり、意味辞典の方では触れていませんね。

さて、カードは「運命の輪」。

現状でそこそこに苦難があったり、予想以上に困難な状況でもなんとかしようと思っている人々には朗報。

運命の輪がぐる〜りと回転して絶好のチャンスが訪れそうですよ!

今でにダメだったことに再びスポットが当たったり、思わぬところから援助の手が差し伸べられたりということがありそうです。

この機を捉えて運命を好転させましょう。

この流れに乗って、上手にエネルギーを回すのです。そこにローズクオーツを使います。

なお、現状でそこそこ調子が良いと思われる人は、将来に向けて着々と準備をしてください。運命の輪がぐるっと回転しても大丈夫なように。

「エネルギーがすべて」という錯覚

前回のカードは「力」が出ており、力の行使には要注意ということでした。

今回のカードは運命の輪ですが、対応させたローズクオーツでは「エネルギーをうまく回すこと」としました。

さて、ここで「力」というのはまるっきり「エネルギー」そのものです。

そのエネルギーをうまく回すということは、シンプルに言って「力を使うなら上手に使おう」ということに他なりません。

これには様々なアイディアや言い方があります。

小さなエネルギーでも束ねれば大きくなるとか、バランスが大事とか、そしてコントロールも大切でしょう。

エネルギー以前にあること

エネルギーの行使がこの宇宙において私たちのゲームのように見えます。

もうそれしかないような気がします。というか、そう思い込んでいます。

特に、自然科学者たちはエネルギーと空間だけを扱っており、それが宇宙の構成要素の全てだと思っています。(それは証明できないと思いますが)

そして、そのような思考というか哲学が今の文明を席巻したがために、科学で証明できないことは「ないこと」にしてしまう傾向もあります。

しかし、ここで人間の精神活動の中にある感情はどうでしょう。

確かに感情ということが人の中に存在することは異論はないと思いますが、これらってエネルギーとして完全に表すことができるでしょうか?

他には「インスピレーション」といった精神の働きはどうでしょう。それからもちろん、単純に「何かを思う」という精神活動はどうでしょう。

これらはどうやらエネルギーとして式で記述することは不可能と思えます。

もちろん、何かを思うとか、その時の感情を脳波として測定することは可能でしょうが、それはあくまで測定結果であり、感情や「思う」ということが電気エネルギーとして測定されただけです。

感情が脳波として測定されたと言って「感情=電気」だという結論にはなりません。

このように、人ができることは単にエネルギーで何かをする以前に、エネルギーの元となる精神活動があります。

結果に直結する不思議

ところで、ことによっては精神活動がエネルギーを介さずにそのまま結論を導いて空間に変異をもたらすことがあります。

これはいわゆる超能力という形で扱われるようです。

わかりやすい例としては「透視」ですね。光のエネルギーを介さず、目で見ないでもその対象の様子を知るわけです。

これを事実として認める科学者たいたとしても、彼らはこれをなんとかエネルギーの作用として記述したいようですが、その成功例はありません。

極端な例として上のように超能力を取り上げましたが、そもそも人間の能力はエネルギー以前にある「意思」とか「インスピレーション」にあります。

結果を想像し、どのようにエネルギーを回すかは手段であり、ことによってはエネルギーなしに結果を得ることもあるのです。

ここで、すごく間違いやすいのが、強く念じてエネルギーを起こそうという感覚です。

これはエネルギー依存です。

例えて言えば「ハンマーさえ持っていればなんとかなる」という錯覚。

これはエネルギーの届かないことは手も足も出ないという錯覚をします。

今週最後の記事は短い文章で表すにはちょっと困難なことを書き始めてしまいました。すみません。

しかし要点としては人はエネルギーより先にものを考え、思うことでき、そしてエネルギーを介さずとも結果を得ることがある、ということです。

それから、エネルギーありきだとするなら、それはそもそも機械の仕事であって人は不要です。

そして、パワーストーンというのは、どちらかと言えばエネルギーよりもそれ以前の何かの作用を使うことを応用していると思えます。

ね、ですから本当は量子力学の知識を持ってしても手も足も出ないでしょう。

今週最後のコラムになりました。次回はまた次の日曜にお会いしましょう。

明日が良い日でありますように。

ラブラドライト・力まかせに注意・2018年11月1日

ラブラドライト(Labradorite)
ラブラドライト(Labradorite)

ラブラドライト・力まかせに注意・2018年11月1日

ラブラドライトが出ています。

ラブラドライトに求めることは「根気」。

これは意味辞典のラブラドライトのコーナーでは触れていない働きとして紹介します。

やりかけたことを投げ出さず、またヤケを起こして力任せなことをしないように手助けしてくれますよ。

その根底にあるのは「信念・行動力」と言った種類のことになりそうです。

ラブラドライトは持ち主が「もうダメかな?」と不安を感じても持久力と忍耐力を支えてくれることでしょう。

さて、カードは「力(ちから)」。

非常にタフな状況を切り抜けねばならない、という状態にあり、そしてそれを克服しようと力がみなぎっていることを暗示しています。

ただし、その力(ちから)は正しく使うことが肝心で、闇雲にことをねじ伏せるようなことがあってはなりません。

力を使うことは、それだけの反作用が起こることを忘れないでおきましょう。

また、自分には力があることを自覚するなら、そのコントロールが大切だということに気づくのも大切です。

力任せにするのではなく、根気強く物事に当たってみることが肝心です。

一般論に騙される(検索の罠)

前回に続き、ネットの検索について筆者が感じている「よろしくない状況」について追加で記しておきます。

あることをネットで検索した時、上位に表示される情報はそのことについてのオーソリティー( ある分野での第一人者。権威者。)が書いたことだと思いますよね。

しかし実際には、本当のオーソリティーが書いたことでなく「多くの人がそのことについてはそのように思っている」ことが書かれているにすぎません。

例えば「スパゲティ」についてのページがあるとすれば、その単語「スパゲティ」の周辺にある小麦とかイタリヤとかソースとか、そんな単語が組み合わされ、それらについて事細かくスパゲティについて解説することになります。

革新者は無視される

ところがスパゲティについての革新的なな思想を持つ人がいたとすれば、一般論論とは異なることを書くでしょう。

そういう記事は一般的でないがため、なかなか検索上位には来ないのです。みんなとは意見を異にするからです。出る杭は「無視される」です。

例えば、スパゲティは本当はサウジアラビアのが一番美味しい、という記事を真剣に書いてもなかなかヒットはしません(事実だったとしてもです)。

だから検索上位になろうとすれば、みんな同じように書きますよね。ことによれば他のページからコピペしても書きます。そして自分がオーソリティーに見せようと思うでしょう。

そうすると、検索上位にあるページはごく一般論の寄せ集めで似たり寄ったりになります。

これはある意味現在のAIの限界、または検索させるビジネスとはそれで都合が良いことなのでしょう。

ネット検索の上位にあるもの、それは均一化の結果

このように見るとネットの検索というのは、便利なようでも革新的な少数意見に関してはそれがどんなに素晴らしいものだったとしても、それを拾い出すにはあまり適していないと思います。

そしてページの作者が記事を書くとき、検索上位になろうとするなら、一般的な考えや意見を積み上げていくことになり、言うなれば上位にいるほど均一化された情報になってしまっています。コピペ&リライトも横行するのでどうしてもそうなります。結果的に特色がないのです。

その上、それは「多くの人がそう言っている」だけであって、正しいかどうかは全く別問題。(無責任な人ほどコピペ&リライトをしていますし)

ネットでの検索結果というのは、実はそのような実態があります。

明日が良い日でありますように。