「精神・感情面のサポート系パワーストーン」カテゴリーアーカイブ

精神、感情についての安定性とコントロールを取り戻すのに最適なパワーストーンのカテゴリー。多くのストーンがこの種の助けをできますが、状況に応じて最適な物を選びましょう。

カイヤナイト・不安をつみ取る・ 2018年7月11日

カイヤナイト(kyanite)
カイヤナイト(kyanite)

カイヤナイト・不安をつみ取る・ 2018年7月11日

カイヤナイトが出ています。

カイヤナイトに求めるのは「トラウマを乗り越えること」。

文字通りの働きに期待します。そしてその原理は「過去をよく見てもう一回やり直す」です。

これ、単なる癒しでなくほとんど治癒に近いことです。カイヤナイトのこの働きは他にあまり類を見ませんね。

そしてこれができる最大の理由はどうやら・・・

「カイヤナイトは物事を論理的に考えるようにしてくれるので、何かトラブルがあった時でも「トラブルの根本原因」を探りやすくなります。」

ということではないかと考えています。

さて、カードは「月」。

まあ、どちらかと言えば要注意系ですが、思い悩むことなし。

深層心理が表に出やすいようですが、実際にはそれはいつも起こっていることであって、「月」のカードが出ているときは、それがちょっと「わかりやすい」ということのようです。

ですので、この「わかりやすい」ことに便乗し、解決できるなら解決してしまえ!というタイミングでもあります。

感情のレベルの考察(復習)その2

今回は「月」のカードにちなみ、深層心理や無意識に関しての話題。

さて、感情のレベルはそのとき折々に触れて変化しますが、本人が気づかないままに、深層心理や無意識といったことから影響を受けます。

実はもう、影響を受けるといったヌルイことでなく、もろに現在の感情は無意識下にあることに操られている、としても過言ではありません。

そしてこの操られ度は感情のレベルが低いほどに強くなります。

これ、言い換えると感情のレベルが低いと「覚醒度が低い」わけです。(半眠りです)

それから全く逆パターンとして、無意識下にある記憶に操られて感情のレベルが下がるということもあります。

これは多いですよ。

いずれにせよ、厄介なのは無意識下の何かに影響を受けることです。

なにせ無意識、自分では意識できないところのものですからそれ自体を自力だけで捕まえるのは困難です。

しかしそれでも注意深く自分を観察することで「操られ感」そのものは知ることができます。

「あ、おや?、おかしいな」と思えるようになったらかなりしめたものです。

感情のレベルが不用意にもどーんと落ちたときなど、自分の心をよく観察しましょう。なんらかの「操られ感」を感じる可能性ありです。

「おかしいぞ!何か反応的だ。合理性がない」そう思えたらかなりしめたものです。

無意識にそのままアクセスすることは困難としても「操られ感」を感じることができるようになると、操られる罠から脱出したり、最初からそこにはまり込まないでいられるようになりますよ。

一時は下がった感情のレベルを、自分自身で引き上げることができるようになったら、これはかなりな成功です。

明日が良い日でありますように。

ムーンストーン・責任を取り戻そう・ 2018年7月9日

ムーンストーン(Moon-stone)
ムーンストーン(Moon-stone)

ムーンストーン・責任を取り戻そう・ 2018年7月9日

ムーンストーンが出ています。

ムーンストーンに求めるのは「自分を知る」こと。意味辞典では触れられていない働きですね。

自分のことよく知る、その結果として方向性を決め、腹をくくる、そして自分でやる覚悟をしようということにつなげます。

さて、カードは珍しく「愚者/リバース」。

リバースの場合は本当の「愚者」おろかもの、になっている感じ。

自他に対しての無責任ぶりが目立ちやすいです。

他力本願であったり、十分に考えもしない軽はずみな行動をしがち。

ここはちょっと心してことに当たりましょう。

愚か者の考察

愚者のカード(リバース)にちなみ、最近目につく愚かな行為について書いてみましょう。

「正しいか、正しくないか」(正義)よりも「損か、得か」を「忖度」(そんたく)して決定する。

(忖度:他人の気持ちをおしはかること。推察。「相手の心中を―する」)

これ、どうやら蔓延しているようです。

と言うか、もしかしたら日本文化に古くから根ざしていることなのかも。

特に「忖度」は日本文化にまさにありげで、それがむしろ普通なのかもしれません。

がしかし「忖度」はある意味、責任回避のシステムになっています。

なにせ忖度ですから、そもそも指示もなく、それが書類として残ることもありません。

この責任回避は忖度される側、する側の両方に働くという、とんでもなく便利な機能があります。

これ、全体として良い方向へプロダクト(生産)が働いているならなんら問題ではありません。全体の幸福に寄与しているならそれで良いのです。

しかし、忖度の結果生まれたプロジェクトによるプロダクトの欠陥が際立ち、問題が起こったとき、元に備わっている責任回避システムが働くわけですね。

例えば官僚の無謬(むびゅう:間違いがないこと)性維持にはあまりにも持ってこいですよ。(ときには、間違ってました!と口先だけで謝罪もしますが)

責任回避がある限り、その問題に真っ正面から立ち向かうことはできません。ですから問題の解決はありません。

で、正義の判定が逆転し、文化が衰退し、文明が滅びることになります。

さてさて、今回のカード、愚者ですが、端的に言って自分自身に直面できないことを意味しています。

「その問題に真っ正面から立ち向かうことはできません」そのことズバリなんですね。

まずは「本当のことを言う」これだけ。

これができないってかなり愚かですよね。

で、なんでできないかって「見る」ことをしないから。簡単ですね。

じゃあなんで「見ない」のでしょう。

怖いからですね。

感情のレベル 参考資料

↑参考ページが開きます。

で、感情のレベルで「恐れ」を見ると・・・

あーこりゃダメだ。ちなみに、この感情のレベルの下に行くに従って「愚か」の度合いが増しているのがお分かりと思います。

最後にムーンストーンについて触れておきますと、このストーンは結局のところ、邪魔な意識をかきか分けて「自分を見る」ことが得意なわけなんですよ。だから紹介するのです。

明日が良い日でありますように。

ホワイトハウライト・いとわずリトライ・ 2018年7月6日

ホワイトハウライト(White-howlite)
ホワイトハウライト(White-howlite)

ホワイトハウライト・いとわずリトライ・ 2018年7月6日

ホワイトハウライトが出ています。

ホワイトハウライトに求めるのは「リトライの勇気」。

ホワイトハウライトは基本的に感情をコントロールすることに長け、ストレス耐性を上げる働きですね。

感情の波を沈めるというある意味癒し系でありながら、持ち主をアクティブにするちょっと特殊な働き方をしていますね。

上下する感情のレベルを低いところから高いところに引き上げてくれることを期待しましょう。

さて、カードは「ワンドの10」。

まあ良いカードでしょう。

今がある種の「区切り」にあることを意味しており、新しく出発する兆しを表します。

とりあえず、なんらかの結論が出ているようですが、ことによってはその結果に満足していない可能性も。

そして、これから改めてことに取り組む決意をしつつも、そこかからくる重圧にうんざり気味な可能性もあり。

しかしここは気分をリフレッシュしてスタートしましょう。

同じことに取り組むとしても新たな気分で、新しいアプローチ方法を取るのがひけつ。

理解することの深掘り

ここのところ、このページへコメントをいただき嬉しく思っています。

そのコメントはただのコメントでなく、記事内容についてご自身が実際にご存知の現実と照らし合わせていらっしゃるのが素晴らしいと思います。

ここで思い当たるのが「理解すること」です。

一般的な日本の学校では試験に通るための勉強ばかりをしてきました。

これ、実際にはほとんど記憶力テストに過ぎません。本当にその課題を理解し自分のものにしているかどうかはまったくの別問題でしょう。

ここで思い出していただきたいのが「理解の三角形」です。

理解の三角形

↑クリックして参考ページへ

学んだ知識はそのことについてのリアリティを持つこと。これがなければ理解にはなりません。(この三角形からリアリティを取り去ると三角形ができません)

単に記憶するという学習では何のリアリティもありません。(すなわち真の理解はありません)

ですから何か新しく知ったデータやそれから導き出された知識は必ず、自分がそれまでに見聞きしたり体験したことに当てはめてみることが重要です。

例えば国語(漢文)的な学習として「小人閑居して不善をなす」という言葉を学んだとしましょう。意味としては以下の通り。

器量の小さい人、人徳のない人、小人物はひまでいると,とかくよくないことをする。

これを「ああ、そうですか」と覚えるのではなく、そのような例を自分の体験や記憶から探し出して実際の例を引っ張り出します。

もしも記憶の中に例がないなら、そのような場面を想定したシーンを自分で構築してみることができなければ「理解」とは言えません。

そして、新しく見聞きした場面について「これっていわゆる、小人閑居して不善をなす、ってあれだよねえ」とふと思い至るということも必要で、そうして初めて意味を理解し、使える知識として持つことができるわけです。

その上で「じゃあ小人が不善をなさないようにするにはどうするべきか」を考えられるようになることも大切です。

ここまでくると、本当の知識と理解があり、そしてそれが教養の一部となるでしょう。

明日が良い日でありますように。

カーネリアン・一段と成長しよう・ 2018年7月3日

カーネリアン(Carnelian)
カーネリアン(Carnelian)

カーネリアン・一段と成長しよう・ 2018年7月3日

カーネリアンが出ています。

カーネリアンに求めるのは「悲観的な発想を修正すること」「やる気を奮い立たせる」です。

これらの働きの全体像としては「自己の力を十分に発揮できるようサポートする」こととなります。

カーネリアンの「悲観的な発想を修正する」働きは、マイナス感情を抑制する働きから来ることです。ですから、イライラしたり、敵対的になったりと、感情のレベルが低くならないように支えてくれるわけですね。

さて、カードは「ペンタクルの3」。

まずまず良いカードですね。

経済面、仕事などの問題は解消する方向にあり、その上にビジネス面では評価が上がる兆候。

現状として「そんなことがあるだろうか?これまでにして来たことはほとんど何の役にも立っていないぞ」と思うことがあれば、そんな思いはすぐにやめましょう。

自分自身で気づかないでも、過去に積み重ねてきたことが時間を置いて実を結ぶことになりそうです。

もう少し時間はかかるかもしれませんが、良い方向には向かっているので、今のスキルにさらに磨きをかけて準備しましょう。

「あんな努力はムダだった」と思わずにいてください。カーネリアンを使ってマイナス感情を抑え、やる気を奮い立たせましょう。

ゲームと問題

今回は、前回のカードのちょっとガマンの甲斐があってか良い兆候。

そこで本コラムもちょっと脱線。(しながら復習も)

それぞれの人にはそれぞれに仕事や趣味を通じて「ゲーム」をしています。人生はゲームそのものでできています。

ゲームというのは「目的と障害」からできていて、障害はすなわち「問題」といわれる物です。

誰しも問題や障害を嫌いますが、実はそれがないとゲームそのものが成立しません。

障害がないゲームはゲームとは呼べず、それは単に「退屈な何か」です。

そして人はゲームがないと「退屈で死にそうだ」と思いますが、本当に死ぬわけにはいきませんから、とりあえず何らかのゲームを作ります。

ここで、大切になるのが本質的な教養と呼べるものです。

一応、今書いている「教養」の意味を再確認しておきますと・・

社会人として必要な広い文化的な知識。また,それによって養われた品位。「―を身につける」

(スーパー大辞林)

この教養がないと、ロクなゲームを設定できない傾向が強まります。(小人閑居し不善を為す、とうこと)

教養というのは多くのゲームと、そのルールを知り、または自分で良いゲームとそのルールを設定できるための知識、そのボキャブラリーということができます。

だから、自分の人生のために様々なことを勉強するべきだとされるわけです。

ただし、この教養は学歴、職歴は関係なく、実質的には最終的な倫理観によってそれが良いゲームとなるか、それを選択するかどうかが決定されそう。

高学歴であれば、良いゲームができるはず、と思うのは間違いです。

例えば!

国会の中で繰り広げられているのもゲームです。立法という目的のためにゲームをしています。

が、そこでゲームをしている人たちの一部が無教養(低倫理)なためにどんなことが起こっているか?

これはここに書くまでもなさそうです。

明日が良い日でありますように。