ルビー・成功を確信する・2019年5月1日

ルビー(Ruby)
ルビー(Ruby)

ルビー・成功を確信する・2019年5月1日

ルビーが出ています。(意味辞典に未記載)

ルビーに求めるのは「信念」。

「不滅の炎が宿る石」です。

これ「信念」の例えです。

ゴールを目指して努力する人が持つべきストーンがルビーです。

そしてそのような人を災難から守る働きも持っています。

カード的には非常に良いものが出ているのですが、そのキーポイントになるのが「信念」なんです。

カード:ワンドの女王

わぉ!またまた!

令和の初日、これも最上級クラスに良いカード!
(正直、本当かよ!?)

前回の平成最後のカードに匹敵。

これまでに続けて来た頑がんばりが実を結びます。(これ昨日と同じ)

途中では「これでいいのか?」という迷いもあったかもしれませんが、自分を信じて進んで来た良い結果が訪れます。

人生が変わるほどの出会い、ビジネスの成功などを期待してください。

もしも、もしも「そうかなあ、信じられないよそんなこと」と感じるなら、ここで踏みとどまって再トライ!

まずは自分を信じること!

ワンドの女王が、あなたのために成果を用意して待っています。

平成から令和(その2)

元号ということを「知っている」のスケール(ものさし)から考えます。(このコラムで何度か使っています。例えば恵方巻き=シンボルの解説など)

「知っている」のスケールとは、様々なことや問題に対する態度です。

  • 知っている
  • 見ている
  • 感じている
  • 努力
  • 考えている
  • シンボル
  • 食べる

最上位の「知っている」は文字通りその「こと」について知っている状態。

その下の「見ている」は知らないで見ているだけ。

で、ずっと下がって「シンボル」があります。

シンボルとは「象徴」です。身の回りにある「マーク」は全部シンボル。

で、元号とはまさしく「シンボル」のことです。

例えば「平成」というのは、西暦1989〜2019年までの31年間をごっそり表すシンボルです。

ちなみに、国旗も典型的なシンボル。「日の丸」は日本をごっそり表していますよね。

で、「日の丸は日本の旗で〜す」と幼稚園児でも言いますよね。

でもその子が日本のことを知っているかどうかは別問題。日の丸は日本の旗だという認識以外は問われません。

このように「シンボル」のレベルのものは「知っている」とはほど遠いのです。

変に見えるかもしれませんが、「シンボル」の下には「食べる」です。

食べるって理性とはもう無縁ですよ。単に肉体的な生存です。

というところで!

シンボルとしての元号にはその根本として意味はありません。

意味を持たせるのは為政者です。

騙されないように「考える」に上がり、最終的に「知っている」に到達する必要があります。

でもでも、令和の中身を作るのは個々の人たちです。

作らないで「作らされて」いると、それはシンボルとなり、その下には単に「食べる」が待っていますよ。

「食べる」とは、知ることなく肉体を維持することです。

ううむ、令和元年はじめの日に、ちょっとばかりハードはお話でした。

それでは令和が良い年になりますように。

シトリン・実りと平和・2019年4月30日

シトリン(Citrine)
シトリン(Citrine)

シトリン・実りと平和・2019年4月30日

シトリンが出ています。

シトリンに求めるのは「実り」「平和」。

黄色いストーンのシトリンはその色からした金運系として扱われることが多いですよね。

ま、確かに金運系としてまったく使えないことはありません。

ただし・・・

それは無駄遣い防止用。

単にケチケチすることではありません。正しくお金を使おうという意味ですね。

で、これができるようになるのは「所有性」のアップです。

所有性のアップとは・・・

「私は何でも持とうと思ったものほは持てる」と思えるようになること。

カード:ペンタクルの10

わぉ!

平成最後の日、最上級クラスに良いカード!
(正直、本当かよ?!と思えるほど)

これまでに続けて来た頑がんばりが実を結びます。

これは将来に向けても非常に発展的です。

一時的な成功ではなく、根本的な部分で確実性を持って築かれる繁栄と安定があります。

また、物質的な意味としては安住の地、家などを得ることも意味します。

これまでに培ってきた知識や能力を土台とし、てその上にさらなる発展が見込まれます。

穏やかに、そして安らいだ状態で恵みを得ることになりそうです。

そこでですね・・・

こんなに良いことならそれを素直に受け取ってもらおうと、シトリンがおすすめなのです。

シトリンの「所有性アップ」、すなわち「私は持てる」パワーをアップすることなのです。

良い星回り、チャンスがあるのに、それを受け取りそびれている人がなんと多いことか!

平成から令和、ちょっと考える

現実問題として個々の人々の生活の何が変わる、ということもありませんが、大きな節目であるのは確か。

そこで今回のコラムは「天皇制」について少しは考えてみます。

これは政治的に様々な考えがあると思いますが、筆者として取り上げたいのは「天皇」もしくは天皇家の人々の人権問題。

いわゆる「象徴天皇」という立場の天皇陛下ですが、しかし、人権がありません。

日本でただ一人、人権を認められていない人なのです。

居住の自由も職業選択の自由もありません。投票権もありません。
(ま、逆に納税の義務はありませんが、いや、間接的には消費税は払っているのか?)

これ、どうでしょう?

「オレ、天皇やるのイヤ!」という自由がありません。

一体誰が何の権限で、天皇になる人から人権を奪えるのか、謎?

と思いません?

それでは令和が良い年になりますように。

GW期間の記事アップ状況と営業のお知らせ

日々の記事はちょくちょく書くかもです。

セレニティアスの営業

  • 4/27~5/6の期間、商品発送は毎日可能です。
  • 宅配による商品お受け取りも可能です。

お問い合わせの返信につきましては通常の平日通りの運用とし、順次返信を差し上げます。

長い・・・

あまりにも長いGWです。

カレンダー通りに記事アップのスケジュールとすると空白ありすぎ!

そこで、この10日間の休みのどっかで、ふと記事アップすることになると思います。ですからチラ見して更新をお確かめください。

アクアマリン・回復のとき・2019年4月26日

アクアマリン(Aquamarine)
アクアマリン(Aquamarine)

アクアマリン・回復のとき・2019年4月26日

アクアマリンが出ています。

アクアマリンに求めるのは「回復・復活」。

どちらかと言えば、愛情系で使われることが多いアクアマリンですが、実は「回復・復活」が元にあります。

「仲直りの石」というこのはまさに回復・復活です。

そして更に、その根底には癒し系的浄化力によって成り立っていることもありです。

浄化、すなわち「水に流そう」という、そんな感じがありますね。

カード:ソードの4/リバース

これはリバースでよしとしましょう。

厳しいドタバタが過ぎ去った静寂ですね。

ここで我に返って静かにしている感じ。

これは昨日の延長の「内観」に通じるものあり。

ここでちょっと休憩し、体勢を整えるタイミングに来ていそうですよ。

復活のための準備、そして再び歩み始めることになるでしょう。

かつてダメだったことも改めて取り組むことができそうです。

役に立たない懲罰ということ

懲罰(ちょうばつ)とは、 悪い行為に対して,いましめのために罰を与えること。

これは大体、罪とペアにして語られることが多いです。

単純に言って罪を犯せば罰(バチ)が当たるということです。

それは人間の法律による罰かもしれませんし、ことによっては神様から与えられる罰かもです。

しかしながら、単にいましめたところで、その人の罪がどうなるわけでもなく、(自己分析が終わっておらず、なぜ罪を犯したのかもわからぬまま)、被害者や環境への悪影響の救済もありません。

そういう意味では特に人の法律による罰はほとんど役に立ちません。

必要なのは分析と償いによってその人自身が罪を知って罪から回復することです。

ですから、もしも自分で自分に懲罰を与えていることがあるなら、それは即刻よしましょう。

本当に自分に罪があると思うのなら、分析と償いの行動を強くおすすめいたします。することは決して懲罰ではありません。

それから、法律によって厳しい懲罰を課せば犯罪抑止になるという考えもありますが、これは統計的に全く正しくないそうです。

(むしろ、モラルの低下によって厳罰化が進んでしまうという悪循環はあり。モラルの低下は罪の分析が進んでいない結果)

法則としての罰その1

ところで、人の法律としての罰と、自分の意思によって自分に与えた罰以外に、法則として働く罰が「二つ」あります。

そのひとつが・・・

生存の多重円の構造による自然に起こる罰です。

生存の包含関係
生存の包含関係(多重円)

この円の中心にいる自分だけの生存性だけを最優先にし、他の最大多数の輪の生存をくじくことがそもそもの罪なのはお分かりだと思います。

で、ここで自分を包含する他のレベルの輪の生存性をないがしろにすると何が起こるのか・・・

結局自分が潰されてしまいます。

これが罪によって起こる自動的な罰の法則です。

国というグループでもって個人の生存性をないがしろにすると何が起こるのか・・・

結局は個々人の生存性が下がり、国が維持できません。

これって戦争に突入し、結局は滅びの道を歩みます。これ、罪による罰の法則です。

面白いことに、この生存の多重円による法則は、その時々の文明・文化に左右されません。

これによって滅びる文明は滅んでいますよ。いくつもです。

法則としての罰その2

前に書きましたが、過去の罪が現在に影響する・・・

これ自体がもう罰ですね。

過去の罪に縛られることは現在においてその人の生存性が下がることになります。

過去に間違ったのと同じ混乱が起こると、また間違ったアクションをしてしまます。

自己分析がないがために、その罪を正当化し、率先してその間違ったアクションをしてしまうこともあり・・・

それでも誰にも罪はある

誰にも罪あります。

人は全知全能ではありませんから。当然ですよね。

長い一生とか、自分では意識できないようなこともあり。

人によって数限りない転生の過去の歴史の中で・・・

しかし私は罪深い!と言って嘆く必要なありません。

どうしても知識不足で最善策が取れないこともあり、悪気のない過失による罪だってあります。

また、単に勘違いとして「あれは罪だ!」と思い込んでいることもあり。

生存の多重円として、全体がうまく生き延びる方法について、知識を高め、倫理観をアップさせる以外にはありません。

そこから立ち直るには、この罪をどうやって処理するかを自分で考え、行動するかです。

それから、最後になりますが・・・

自分が行動することで罪を犯してしまわないかとビクビクする必要はありません。

これ自体が自分の生存生を下げる罪かもですよ。

もし間違ったことに気づいたら、誰もが納得できる償いをして、そうして先に進みましょう!

こんなとき、アクアマリンの「水に流そう」が良いかもですよ。これ、「回復のとき」です。

罪と罰の話。これで一旦終了です。

明日が良い日でありますように。