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パワーストーンセレニティアスのオーナーです。パワーストーンの言葉を聴いてお客様にフィッティングする仕事をしています。

グリーンフローライト・方向変換できる柔軟な思考を

フローライト(Fluorite)
フローライト(Fluorite)(フローライト各色の参考)

2015年5月19日 グリーンフローライト・方向変換できる柔軟な思考を/カップのナイト/リバース

ううむ、昨日の延長にあるような暗示。

しかし今回はもっと積極的に「方向変換」を勧めるもののようです。

思いだけが空回りしているような状態はありませんか。

また少し前の選択が今は正解ではないといった結果が出てきてはいないでしょうか。

状況は刻々と変化するものです。ことの次第に違和感を覚えたらすぐに方向変換できる柔軟な思考を持ちましょう。

このようなときにお勧めのパワーストーンはグリーンフローライト。これは直観力・洞察力・多面的に物事を判断する力を与えてくれるストーンです。考え方の方向変換のためにはできるだけ正しい情報を得ることですよね。このようなときにグリーンフローライトはお役に立つことでしょう。

(グリーンフローライトのリンク先はフローライト全般について記述しています)

にぎった手を開いてみる

何かを願ったり、目標に向かって頑張るとき、ある特定な事柄に対して「こだわり」というのを持つことがあります。

確かに、こだわりを持った方が現状の取り組みはしやすいことになります。

例えば、美味しいという飲食店では「こだわりの何々」という表現の品物が存在したり。ラーメンで言えばスープの素材とか麺の打ち方とかですね。

飲食店を経営するとき、「こだわり」の何かを持たずいる方がむしろ難しいでしょう。今時、何の特徴もない店では生き残るのが困難でしょう。

しかしながら、こだわっているがために失敗することも多々有ります。そのこだわりの方向が見当違いであったり、単なる自己満足であったりすると、そのこだわりのためにことがうまく行きません。

ですから「こだわり」はときには捨て去ることが良い結果を招くこともあります。ひとつのこだわりを捨てても、あたらしいこだわりを作ることはすぐにできますよね。

さて、そのこだわりを捨てるべきか、さらに育むべきか?これは悩むところですが、本当に悩むのであれば、そのこだわりはそもそもがかなり怪しい状態にあります。

正しく機能しているこだわりには悩みが入る余地はありませんから。

さて、もしもそのこだわりを維持するか、捨てるかと判断するとき、その基準になることがひとつあります。

それは、そのこだわりが誕生した瞬間、そしてあなたがその「こだわり」を自分の手でにぎった場面のことです。

今その瞬間を振り返ってみて、未だに価値がある瞬間だったと思える場合と、今から見直すと間違った選択をしていたのではないかと疑わしく思える場合があるでしょう。

その昔、知識や経験が今よりも乏しかったときに生まれた「こだわり」が、今でも通用すると思えるか?それをよく検討してみましょう。

今振り返ると、こだわり誕生の瞬間はまるで「吹いて」しまうような場面かもしれませんよ。

明日が良い日でありますように。

テクタイト・不安要素を確かめよう

2015年5月18日 テクタイト・不安要素を確かめよう/カップの3/リバース

これはちょっと要注意なカードです。

公私のバランスや愛情関連で何かうまく行っていない暗示。自分を見失っているかもしれませんよ。

状況をまずくしていることがらに関し、これは深入りは禁物です。

しかし不安要素を放置せず、これを解消するように行動しましょう。まずは、不安要素が何であるか、それを確かめてみましょう。

このようなときにお勧めのパワーストーンはテクタイト(意味辞典に未記載)。このストーンは自分の心の中を見るのに役立ちます。

不安要素というのは、実のところ他のどこでもなく自分自身の心の中にあります。しかしそもそもが嫌なものですからしっかり見ることができなかったりですね。

そこでテクタイトを使って自分の心をしっかり見つめてみましょう。不安の正体があばかれることになるでしょう。

不安の正体

不安とは、ズバリ自分自身が作ったものですね。

もちろん、ここの話はで誰かに脅されている(不安にさせられている)ということは除外ですよ。

不安が元で病気になったりもするわけですが、その原因が自分自身というのはなんとも皮肉なものです。

さて、しかしながらこの不安が好きな人がいるのも事実。何かにつけて将来を暗く予測する人がこれにあたります。

また、このような人は自分自身だけでなく、他人や他の組織についても素直に喜ぶことをせずにマイナス要素を取り上げようとします。

思いますに、このような人たちの特徴としては、意外にヒマ人であることがあります。要するに退屈なのですね。例えば仕事や生活はかなり安定していて、それこそほとんど心配する要素がないような人です。

そこで心配好きな人は、心配がないのならそこに作ってでも心配をもってくる傾向にありますよ。

その人は悪気があってそうしようとしているわけではありませんが、ある意味、どうしてもトラブルメーカーになるポテンシャルありありです。

もしも読者の方自身が「心配」を自分で作っていると思われるなら、仕事を忙しくしてみましょう。心配している余裕などなくしてしまえば良いのです。

そうそう、自分で作る不安というのは、ある意味で余裕の表れですね。それを勝手にやっている分には影響ありませんが、周囲の人を巻き込むのは止めましょう。

明日が良い日でありますように。

ペリドット・幸運の波はすぐそばに

ペリドット(Peridot)
ペリドット(Peridot)

2015年5月15日 ペリドット・幸運の波はすぐそばに/ペンタクルの王

これは良いカードですよ。実りがもたらされるという暗示。

昨日の状況から急展開という感じですね。孤独に耐えてこそ本当の実りを手にすることができるというものですね。

今回のカードはペンタクルの王ですが、なにせ王様というのは実のところ孤独です。

さてさて、それでもとにかくチャンスが巡っているのは確か。それが昇進であったり、富を得たりという形は人それぞれでしょう。

もしも、何かトラブルの種を抱えていたとしても、それに注視しないでいれば自然に氷解するようになくなるはず。むしろそうなるように、問題に深くハマりこまないことがヒケツですよ。

幸運の波はすぐそばに。多少のトラブルも、それに執着せず問題視しないでいるとすぐに解消します。多くを人に与えることで自分に良い流れが入って来ますよ。

このようなときにお勧めのパワーストーンはペリドット。リーダー的な人には身につけて欲しいストーンですね。社交性のアップから、人に与えることがしやすくなりますよ。また性格が明るくなるために、問題にこだわりすぎるといったことへの対策としても有用です。

問題にはまり込まないヒケツ

身の回りの様々な問題に「ああ、どうしよう!?」というふうに頭を悩ませている人が少なくないでしょう。

このような問題にはまり込むと、まあだいたいは良くない考えとか、または何も考えられない状態におちいり易いですよね。

そして目に前にあるもっと大切なことに対するエネルギーをそがれることになってしまいます。

さて、これにはまらない簡単な方法がひとつ。

それは、その問題に手を下して「動かすこと」につきます。

そして願わくば、それが問題として横たわる前に手をつけてしまうことです。深刻に考えてはいけません。とにかく手を付けます。

例えば、ちらかり放題のこの部屋が「問題だ」。なぜ片付けられないのだろう?と悩むなら、どうぞ部屋の掃除に今すぐに手を付けてください。

「片付けたってまたすぐにちらかるし」と思うかもしれませんが、そんなことは問題ではありません。とにかく今手を付けます。

「いやその前に断捨離の本を注文して・・」

いいえ、今すぐに手を付けてください。考えるのはよして手を付けるのが先決です。

以前にこのコラムで書きましたが、膠着(こうちゃく)状態で動かないことがらがすなわち問題ということの本質ですが、それを図解すると以下の通り。

撞着(どうちゃく)状態

二つの力が拮抗してそこにとどまって真っ黒になるという雰囲気ですね。

これらをとにかく動かすには「手を下す」ことにつきます。

明日が良い日でありますように。

ターコイズ・孤独感を乗り切ろう

ターコイズ(Turquoise)
ターコイズ(Turquoise)

2015年5月14日 ターコイズ・孤独感を乗り切ろう/ワンドの8/リバース

急激な変化があるのは確か。しかしその波に乗り切れない暗示です。

このようなときには人間関係に歪みも起きやすく、コミュニケーションの不全も起こり気味。これが原因で孤独感を感じることも

また、急激な変化のために進むべき道を見失いやすくあります。

これを乗り切るにはちょっと我慢が必要そうですね。

周囲の状況の急変に心が乱れることがあるでしょうが、あせってジタバタしないことです。現実と自分の心をしっかり確認し、いつもの状態に戻るのがカギ。

このようなときにお勧めのパワーストーンはターコイズです。ターコイズは孤独なときの強いサポーターとして大変有用ですね。また、孤独感の解消だけでなく、人とのつながりを気づかせてくれるといった作用もありますから、大きな視野で物事を考えられるよにもなりますよ。(このあたり、意味辞典には未記載です)

孤独と戦う

だいだい、まあ人間というのは孤独が苦手な場合が多いでしょう。

元々、人間はある程度の群れで生活しているわけですから、その社会性としてひとりぼっちが苦手、という説があります。

確かに、それはもっともに聞こえます。

しかし、いくら孤独が寂しくてもしてはいけないことがあります。

それは「人から認めてもらおう」とすることです。
(これは以前のコラムで書きましたね)

ここで間違わないでいただきたいのは「人から認められること」そのこと自体は問題ではないのです。問題になるのは「人から認めてもうらおう」とすることです。

人から認めてもらおうと思ってしまうとき、何が起こるのかといえばコントロールを人に渡してしまうこと。

それは「人が由とするする自分になる」(ひとがよしとするじぶんになる)ことに他なりません。そうなると、そこには自分がありません。そして責任は自分ではなく人にあります。

さてさて、これだけでは話がわかりにくいですよね。例を挙げましょう。

人に認めてもらおうとする人で、かなりな卑怯者は「いじめに加担する人」です。その人はいじめる側に回ることで、いじめる側の人間たちに認められるわけです。そうやって孤独ではなくなります。

そしてその人達は言うでしょう。「自分はそのいじめの首謀者よりも悪くない。自分は加担しただけだから」「いじめる側に入らないと自分がいじめられるから」。このように自分では責任を取らない人達ですね。

さらに、いじめる人はこう言います「いじめられる側にも責任がある」。甚だしい責任転嫁です。

いじめをなくそうと思うなら、各自が孤独に耐えなければなりません。孤独に負けた者がいじめをするのです。

追伸として記しておきますが、いじめの首謀者、その人はそもそもが孤独に耐え切れない筆頭者で、いじめることによって人に認めてもらうことを望んだのです。

もしも、あなたがいじめられているならば、あなたの孤独を私が応援しています。

明日が良い日でありますように。