
2016年6月6日 ムーンストーン・自分自身の声を聞く/女教皇
このカードは良し悪し云々よりも、全体的にアドバイスですね。
直感やインスピレーションによって得られた中に真実が見出せるという暗示です。
そこで得られたことの中には自分にとって厳しいことが含まれるかもしれませんが、それをも事実として受け取ることが必要になります。そうした後は、冷静で客観的な判断をしてください。
今日は「直感」が勝負の決め手になりそう。心を研ぎ澄まし、そこから湧き上がる声を聞きましょう。そうしてから判断です。ただし自分にだけ都合よく言い訳したりはダメですよ。直感やインスピレーションを捻じ曲げてはいけません。
このようなときにオススメのパワーストーンはムーンストーン。
ムーンストーンを使う理由は、自分自身との対話力アップ。今回のカードではこれに尽きますね。恋愛系によく取り上げられるようですが、セレニティアスではそれよりも自身の内面を見るために使います。このあたりのこと、意味辞典では触れていませんね。
「しがみつく」理由(アイデンティティに関する続き)
前回のコラムではパワーストーンへの願いのかけ方について「アイデンティティ」に関すことに触れました。端的に言えば「願いにアイデンティティ」を求めるな、ということでした。
今回はこの「アイデンティティ」について少しばかり常識的ではない方面の話を書いておきます。
アイデンティティは日本語として「自己同一性」とかと訳されています。要するに自分が他の誰でもなく自分であることを意識すること、といった感じですね。
ところで、自分が誰であるのか、最終的に何をもってしてそう思えるのでしょうか?
その人の外見でしょうか?名前でしょうか?
しかし外見は現代ならどうにでも整形できますし、名前だって変えられます。
ただし人によって自分自身は「その身体そのものである」と信じているのなら、その人にとってのアイデンティティはその「身体」ということになります。
そう信じている人は、その人の記憶、考え、思想も脳の中にあり、要するにその人の全てが「身体」以上のものではあり得ません。
この場合、ひと口に言って「あなたはその身体です」以上!アイデンティティの説明終わり!と・・こうなります。
この場合、アイデンティティが身体そのものですから、そりゃもう身体に愛着が湧くことでしょう。身体が全てですからね。何せ身体しかありませんから身体にしっかりしがみつきます。(身体といういう自分が身体にしがみつくというおかしな状態ですけれど)
一方、前世の記憶とか、魂とか輪廻といったことが「あり得る」と感じている人の場合はもう少し複雑です。
身体が魂の乗り物だとすれば、アイデンティティは「魂」の方が担っているのではないかと思うことがあるでしょう。身体の方は取り替え可能ですしね。
しかし、後者の場合においてもこの人生では一応「ある身体」に乗っていた都合上、生活習慣みたいな感じで身体にしがみつく傾向があるうようです。何せ日常生活では身体が基本的なアイデンティティとなっていましたからね。
ところが、身体が全てという前者も、魂が基本という後者においても、とにかく「アイデンティティ」そのものにはしがみつきたくなる傾向があるようです。
(それが身体か魂かにかかわらず)
ここから先のお話は、私にもなぜそうなのかわかりませんが「観察の結果そうである」というデータがあるので以下に紹介します。
まず、自分自身のアイデンティティにしがみつく理由は「賞賛」の不足、ということに集約されそうなのです。
前回のコラムで書きました「肩書き」を欲しがる人、というのは典型的にそのパターンです。
「肩書き」というのは「賞賛」の証です。「大変よくできました!」というハンコが肩書きなのです。
この賞賛が欲しい人というのは、賞賛が欠乏している状態、と言えます。
外見を飾るというのも、実のところ賞賛の欠乏を補うという行為と考えられます。人から見た場合の「見栄え」を気にしているわけです。無理をして高級車に乗っているというのもこれに近いでしょう。
これは幼い頃の教育上であまりに賞賛が少なかった場合を見れば、それは明らかに賞賛欠乏の症状を出せそうなのがわかると思います。
この点で考えますと「褒めて育てる」というのは大変理にかなっていることなのでしょう。アイデンティティを貪ることなく伸び伸びとした人生を送ることができるでしょう。
少し長くなりました。続きは次回に。
明日が良いに日なりますように。