レッドアベンチュリン・自分のところの芝生を見る/ペンタクルの2

レッドアベンチュリン(Red-aventurine)
レッドアベンチュリン(Red-aventurine)

2016年4月13日 レッドアベンチュリン・自分のところの芝生を見る/ペンタクルの2

可もなく不可もなくといった感じのカードですが、まあまあでしょう。

内容的にはちょっとしたアドバイスになりますね。

あれこれと様々な道の中から何かを選択する日。

どちらかといえば現状に満足といった傾向ありです。しかしそれだけでなく、自分が持っている資質を認め、それを活かす方向で充実するということもありますよ。隣の芝生でなく、自分のところの芝生を先に認めるということに他なりません。

用意された道からはみ出したい欲求もわかりますが、本日ばかりは確実なことを選んで吉としましょう。

このようなときにオススメのパワーストーンはレッドアベンチュリン

今回レッドアベンチュリンを使う理由をひと口に表せば「自分自身を再確認」をさせる、です。自分ができること、活かせる才能とは何であるのかを知り、これを最大限に活用しようではありませんか。ただし、問題点をも確認することになりますから、この際、悪いところは改めましょう。このあたりの働き、意味辞典の方では触れられていません。

人生はゲームなのか?

ここのところ、このコラムではゲームのたとえ話を使っていますね。

そこで今回は、そのゲームに少し踏み込み、それはちょっと怖い話を書きおこうと思います。

何をするにもゴールの設定が必要で、それがないと迷子になる話を書きました。

で、ゴールがあるからには、そのステージはゲームそのものです。もしもゲームがないとしたら、実のところゴールの設定がない状態と言えます。

もしも人生のゴールのようなことを設定したとすれば、人生はすなわちゲームとなります。とは言ってももちろん、一生涯に渡るゲームである必要はありません。例えば「何歳までに何をする」というのもゴールの設定であり、ゲームのステージがそこにあるわけです。

ですから、ゲームのない人生は、今まさに迷子状態のはずですよ。

いつの間にか迷っていることすらに気づくこともなく、その人はゲームのプレーヤーでなく、ゲームの駒になっています。(駒はプレーヤーによって扱われる物体に過ぎません。駒自体には意思はないのです。)

ところで・・怖い話が以下に続きます。

ゲームの構造というのを簡潔に書き出してみますので、少しはゾッとしてみてくださいね。

ゲームの階級制度

実は!ゲームには階級制度があります。以下の通りです。

1)ゲームの製造者
2)ゲームのプレーヤー(それとそのアシスタント)
3)ゲームの駒(そして壊れた駒)

ゲームの製造者は自分たちがゲームそのものを作り、何のルールも持っていません。好きなようにゲームを設定します。

ゲームのプレーヤーはゲームのルールを知っており、それに従っています。

ゲームの駒は実のところルールを知らされてはいません。プレーヤーの言いなりになっています。(壊れた駒はそのゲームの盤上にさえいません)

ゲームの駒の作り方

さて、誰もゲームの駒にはなりたくないですよね。ですからここに「ゲームの駒の作り方」を記しておきます。これは皆さんが駒にされないための知識となるでしょう。

1)ゲームがあることを否定する。
2)彼らからルールを隠す。
3)彼らにあらゆる罰を与え、勝利は与えない。
4)全てのゴールを取り去る。

さらに・・

5)彼らにプレーすることを強制する。
6)彼らが楽しむことを抑制する。
7)彼らがプレーヤーのように見えるようにするが、プレーヤーになることを禁止する。

そして・・

8)駒を駒であり続けさせるためには、駒と駒とだけを付き合うことを許し、プレーヤーの存在を否定する。

9)駒たちに決してプレーヤーの存在を見つけさせない。

以上です。

思い当たるふしがあるでしょうか。

明日が良い日になりますように。