「自己実現系パワーストーン」カテゴリーアーカイブ

自己実現系にお勧めのパワーストーンに関する記事を集めています。小さなことでも何か成し遂げたいことがあるなら、このコーナーにあるパワーストーンがお勧め。

ラブラドライト・耐えて悟る・ 2018年8月7日

ラブラドライト(Labradorite)
ラブラドライト(Labradorite)

ラブラドライト・耐えて悟る・ 2018年8月7日

ラブラドライトが出ています。意外なことに意味辞典に未記載。

ラブラドライトに期待するのは「今を恐れずひたすら耐えること」。

ラブラドライトの基本的な働きは「やりとげること」のサポートです。

世間一般ではラブラドライトについてスピ系傾向の解説が多く、なんともぼんやりとしたことしか書かれていないようですが、実際には端的な働きがあります。

わからないからと言ってお茶を濁したような表現が多すぎますなあ。

「やりとげること」のサポートには、もうダメだ、とか大丈夫だろうか?という不安を取り除いてくれるという方面でも働いていますよ。

さて、カードは「吊られた男」。

良し悪しよりも現在の状態に対する示唆の面が大きいです。

このカードのデザインは逆さまに吊られた男が微笑んでいる、というもの。

なんとも不思議ですよね。

状態としてはどうしようもない窮地に見えるのですが、男はそれをどう思っているのか、微笑んでいるのです。

これ、もしかしたら何かを悟っている感じもあり。

それでも逆さまに吊られているという実状は変わりません。

しかし少なくともジタバタはしていないですよね。

なぜこうなったのか、男はそれを完全に理解しているようですよ。

これ、コラムで散々書いてきた「エネルギー」を使っていない状態とも言えます。

ジタバタしてエネルギーを使えば、縛られている足が痛いだけでしょう。

(そして実際に、耐えることとはエネルギーを使うことではありません)

この男、これからどうなるかさっぱりわかりません。

しかしながら、この宇宙に永遠に続くものはなく、必ず変化が訪れます。

このカード、人生の転機をも意味しています。

まずいことをした人、その後

前回のコラムでは「まずいことをした人」が自己正当化し償いも自己反省もないままでいると必ず再犯し、そしてスパイラル・ダウンを始めるだろうことを書きました。

自分の非を認めず「自分は悪くない」という自己正当化があるために、そのまずいことを再び行って「自分は悪くない」を実証しなければならないのです。

これはもう自動的なアクションです。本人にもどうしようもありません。

まあ、これに関してはその人の倫理観によるところが大きいわけですが、教育や知識の差、というのもスパイラル・ダウンする要因ではあります。

知識と言っても非常にシンプルなことです。

「まずいことをしてしまったら、正当化してはいけない。そして償って自己反省しないと、またまずいことをしでかすことになる」

その「まずいこと」とは何かというと、シンプルに言えば人のサバイバルを妨害することにつきます。

さてさて、とにかく正当化だけして償いや自己反省がない人は必ず何度でも再犯しますが、最終的にどうなるのでしょうか?

それは簡単です。自分がサバイバルできなくなります。

単純には普通の犯罪者であれば逮捕されます。これは社会から追い出されるというパターン。捕まらなくても、逃げ回っていなければなりません。(感情のレベルが下がるのがお分かりでしょう)

犯罪でなかったとしても、グループの中ではサバイバルが許されず、やはり追い出されるという顛末です。

そして最終的には「死ぬ」ことになります。

この死に方は様々なケースがあります。

わかりやすくするために極端な例を示しておきましょう。

例えばある国に独裁者として君臨し、自国、他国の国民を苦しめた人の最後はどうでしょう。

悪事はその人の特別な「死」を持って終わりになります。自分で償い自己反省できない人の最後は、これです。

実際に存在した独裁者の幾人かは最後に「自死」するか民衆に殺害されます。

彼の「まずい行い」を止めるにはこのような最後があります。

ここに「独裁」という状況においてそれがまずいことになる理由がわかりますよね。

独裁だと償いや自己反省しなくてもいいですからね。全面的に自己正当化できますから、悪事は連鎖し、甚だしくスパイラル・ダウンします。

そうなるともう、自分で自分の悪事を止めることはできません。

追い詰められた形の「死」によってそれを止めようとするのです。

まずいことを重ねて行う人をよく観察してください。

それは最初にしてしまった「まずいこと」に対する自己正当化であり、償いと自己反省ができていない状況を表しています。

彼は自分で自分を止められなくなっています。他からの圧力で止められるまで続きます。

本日8月6日は広島、原爆の日。

第二次大戦に突入し、そして原爆が落ちることによって国の指導者達のスパイラル・ダウンの最後に行き着き、ようやく「まずいこと」を止められた日です。罪のない多くの人々を巻き込んでです。(もちろん、爆弾を落とした側の「まずいこと」がここにもあるのですが)

現在の世界でも、スパイラル・ダウンを招く政府や指導者は存在します。まずいことにまずいことを重ねる所業を見て取れます。(時間の問題で排除されますが、それまで国民はたまったものではありません)

明日が良い日でありますように。

オレンジムーンストーン・あ、やっぱり出直し・ 2018年8月2日

オレンジムーンストーン(Orange-moon-stone)
オレンジムーンストーン(Orange-moon-stone)

オレンジムーンストーン・あ、やっぱり出直し・ 2018年8月2日

オレンジムーンストーンが出ています。(意味辞典に未記載)

オレンジムーンストーンに期待するのは「変化を受け入れること」。

オレンジムーンストーンは、ムーンストーンとサンストーンの働きを併せ持っています。

太陽と月、これを両方いっぺんに持っているって変わってますね。

そして総合的な働きとしては「自分が変化したい時や新たなステージに進みたい時に道標となる」です。

さて、カードは「ソードの6」。

これ、ひと口に言えば「仕方がない、出直そう」です。
(なんだか前回のカードの延長みたいな)

良し悪しについてはちょっと語りにくい部分がありますが、出直しという意味においては新しい人生を歩むことになります。

これまで頑張ってきたものの、上手く行かずにある意味「敗走」せざるを得ないという雰囲気。

でもしかし、この決断が後になって正解だということを知るときが来そうですよ。

そう言う意味では「めでたしめでたし」、と良いカードと思いましょう。

何度でも書こう「人間万事塞翁が馬」

結論からすると・・・

「まったく禍福というのは予測できないものである」

これです。

なので、その都度処理していくのが人生ですね。

その人生が総合的に良かったのか悪かったのか、そんなことは死ぬまでわかりませんし、死んでも多分わからないのです。

がしかし、良し悪しを決める決定権者は自分自身。他の誰でもありません。

とにかく今その瞬間は、良かれと思っていることをする、これ以外にできることはありません。

それが正解だったか不正解だったか?それは後にならければわからず、そしてできるだけ正解に近づきたいなら、あらゆる方面で知識とそれを適用できる実践的な活動が必要となるでしょう。

ですから今回のカード、ソードの6でこれまでがあまりはかばかしくない結果を得ていたとしても、気にすることはありません。

結論は死ぬまで、いやずっとわかりませんよ。わからないので自分で決めるしかなさげです。

で、もしも読者の方が輪廻を信じるとすれば、次の人生がまだありますがな!(永遠に輪廻すると思うとゾッとしますけどね)

うん、細かいことに一喜一憂するのはよしましょう。ん、オレンジムーンストーンで変化を受け入れましょう。

そして大きなゲームをいたしましょう。

人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいおうがうま)

明日が良い日でありますように。

カーネリアン・チャージして出直し・ 2018年8月1日

カーネリアン(Carnelian)
カーネリアン(Carnelian)

カーネリアン・チャージして出直し・ 2018年8月1日

カーネリアンが出ています。

カーネリアンに期待するのは「元気・気力のチャージ」。

意味辞典の方では取り上げていない働きですね。

そして元々が複雑な働き方をするのがカーネリアンです。

今回は「気力のチャージ」として、どちらかと言うとお尻を叩いてとにかく前進させてくれることを望みたいわけです。

また、がっかりてやる気がないとき、気を取り直して計画し直し、それを実行できるようにサポートしてくれるところは心強いですよ。

さて、カードは「節制/リバース」。

ううむ、これって前回に比べて急転直下に具合が悪いです。

不安や不満足な気持ちを表していますね。これは人間関係は金銭的なトラブルが起こる暗示も。

それから疲れ切っていて、ことがうまく運べず無駄にエネルギーを浪費していることも。

ここはエネルギーチャージをして、計画を立て直し、そしてそれを実行に移すしかありません。

ささ、乗り切ってしまいましょう。人生にはある程度は必ず波乱があるもの。

具合が悪いときにそれを乗り切ることで、もっと知恵を付け、そしてサバイバルする能力を得ようではありませんか。

それから、元はと言えば「節制」を欠いた行動が元になって今回のカードを呼んでいる感じもありですよ。気をつけましょう。

自己否定の罠

何かに失敗した後、最大限に悪い影響を与えるのは「自己否定」をすることです。

今回のカード「節制/リバース」ではある意味で窮地に追い込まれることがあるかもしれませんが、それを乗り切る第一の方策は自己否定をしないこと。

そもそも「自分が何者であるかを決めるのは自分自身以外になく」そこで自分で自分を否定するのは非常に感情のレベルが低い状態であらゆる能力が低下します。(身体機能まで低下しますよ)

と、ここで「自分が何者であるかを決めるのは自分自身以外になく」というところ
が大切。

世の中ではこれが逆になっていることが多いのです。(これ、よく観察してみてください)

自分がどんな人間であるのかを、人の目から見たことに委ねることによって、自己否定はもっと簡単にできるようになります。

しかしながら、自分が何者か、どんな人間かを人に委ねることは、大きな責任転嫁と言えます。

だって、自分が何者かを人に決めてもらおうとしていますから。

こうなると、自分が自分に対して責任を負えません。感情のレベルとしては「秘めた敵意」より下側でしょう。

何をするにも、もっとも楽なのは、自分が何者であるかを自己決定することです。

あ、これは少し前に書きました「自分の人生を生きよう」と同義ですね。

これ、できているつもりでなかなかできません。本人も気づいていないことは多々あります。

まるで催眠術にでもかかってでもいるように、他人に任せていることは少なくありません。

この度合いを自分自身で観察することは難しいでしょう。

とりあえずひとつのコツを記せば・・・

「過去に自己否定があったなら、それはどんなときだったのか?」

を自力でほじくりだしてみることかもです。どんな場面で、なぜそう感じたのか?(もちろん複数の例が出てくることでしょう)

そして「ううむ、あれは変だ」と感じたらかなりな成功です。(自力でやるにはかなりキツイものがありそうですが)

実は、カーネリアンはこの作業をするにも良い働きを持っていると言えますね。「真実を見る」これもカーネリアンの働きのうちです。

明日が良い日でありますように。

ピンクオーラクォーツ・祝福の光が・ 2018年7月31日

ピンクオーラクォーツ(pink-aura-quartz)
ピンクオーラクォーツ(pink-aura-quartz)

ピンクオーラクォーツ・祝福の光が・ 2018年7月31日

ピンクオーラクォーツが出ています。(意味辞典に未記載)

ピンクオーラクォーツに期待するのは「受け取ること」。

この働きはもうもう文字通りです。得られるものなら何の躊躇(ちゅうちょ)もなく受け取れるようになること。

自分で何かを得ることについて、小さなトラウマを積み重ねて不自由している例が少なくありません。

幼い頃からの経験、教育によることが多いようですよ。

目の前に転がってきた幸運に手を伸ばさず、指をくわえて見過ごしていることがないでしょうか?

ピンクオーラクオーツは、自分自身の考えに従い、欲しいものやしたいことに手を伸ばせるようになるパワーストーンです。

さてさて、カードはこれまた大変良い「ペンタクルの10」。

これはまさに祝福の象徴。

非常に恵まれた環境を意味しており、これから更なる発展も望めます。

この幸福は盤石であることを表し、一過性のものではありません。基本的な生活、仕事に関して確固たる基礎が出来上がっていることでしょう。

住まい、根底部分で安定的な生活、そんなことも表します。

長年の望みがあれば、それが実現する兆しです。

感情のレベルを異なる次元で観察する

今回のコラムは、何度も書きます感情のレベルについて、さらに応用編として記します。

感情のレベルは二つある

過去にも書きましたが復習しておきます。

感情のレベルはひとりの人間が二つを同時に持っています。それらは・・・

  • 社会的な感情のレベル(見せかけ)
  • 本音としての感情のレベル

人がどんなに小さくても社会的な生活をしようとするなら、内心とは異なる表向きの感情のレベルを持ちます。

人前で泣いたりわめいたりできませんし、怒りをあらわにもできません。また大喜びしたくてもポーカーフェイスでいることもするでしょう。

これらの表向きの感情のレベルは、いわば見せかけのもの。そうは言っても社会での活動が円滑にできる意味においてはそう否定できるものでもありません。

しかし、人々は本音の感情のレベルを別に根本的に持っています。

表向きは平気でいても、その本心は「恐れ」あたりにずっといる時間が長いということがあります。もちろん他に「怒り」にいる人、基本的に「保守的」にいる人などなどですね。

そしていっときは他のレベルに移動してもすぐにその人の基本レベルに戻ります。

組織としての感情のレベル

これまでは個人の感情のレベルについて触れてきましたが、実は個人の集合体である組織も基本になる感情のレベルがあります。

組織といえば、家庭、学校、職場、地域、そして国家などです。

とりあえず大きな話として「国家」を取り上げます。

第二次大戦に突入する前夜の日本、感情のレベルとして国全体が恐怖あたりにいたのではないでしょうか。

(これには異論があるかもしれませんが、まあおしなべて高い感情のレベルにはいなかったでしょう)

低い感情のレベルにあった国が、その後どうなって行ったかは歴史が証明しています。

それでは現代の日本ではどうでしょう。いま私たちが住む国の感情のレベルはどんなか。どんな人たちが政治の主導権を握っているか?

そしてその感情のレベルにおいて生存性はどうか?合理的な判断はできているか?

これの考察は各自にお任せします。

明日が良い日でありますように。