ムーンストーン・痛手がある・2019年3月6日
ムンストーンが出ています。
ムンストーンに求めるのは「不要なものを手放す」。
この「不要なもの」には自分の中にある「不要なもの」も含まれます。むしろこの方が大事でしょう。
この働きの基本として「自分自身のことをよく知る」があります。
さらに、この根本を説明しますと「無意識部分のフタを開ける」ことがあるかもです。
日常的は本人が気づいていないことがたくさんあります。
実際にはまったく不要な考えに囚われて操られていることがあるわけです。
そのようなことから自分自身を解放するということですね。
この辺りのこと、意味辞典のムーンストーンのコーナーでは触れていません。(難しすぎますよね)
カード:ソードの3/リバース
ううむ、ちょっと厳しいカード。
中途半端な結末や「しこり」が残るような結論が待っているかもです。
これって「とらわれていること」なんですよね。
「引きずらず、前を向こう」です。
実は、これができることで思わぬ展開があることも示唆していますよ。
ソードの3は表裏共にあまり良くはないのですが、裏の場合は逆手にとって「不要なもの」を捨てるチャンス。
この際、今回の痛手は捨てるべきことを発見して捨てる、ためのことと思いましょう。
コミュニケーションをはばむもの
ここのところ「理解」すること、してもらうことについてコラムで復習していました。
で、今回は中でも「コミュニケーション」に関して集中的に復習。
知らない言葉、間違って覚えた言葉
コミュニケーションが破綻するもっとも大きな理由は、会話の中に「知らない単語」「意味を取り違えて覚えている単語」が含まれる場合です。
六法全書を読んで眠くなる理由はまさにこれです。
ですので、会話ややり取りの相手がわかる言葉を使わねばなりません。
単純な例では子供に何かを教えるときです。
その子供たちの語彙力(ボキャブラリー)の中で話さねばなりません。
このように大人対子供で言えば、大人が注意すればほとんど問題ないのですが、大人対大人は結構注意が必要です。
大人の場合、人それぞれ、専門分野以外の単語はもちろん知りませんが、うっかりすると自分がいる専門分野でしか通じない単語を使ってしまいがちです。
で、大人は子供ほど素直ではない場合が多く、知らない単語を聞いても「知ったかぶり」をしてしまいます。
これだと、実は相手の言うことが頭に入りません。表面上でわかったふりをしていても、実はコミュニケーションは破綻しています。
で、実は、その人が何か苦手な学科があったとすれば、その学科の中で意味を取り違えて覚えてしまった、または十分に意味をわかっていない単語がそこにあった可能性大です。
それから、大問題なのは、専門分野の言葉でなく、一般日常にある言葉の意味を間違えて覚えている場合もありますから、これはかなり危険な状態にさえなりますよ。(すべての学科でダメになります)
明日が良い日でありますように。