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パワーストーンセレニティアスのオーナーです。パワーストーンの言葉を聴いてお客様にフィッティングする仕事をしています。

アマゾナイト・好機・ 2018年7月30日

アマゾナイト(Amazonite)
アマゾナイト(Amazonite)

アマゾナイト・好機・ 2018年7月30日

アマゾナイトが出ています。

アマゾナイトに期待するのは「行動」。

アマゾナイトの働きについて「行動系」は直接的には意味辞典では触れられていません。

実はアマゾナイトは結果的に目的実現のために行動を起こすことにかなり重要な役割があります。

というのは、何をどのような順序で実行するべきか?これをアマゾナイトはサポートしてくれるのでです。

もともとアマゾナイトが得意とする心身のバランス調整というのは、コンディションを最適に整える意味において有用です。思考と行動のバランスが物事を行うにあたっては大切な要素でしょう。

さてさて、カードは大変良い「運命の輪」。

と言っても「良い」のは今までどん底にいたり、報われないなぁと感じていた低迷期にあった人にとっての話です。

今現在がそこそこ以上に満足な状態であれば、それが急転してもどうにか過ごせるように準備を怠ってはなりません。

一方、今が苦難な人達ににはその運命がガラリと変わるという暗示です。

運命の輪というその名の通り、全く予期せぬ状況変化が訪れそうです。

運命の輪で考える「良いことと悪いこと」

運命とか吉凶について古今東西で様々な考えがあります。

そのひとつには人生に良いことと悪いことはバランスしている説。

普通の会話では「そりゃ人生には良いときも悪いときもあるさ」です。

これは非常に簡単に「運命の輪」を言い表しているかもです。

しかしながら、その良し悪しは捉え方ひとつでどのようにもなります・・・というのはよく言われる話。

同じことが起こっても、人によって受け取りようは様々。
(これはその人の感情にレベルによってかなり左右されるのはわかりますよね)

ならば、その捉えようを積極的に変えてしまえば、運命の輪が回転したことにならないでしょうか。

ということは、運命の輪は「自分で回せる」ということになります。

ところで、その「捉え方」なのですが、筆者が強く提案したいのは、まず第一に「自分の人生を生きる」こと。

これを「捉え方」の観点で言い換えると「自分の捉え方で捉えよう」です。

自分以外の誰かの「捉え方」で自分の人生にある良し悪しを捉えると、自分の人生を生きられません。

ここでよーく観察してみてください。その判断(捉え方)が、本当に自分の心から出ているのか、実は誰かさんがそう言っているのをそのまま借りたのか?

さらに、良し悪しについて、自分と他の誰かとを比較しての判断があるなら、それも基準は他の誰かさんが持っているのと同じです。

運命の輪、これは実は自分で回せる!?

明日が良い日でありますように。

ロードナイト・愛情系でよい兆候・ 2018年7月27日

ロードナイト(Rhodonite)
ロードナイト(Rhodonite)

ロードナイト・愛情系でよい兆候・ 2018年7月27日

ロードナイトが出ています。

ロードナイトに期待するのは「愛情表現と母性」。

前回に引き続き、また愛情系。ロードナイトも典型的な愛情系関連のパワーストーンですね。

ロードナイトは意味辞典に書かれている以上に多くの愛情系の働きがあります。

そこで今回取り上げたい働きは「愛情を正しく使えるように導くこと」です。

それにはもちろん愛情の表現方法も含まれています。

愛情表現というのは、人によっては非常に困難を抱えていることがあります。

それというのも、元々がトラブルを抱えやすいのが愛情系だからでしょう。

そのトラブルのせいで愛情に関する屈折が多いのですね。

なお、簡単に記せば、感情のレベルが低いほどに愛情表現は難しくなりますよ。(あまりに感情のレベルが低いと愛情自体がないわけですが)

さて、カードは「カップの女王」。

良いカードです。

なんらかの愛情系に関する望みが叶い、実感できる暗示です。

また現状として愛し愛される状態や、とにかく満ち足りていることを強く望んでいる状態も表しています。

これは直感とか感受性といった感覚が強くなっていることを意味し、その中心にには母性があるようです。

そしてその愛や母性は根本的に協調性ということに関係し、問題の解決や良くはなかった人間関係の回復などにも影響があります。

感情のレベル、芸術、エネルギー

カップの女王のカードは直感や感受性という意味から芸術とも大きく関係します。

直感や感受性は正確性を期して書きますと感情のレベルとしてかなり高いところにあります。

直感の定義を正確に記しますと・・・

推理・考察など論理的思考によらず,感覚的に物事の真相を瞬時に感じとること。
(スーパー大辞林)

(ここで大事なのは「物事の真相を・・」の部分)

間違ってはいけないのは、感情のレベルが低い状態ではまともな直感や感受性はなく、それは単に「反応」であるということです。

例えば、恐怖に怯えている人の直感(実は反応)に従っていてはまともな選択はできないでしょう。それが災害時なら、かなり生存率が下がるでしょう。

また「信号が青ならそのまま渡れ」を反応的に得ていて、それを本当に機械的に実行するなら、信号無視の車がきていててもそのまま交差点に侵入で事故になります。直感が働いているなら、自分の側が青信号でも止まっているでしょう。

さて、今回話題にする「芸術」ですが、感情のレベルとしてはかなり最上位にあるのは確か。

エネルギーに依存することなく、エネルギーを自由に生み出すことができているのが芸術活動そのものです。

これ、本当に不思議なことです。

例えば音楽があります。目の前の生の演奏を聴くと、確かに演奏者が奏でる音はエネルギーとして聴衆に伝わります。(実はエネルギーなしでも伝わるのですが)

しかし、作曲者がそこにいる必要はなく「譜面」という記号がエネルギーの出し方を記していて、演奏者はそれに従っていることになります。

そして良い演奏者は、譜面に記された記号を自分なりの解釈でエネルギーに変換するという作業をしています。

ここを見ても、精神活動にはエネルギー以前にすることがある、ということを表しているようですよ。

いずれにしても、このような高度な作業をしているとき、感情のレベルはかな〜り、高いです。

怒っている演奏者、退屈な演奏者では良い音楽は作れないでしょ。ま、でも現実には「保守的」あたりの演奏者は多いでしょうか。それがつまらない演奏と言われるものかもです。

それから愛情系のロードナイトに照らしていえば、これら芸術家はどうやっても愛情ということと無縁ではいられないことがお分かりと思います。

優れた芸術、何年何百年もの時を超えて人々に感動を呼び起こすその芸術にはどうやっても深い愛情が関係します。(愛情がなければ「理解の三角形」も存在しないしょ)

さてさて、今週最後のコラムは芸術、感情のレベル、エネルギーの関係について少し考察しました。

今週末、場所によっては台風が通過します。万全の準備をいたしましょう。

それでは良い週末を。また次の日曜、更新いたします。

明日が良い日でありますように。

マンガンカルサイト・良い出来事・ 2018年7月26日

マンガンカルサイト(Manganese-calcite)
マンガンカルサイト(Manganese-calcite)

マンガンカルサイト・良い出来事・ 2018年7月26日

マンガンカルサイトが出ています。

マンガンカルサイトに期待するのは「愛を送る」こと。

愛情系の代表格と言えるパワーストーンですね。

マンガンカルサイトはとにかく「調和」が取れていることが好きです。

様々なことを円満に運びたいとき、大変助けになります。というか、できるなら、あらゆることは円満に解決したいものです。(もちろん不可能なこともあります)

マンガンカルサイトは愛情を受け取ること、そしてこちらから出すことの両面において大変有用です。

なお特別な働きとして、幼い頃に愛情を受けられなかったことからくるトラウマを解消する方面でも役立ちますよ。

さて、カードは「カップの3」。

大変良いカードですね。

なにせ良いことが起こりそうです。問題があったならそれが解決する方向に。

才能や働きを認められ、周囲から祝福されるようなことも。

これらには、ひとえに周囲の人々からのサポートに負うことも多々あることを意識してください。

それまでは敵対的だと思っていた人までが、実はあなたを支持していた、ということもあり得ます。

また、自分自身が誰かのサポートをすることでさらなる発展と自己成長があるはずです。

人の力では長続きしない話

さてさて、エネルギー系の話題も最後になるでしょうか。

前回は、感情のレベルが低いとエネルギーの凝縮のために病気になりやすいことを書きました。

そして医学によらず病気を治すことがあるのは、凝縮したエネルギーをなんとかしているからではないか、と少し触れておきました。

セレニティアスではスピリチュアル系の話題が少ないのですが、医学によらず疾病が治癒することは事実としてあるようです。

これは患者に凝縮しているエネルギーを施術者が取り除いているのではないかと想像されます。

これ、実のところ現代医学の医師によってもなされることがあるようで、その先生に症状の話をするだけでも楽になる、といった現象もあります。(もちろん医師自身は何も意識せず)

そして実際に、このエネルギー処理が大変うまい人がいるのはどうやら事実。そうして「病気が治った」という証言も少なくはありません。(特に医学的に原因不明とされる症状などで多いです)

そうです、治る時には治ります。これは認めざるを得ません。

しかし、一度は治ったとしても、多くの場合は疾病が再発するか、他のどこかが悪くなったり他の病気になる例が多いです。

これには簡単な理由があります。

その人がいくら他人の力でエネルギーを処理してもらっても、自分の感情のレベルが低いところに落ち着いていれば、やはり病気の元になるエネルギーの凝縮がすぐに始まるということです。

自分の感情のレベルを向上させない限り、誰かにいくら治してもらってもきりがありません。

このことはエネルギー処理による治癒でなく、現代医学による治癒でも同じことです。(むしろ現代医学だけで見ていても、再発の理由などわかりません)

感情のレベルがもとの低いところにあれば、その病気体質は変わりません。

じゃあ、どうしたらイイのか・・

これ、病気のことから離れて端的に書きますと・・・

「(幸せをもらうより)自分で幸せになろう」です。

そのためには感情のレベルを高いところにできるだけ維持すること、これは声を大にしますが、マジ大切です。

憎悪でなく、愛情のエネルギーを使いましょう。そのためにもマンガンカルサイトは非常におすすめなわけです。

明日が良い日でありますように。

カーネリアン・再生のとき・ 2018年7月25日

カーネリアン(Carnelian)
カーネリアン(Carnelian)

カーネリアン・再生のとき・ 2018年7月25日

カーネリアンが出ています。

カーネリアンに期待するのは「再生・復活」。この辺り、意味辞典の方では触れていません。

実はカーネリアンは「悟りの石」という別名を持っています。

これ、真実を見極める能力のことですね。

このことは少し前からコラムでよく触れている「考える前に見よ」に近いです。

人は考え始めると真実から遠ざかる傾向にありです。これは対外的なことだけでなく、自分の内面に関しても同じこと。

「考える前に見よ」、これをもう極端に身近な言い方をすれば・・・

「百聞は一見にしかず」ですね。

しかしながら、人は単に見るということがなかなかできません。ときとして「先入観」を持つことも多いですよね。

先入観というのは、百聞とか、そして考えという部類のものですよね。

そして、カーネリアンが言わんとする「再生・復活」ですが、これは先入観(考え)なしに見ることができてやっとこさできます。

だって、きっちり見ることができないと、その対象の実態が不明ですから再生なんてあり得ないでしょ。

何か問題を抱えているとしても、その問題をまっすぐに見られないなら、解決のしようなどありませんから。むしろ間違ったことをしてしまうかもですよ。

ちなみに、カーネリアンが目指すのは、感情のレベルで言えば「強い興味」から上、願わくば「静穏」です。

さて、カードは「審判」。

カーネリアンにかけた願いそのまままに「再生・復活」を意味しています。

そして人生の新しいスタートとも言えます。

大変大きな意識改革のときが巡ってきているようですよ。

これはもしかすると大きな困難のさなかから現れることもあり、絶望のどん底にいたとしても、そこからきっと這い上がれることも表します。

ただし、これは本人が自ら覚醒することが必要です。

これが難しい。

感情のレベルが低い状態でのエネルギーの振る舞い

さてさて、今回はエネルギーが悪さをする話を記しておきましょう。

エネルギーが悪さをするのは感情のレベルが低いときに起こります。

低い感情のレベルだけ下に列挙しておきましょう。

  • 敵対心
  • 怒り
  • 秘めた敵意
  • 同情
  • 悲しみ
  • 無気力

まず最低の「無気力」では、エネルギーは物体として凝縮します。

無気力な人はほとんど「物体」です。無反応ですし、自分からアクションを起こせません。

「悲しみ」にいる人も、程度の差こそあれ物体としてエネルギーが凝縮気味。

「秘めた敵意」「恐れ」あたりでエネルギーはどのような状態だと思いますか?

無気力のようには凝縮していないにせよ、そのエネルギーをじっと抱えて押さえ込んでる感じがわかるでしょうか。

クレクレ君になると人からエネルギーを吸い取ってでさえ抱え込みたいと思っています。

このように、レベルが下にあるほどに、エネルギーは抱え込まれて凝縮し物体化しやすいです。(もちろん、怒り以下のレベルでは自分でエネルギーをコントロールできていません。敵対心は幾らかのコントロールがなされているでしょう)

で、コントロールなしに溜め込まれ、凝縮されたエネルギーは病気の元になりやすいようです。

「笑い」が免疫力を高めることがわかっていますが、実はそれは笑うことによって感情のレベルが高まっていることに他なりません。

かなりな大笑いをした後、心から何か「シコリ」のようなものが抜けた感覚がしませんか?肉体的にも身軽になった感じがしませんか?

大笑いした後は、しばらくの間は身も心もスッキリ感があるでしょ。

これって、凝縮されていたエネルギーがある程度は解放されていることのようですよ。

ノーコントロール状態でエネルギーを溜め込むと、それが体の各所に悪さをするようです。

具体的な形になるといわゆるガンのようなことにもなり、オートマチックに働くはずの神経系に働けば様々な調整機能が失われます。これだとどんな病気にさえなる可能性ありです。元々が外的要因であるウイルス等、汚染物質等に対する防御力も落ちるでしょう。

(ちなみに、医学以外の方法で病気を治癒をする例が確かにあるようです。それは実はこの凝縮したエネルギーに触っている感じありです。)

こうして感情のレベルとエネルギーの関係を見てきましたが、要点としては「感情のレベル」は高く維持されるべきだということ、これにつきます。

心身ともに健康でいたければ、感情のレベルの高いところにいよう、です。
(ね、その方が生存性高いでしょ)

感情のレベルが低くて良いことは何もありません。最後には肉体的にも必ずダメージが来ます。

しかし、人生の中では悲しい出来事に遭遇することもあるでしょう。それでも気を取り直して少しでも上の感情のレベルにいることが生き延びるために重要です。

そして人の感情のレベルを下げたりしないことも、自分の感情のレベルを維持するのに大切です。

明日が良い日でありますように。