モルダバイト・経験が報われる・2019年5月15日

モルダバイト(Moldavite)
モルダバイト(Moldavite)

モルダバイト・経験が報われる・2019年5月15日

モルダバイトが出ています。

モルダバイトの基礎について詳しいページ

さて、今回モルダバイトに求めるのは「自分磨き」。

このページではあまり使ってこなかったストーンですね。

モルダバイトの基本として「自分の内面を知る」があげられます。

が、使い方はちょっとばかり注意。

ひと言で「自分の内面を見る」と言っても、そんなに簡単ではありません。

人は自分のことでも他人のことでも見たくないことは見ないようにしています。

自分の間違いを簡単に認められないという人には、これは難しい作業となるでしょう。

何か間違ったことをした後に、その動機について正当化している間は自分を正確に、正直に見ることは不可能ですよ。

自分を磨きたいのなら、自分自身に直面することが最初に必要となります。

モルダバイトはそのために「自分自身を見る」こととさせますが、その力はかなり強力。

立ちはだかる「心のゴミ」を一掃しようとするでしょう。(浄化力がかなり強い)

でもね、何らかの補助ストーンがあった方が良いですね。

セレニティアスのモルダバイト製品は、それもあって補助ストーンを選択したネックレスとして販売したわけですね。

カード:ペンタクルの3

おお、久々にスッキリと良いカード!

自分では気づかないでも、着実に実力がアップしていますよ。

今までやってきたことが骨折り損だと思わないでください。

過去のすべてが蓄積され、進歩するための糧になっています。

そうこうしているうち、悩みは解消に向かいます。

むしろ、あなたが得た信頼性から良い仕事が舞い込んだり、ステップアップのための情報が得られることでしょう。

それを通じて経済面での充実もあり得ます。

あれもこれもうまく行かなかったと悲観しないで、さらに自分に磨きをかけることをお忘れなく。

経験をプラスにするのは他でもない、自分自身ですよ。

輪廻と前世に関する不思議な話

モルダバイトが出たついでですが、今回は特別に輪廻とか前世についての話を。

自分の内面を見る、という話題の一環として少しは関連ありでしょうか。

ただし、輪廻や前世があるかないか、これは議論が分かれるところですが「こんな話がありますよ」ということでお許しください。

さて、モルダバイトは隕石が地球に衝突したときにできたの「かも」というストーンですよね。

で、「生まれ変わり」の証言をする人の中には過去の人生で、地球以外に住んでいた記憶がある、という話があります。

例えば最近の例ではロシアのある少年の記憶に「火星」での人生があったり。

また火星はおろか太陽系外の星々の記憶がある人も。

ごちゃごちゃになる記憶

他の天体での記憶は、多くの場合万年単位の過去世の記憶になりますよね。

輪廻はこのように途方もない時間繰り返されますが、多くの場合はこれらの記憶が、時間通りに正確な順序で思い出せることは少ないようです。

記憶にある「出来事」が、いつの時代のことかよくわからないわけです。

過去世でなくとも、今生きている人生の中でも、小学校1年の時の記憶か、3年の時の記憶かごちゃごちゃになってよくわからないことがどなたにもあるでしょう。

最近の出来事だって、人の記憶を巡って論争になることがあるほど。

出来事の順序の記憶を、生まれつきストレートにきっちり並べられる人は珍しいようですよ。

それだけに、過去世の記憶を物証を頼りに証明することはかなり困難です。

また、特に他の天体での記憶など、今の人生の常識からしてはあまりにもあり得ないので、自分自身で否定してしまうか、または意図せずとも記憶を今の人生で得たことにすり替えることがあるようです。

引きずる記憶

ところで、人にはトラウマになるような記憶というのが、長い輪廻の間には必ず起きるものです。(これを辛い記憶とします)

例えば、火星の記憶を持つ少年によると、その昔、火星で核戦争が起こり、地表の文明は完全に滅びてしまったとか・・・

辛い記憶は、それから後に起こる似たような辛いことと関連付けられて記憶され、余計に固くその人の性格を決めていくことが起こるようです。

例えば、原因のわからないパニック障害など・・・

これを治す秘訣は、一番最初に起きた辛い記憶に触ることなのですが、先にも書きましたように、出来事の順番がごちゃごちゃになっていて難しいかもです。

古い出来事になると、人によっては何兆年単位の過去になって、いわゆる普通の前世療法のような知識では触ることがもう無理。下手に触られるとロクなことにはならないことを保証します。

ところで、ついでの話になりますが、ブッダが説いたのはこの「輪廻」に終止符を打とうではないか・・・ということです。

これはあくまで例え話ですが、輪廻の途中で得た辛い出来事は、まあ百八つくらいはあり、それが仏教上で煩悩として表現されるかもですね。

煩悩とは、もともとしなくてかまわない「反応」のことです。

先ほど書きましたパニック障害、これってモロに「反応」でしょ。

明日が良い日になりますように。