ペリドット・チャレンジしよう・2019年7月10日

ペリドット(Peridot)
ペリドット(Peridot)

ペリドット・チャレンジしよう・2019年7月10日

ペリドットが出ています。

ペリドットに求めるのは「希望」。

ペリドットの働きとしてシンプルにとらえます。

「マイナス志向の改善」ですね。

それからペリドットの特徴として、自分以外の第三者の目に触れることでその人にも影響を与えることがあります。

これはお互いに良いコミュニケーションをもたらす可能性をアップさせます。

コミュニケーションです。

何かにつけてコミュニケーションは重要です。

人間関係の問題はほとんどの場面においてコミュニケーションによって解決されると言っても過言ではありません。

(最終的にコミュニケーションを断つという方法も含む)

カード:ソードの8

アドバイス色が強いカードです。

一見すると八方塞がりな感じに見えます。

が、もしかしたらその閉塞感をもたらしているものは、自分自身がつかんで離すことができない常識や不要なこだわりの可能性が高いです。

または、予想されるリスクを取ることができなくて、一歩を踏み出せないでいることも。

ここを突破するには、もう一度自分を信じ、もったいないと思っているようなことでも捨ててみることが吉です。

そうするとむしろ新たなチャレンジができるはず。

必ずや状況はずっと良くなりますよ。

直面することを放棄する(その2)

前回のコラムでは有権者が政治に直面できないことで政治自体が「どうしようもないこと」のシンボルになっていることを書きました。

しかし、しかしです、その前に・・・国民以前に

「政治(政府)が国民に直面していない」です。

でなければ20年以上のデフレや少子化が放置されるわけがありません。

そうして、さらには国民が政治に直面できないのでそれは悪循環を起こしている・・・

これが日本の状態だと思います。

陰謀論の続き

陰謀論や都市伝説というのは、実は「知っている」や「見ている」に失敗して「考えている」までスケールを落ち込んだ結果だと書きました。

  • 知っている
  • 見ている
  • 感じている
  • 努力
  • 考えている
  • シンボル
  • 食べる

陰謀論がなぜ陰謀論に終わってしまい、なぜ主流の論議にならないのかを見ればよくわかる話です。

というのは、陰謀論者は本当は「知っている」ことはありませんし「見ている」もできていないからです。

もしもその話の裏付けになることを「見て」「知っている」ならば、見たことを証拠として出せば良いのですが、それはありません。

だって本当は「見ていない」からです。本当は「考え」だからです。

なので陰謀論はいつまでたっても単に「考えられた」話でしかありません。

陰謀論も、実のところ事実に直面できてはいない、という状態です。

明日が良い日になりますように。

ホークスアイ・力のコントロール・2019年7月9日

ホークスアイ(Hawkseye)
ホークスアイ(Hawkseye)

ホークスアイ・力のコントロール・2019年7月9日

ホークスアイが出ています。

ホークスアイに求めるのは「洞察力」。

今回はシンプルにホークスアイのレギュラーな使い方となります。意味辞典にある内容そのままですね。

ホークスアイの働きの基本原理は否定的なマイナス感情を取り除くことにあります。

物事を正しく見るために、まずは自分の中にある否定的な感情を処理することが大切。

素直に見てこそ対象を正しく理解できるのです。

カード:力(ちから)

厳しい状況にもたじろがず立ち向かっている姿が現れています。

しかしカードのデザインでは女性がライオンを手なづけている様子が。

これは「力づく」でなくコントロールの大切さを表しているように見えます。

このためには観察する能力、洞察力が必要。そこでホークスアイの登場となります。

直面することを放棄する

さてさて、以下が「知っている」のスケールです。

  • 知っている
  • 見ている
  • 感じている
  • 努力
  • 考えている
  • シンボル
  • 食べる
    etc.

選挙の投票に行かない人は、ほとんどの場合が政治を「どうしようもないこと」の「シンボル」にしてしまっている傾向にあります。

シンボルとは単なるマークです。すでにそれ自体には意味がありません。

すでに意味を知る必要がない(としている)ところにシンボルが使われます。

上のスケールで「シンボル」の上に「考えている」がありますね。ですからシンボルまで下がるともう「考える」ことはしません。

そのような人にとって政治は考えることもなく「どうしようのないこと」のシンボルです。

「考えている」は「シンボル」よりもマシかもしれませんが、「見ている」や最上の「知っている」とはかけ離れており、文字通り考えているだけです。

むしろ、知ったり見たりを放棄した時に「考えている」にまで落ちるのです。

考えてばかりいて見ることをしなければロクなことは起こりません。

ちなみに、陰謀論者の多くは、知ることも見ることもできなくなったときに陥る「考えている」の中に誕生します。

知ることの対象にリーチできなくなると、自分の中に「知っている」を捏造する必要性が生まれ、そこで話が作られます。

(都市伝説はこうして生まれるわけです)

そして陰謀論はさらに落ちて「シンボル」になります。

さて、なぜ人がある主題において「知っている」から「シンボル」以下に落ちるのかと言えば、その主題に対して「直面するのを放棄する」ことから始まります。

これは思いますに「努力」の段階あたりに起きやすい感じです。

これは実はマスコミの中ですでに起こっています。

国会では国民に対して非常に影響がある法案がいくつも採決されていますが、マスメディアはそれを報じません。

マスメディアが国会に直面するのを放棄しています。

すると・・・国民は当然ながら「知っている」から遠ざかり「見ている」ことすらできなくなります。

そして人によっては「努力」で克服するのですが、それができないと「シンボル」まで落ちます。

明日が良い日になりますように。

ルチルクオーツ・実りを受け取る・2019年7月8日

ルチルクオーツ(Rutile-quartz)
ルチルクオーツ(Rutile-quartz)

ルチルクオーツ・実りを受け取る・2019年7月8日

ルチルクオーツが出ています。

ルチルクオーツに求めるのは「豊かさ」。

いつもはビジネスマンの強い味方として紹介しているルチルクオーツですが、今回は「豊かさ」の意味で取り上げます。

そもそもルチルクオーツが自己実現系に働く根本は「所有性」のアップ。

所有性とは、簡単い言えば自分が何かを持つ能力のこと。

「何かを持つ」というのは、なんらかの物体を自分で所有することだけでなく、プロジェクトに関して責任を持つといったことが含まれます。

「何も持つことができない」と思っている人にプロジェクトを任せてうまく行かないのはわかりますよね。

(所有することはすなわち、それに対して責任を負う能力が伴います)

「豊かさ」とは「持つことができる」という潜在能力のことを表します。

カード:女帝

良いカードです。

これまで育んできたことが実を結ぶ吉兆です。

(ただし、逆に言えば何も育んでいなければ何も起きないかもですが)

種をまいて育て、そして収穫の時がきていますよ。

それができるのも、実は豊かな心があってできることですよね。ギスギスして人を不幸に陥れたり、不誠実なことをしていてはこうはなりません。

どんな物質的な夢も豊かさも、元は心の豊かさがあってこそとこのカードは告げています。

生存の多重円と「選挙」ん、何々?

この7月21日には参議院選挙があります。

これって実は「生存の多重円」と密接に関係しています。

まず、人が生きるためには「絶対に逃れられない」生存の多重円の復習。

生存の包含関係
生存の包含関係(多重円)

円の中心に「自分」が居ます。

その周りに「家族」(孤独な場合もあるでしょう)

次に「グループ」があります。これは友人、会社、学校、地域の集まり、国など、人の集まりを表します。

自分が幸せに生きるためには、それを囲む家族がいるなら彼らが幸せに生きている必要があり、家族が幸せに生きるには、その周りにある人々の環境、会社や国が幸せに生き延びている必要がありますよね。

家族がめちゃくちゃな不幸にある時、自分だけが幸せではいられません。

会社や学校など自分が属する人々の集まりがめちゃくちゃだと、当然ながら自分が幸せではいられません。

もちろん、住んでいる国がめちゃくちゃだと会社や家族や、その中の自分が幸せでいられることはありませんよね。

ですので、自分の幸せな生存のためには家族、グループができる限り幸福でいる必要があります。

これは、それぞれのレベルが他の全てのレベルに対して生存を助けるための責任を負っていることを表します。

それをしないと、全体的な滅亡が待っています。本当ですよ。

「社会が何かまずいなあ」という部分があるとすれば、それは国というグループが他のレベルの生存に責任を負っていないという証です。

そこで・・・

選挙で投票することの意味は何か?

それは中心にいる「自分」の立場からグループの生存について責任を負うことと言えます。

投票は「権利だ」ということが言われますが、実際には「責任」であるのは「生存の多重円」の構造から明らかです。(その責任放棄も非常に簡単ではありますが)

「何言ってっんだか・・・投票なんかしても何も変わらないよ」

このように感じる人も少なくないでしょう。

これ、投票率の低さからもお分かりでしょう。

なんでこうなるのか?

実はこのコラムで今までに書いてきた「知っている」のスケールで解き明かすことができます。(これは面白いです!)

  • 知っている
  • 見ている
  • 感じている
  • 努力
  • 考えている
  • シンボル
  • 食べる
    etc.

ところで・・・

このコラムで幾度も出てくる「人生はゲーム」の話。

選挙の投票を棄権することはすなわち、ゲームをプレーすることを自分でやめること、そうなると逆に政治にプレーされることになりますよ。

明日から何回かに分けて解説いたします。

明日が良い日になりますように。

アンバー・バランスを取ろう・2019年7月5日

アンバー(Amber)
アンバー(Amber)

アンバー・バランスを取ろう・2019年7月5日

アンバーが出ています。

アンバーに求めるのは「バランス」。

(最近のカードに対するストーンはなぜかバランス系が多いです)

さて、アンバーは元々が非常に応用範囲が広いパワーストーン。
(とは言っても鉱物ではありませんが)

意味辞典の記事は本当にごく一部だけを紹介していますが、傾向としては癒し系が根本にある感じ。

心身の状態、感情的なこと、これらが極端に振り切っているとき、アンバーはそれを中庸に戻してくれます。

カード:節制

良いカードでしょう。

超ラッキー!と言う感じではありませんが、うまくやれています。

理想と現実、善と悪、自分と社会、人間と自然、男と女、大人と子供、精神と肉体、などなどこれらはどれも二項対立として考えることがあるようです。

しかし、これらは調和した状態で存在できるはず。

節制のカードはこれらをうまくバランスさせている状態を表します。

むしろ、異なる二つのものから新しいことを生み出せることも示唆しています。

理想ってなんだ?(その2)

前回の記事で「理想の正体」について考えていただきました。

読者の「みき」さんの答えとして「わがまま」。

そして「わがままが通ることが理想」なんですね。

これはあり得ますよね。

それは考えの中にある

ところでじゃあ、理想はどこから来たかと言えば、それは各自の「考え」によって成立しており、絶対的な「理想」ということが存在しているわけではありません。

ただし、一般論として「大きな家」や「社会的な地位」などが理想像として語られることがあります。

しかしこれらは元々が個々人の考えの中にあるのではなく、自分の外に転がっている「理想と言われていること」に自分が同意するかしないか・・・というこれも考えです。

借り物の理想でも、それに同意すればそれは自分がそう考えているわけです。

このように自分自身が想定した理想も、借り物の理想であろうが、それらはみな「自分の考えの中」にあるものです。

理想に近づけずに苦しむこと

ところで、なかなか理想に近づけないと言って苦しむケースがあります。

しかし、よく考えたらこれって少しおかしいことに気づくでしょうか?

そもそもが理想というのは自分の考えで設定していますよ。(自分が作ったゲームです)

となると、自分が考えて(または同意して)設定したことに到達できないと言って自分で自分を責めていることになります。

自分で自分を責める必要がどこにあるでしょうか?

自分が考えて設定したことに、なぜ自分が苦しまねばならないのでしょうか?

理想の押し付け・うっかりした同意

ところで、他にもおかしなことが・・・

誰かに強制的に理想像を与え、それに到達できないからと言って強く人格を否定する人がいます。

人が自由な意思において設定した理想でなく、強制的に同意もなく与える理想像ほど迷惑なことはありませんよ。

「これが理想だ、いう通りにしろ」

これ、教育では蔓延しているように思えます。

押し付けられた理想なんてまっぴらごめんだと思いませんか?

でもね、これは多いのは確かです。

いつの間にか同意させられている理想形というのが確かにあるみたいです。

それができないといって、自分を卑下する必要は全くないことをここに「宣言」いたします。

ただし・・・

一般論の理想という考えの中には、とにかく今をしのぐための知恵としての状態や行いが含まれている場合もあります。

ですので、これを自分の理想との間でバランスを取るのもゲームの内なのでしょう。

バランスというのはいつもゴールを安定的に狙えるツールです。

明日が良い日になりますように。