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パワーストーンセレニティアスのオーナーです。パワーストーンの言葉を聴いてお客様にフィッティングする仕事をしています。

ブラックスピネル・今日はお休みするべきか/恋人たち/リバース

2016年6月8日 ブラックスピネル・今日はお休みするべきか/恋人たち/リバース

今回はちょっと「お休み系」カードかも知れません。

もしも迷いがあったなら、無理に動くよりも今日は棚上げ。心が定まらないまま行動しても何も得られないという感じです。

中途半端な状態でことを進めても途中で投げ出してしまいやすいですよ。

このようなときにオススメのパワーストーンはブラックスピネル(意味辞典に未記載)。

保留や棚上げにしようが、突き進もうが、止めようが、とにかくどうするかを決定する必要がありますよね。ならば自分の心の核心に触れてみるべし。ブラックスピネルは自分の心に入っていくパワーストーンです。

もしかしたら、今日はルーチンワークの日にしよう

ちょっとばかり堅い話が続いたと思います。

本日はカードのこともあり、久々にいわゆるルーチンワークを淡々とこなす日にしましょう。(と言っても、当然、約束や締め切りがあることはそれを優先でしょうが)

しかし、このお休み系を有意義に使うためには掃除や整理整頓や、または忙しくて手をつけられなかった何かをすることをお勧めいたします。

ところで、散らかっていて物があふれている状態というのがありますが、これはそれ自体では良し悪しを語れない部分があります。

「良し」とする場合は、散らかって物があふれているにもかかわらず、その人、その部署の「出来高」が十分な場合です。

「悪い」とする場合は、散らかって物があふれるに従って「出来高」が減少している場合です。

ただしまあ、基本的には整理整頓はルーチンワークの中に組み込まれるべきであり、例えば週に一度、そのための時間を取るということは妥当性ありでしょう。

それに、大体は散らかって出来高が減少することの方が多いです。それは実のところ、出来高だけでなく、その人の感情のレベルにも悪影響を与えることが多いです。要するにコントロールの不能さが散らかり度合いということです。

それらは空間を持てない度合い、そして様々なことの欠乏、無責任さの表れとなります。

明日が良いに日なりますように。

ルチルクオーツ・もうすぐそこに!/ワンドの女王

ルチルクオーツ(Rutile-quartz)
ルチルクオーツ(Rutile-quartz)

2016年6月7日 ルチルクオーツ・もうすぐそこに!/ワンドの女王

お!良い前兆を示すカードが出ています。(あと一息なのですよ)

成果が現れるという暗示です。目的に対して妥協せず、苦労や挫折を乗り越えてきたならその甲斐があったということです。

「あきらめなくて良かったな〜」と思える状態が間もなくやってきそうですよ。

ビジネスの成功や昇進、良い出会いのチャンスが待っているようです。

もしも今現在の状態を見て、これらのチャンスが信じられないとしても、決して目標をあきらめないでください。ある意味、あなたの「本気度」が試されているとも言えますよ。

このようなときにオススメのパワーストーンはルチルクオーツ

もう端的に言って、ゴールへ向かってひたすらの努力を後押ししてくれるパワーストーンですね。それから、このルチルクオーツは、それだけで単に金運のストーンとして働くことはないでしょう。特に、ギャンブルなどには全く縁がありませんので要注意。(もっとも、ギャンブルに勝つ効果を持つストーンをセレニティアスは知りません)

「しがみつく」理由(アイデンティティに関する続き)その2

前回のコラムで、アイデンティティにしがみつく理由として、それは「賞賛」の欠乏である、と書きました。

今回はその続きとなります。

「賞賛を得たい」これはある意味、普通に言えばまあ、「承認欲求」に近いですね。

承認欲求とは「誰かから認めてもらいたい」という欲求です。

ね、肩書きの欲しがりやさんが欲しそうでしょう。まんまですよね。

昨日はそのことで「褒めて育てる」というのは理にかなっていると書きましたが、読み返してみますとちょっと留意点ありです。

褒めるとき、そこに印としてアイデンティティを与えてはいけないということです。さもないと、アイデンティティ欲しさに、単に人から褒められることをするだけの人間ができてしまいそうですよ。(多分、ここで間違うケースは多い)

褒めて欲しい、認めて欲しい、褒めて欲しい、認めて欲しい・・・

これはクレクレ君です。

で、その人はどうするかと言えば、他人の欲求を満たすがためのことしかできなくなります。そこには自分がありません。アイデンティティが欲しいくせに、逆に減少してしまいますよ。

すでに散々書いていますが「何々して欲しい」と思っている限りは、これは受け身でしかありません。どうやっても感情のレベルが上がりません。下で停滞します。

断言しますが、人に認めてもらおうと思っている限りは幸福が訪れません。

何かをした結果として認められることはあるでしょうが、認められることを目的にしては自分がなくなり、余計にクレクレ君になってしまいますよ。どこまで行っても満たされないのです。

それではどうするか?!

誰かに認められるとか、褒められるとか、賞賛されるとか・・・

この欠乏を起こさないためにどうすれば良いのでしょう?
(すなわち、自分が自分であることを意識できる状態の確立は?)

賞賛の欠乏状態にある人は、誰かから賞賛を得られないからでなく「自分で自分に賞賛を与えていない」ということがほとんどの原因なのです。

セレニティアスの製品の使い方とかストーンの働きの中に散見される「自分を褒めよう、認めよう」という意味は、実はここのところにあります。

自分以外の誰からも全く賞賛がなかったとしても、自分で自分を賞賛すれば良いのです。

これは必ずできることですよ。

それから面白い現象なのですが、自分を賞賛しない人は他人をも賞賛しないことが多いように思えます。(思い当たる人いますか?)

他の誰かの行いについて、それが少しでも賞賛できるなら積極的に賞賛してみることです。ちょっとしたことの粗探しをしてケチをつけるのではなく、賞賛できるポイントを賞賛しましょう。

そうして、その賞賛を自分にも向けます。

そしてその賞賛されるべき何かというのは、大それたことである必要はありません。ほんの少しのことでも良いです。

さらに、良い何かをしたという場合だけでなく、辛いことに耐えた、というタイプのことでも賞賛しましょう。

例えばですよ、長い間お金がなくて困っているとしましょうや・・

そんなときには「こんなに貧乏なのによくも今日までやってこれているよなあ」と褒めます。

歯医者へ行って治療して、「あんな痛いのによく耐えたなあ」も良いです。

他人を賞賛し、そしてそれに負けないほど自分を賞賛してみてください。

これでももう賞賛の欠乏にはならないはずです。アイデンティティにしがみつく理由はもうありません。

「自分を賞賛する」本当ですよ。もうしがみつかなくて良いのです。

明日が良いに日なりますように。

ムーンストーン・自分自身の声を聞く/女教皇

ムーンストーン(Moon-stone)
ムーンストーン(Moon-stone)

2016年6月6日 ムーンストーン・自分自身の声を聞く/女教皇

このカードは良し悪し云々よりも、全体的にアドバイスですね。

直感やインスピレーションによって得られた中に真実が見出せるという暗示です。

そこで得られたことの中には自分にとって厳しいことが含まれるかもしれませんが、それをも事実として受け取ることが必要になります。そうした後は、冷静で客観的な判断をしてください。

今日は「直感」が勝負の決め手になりそう。心を研ぎ澄まし、そこから湧き上がる声を聞きましょう。そうしてから判断です。ただし自分にだけ都合よく言い訳したりはダメですよ。直感やインスピレーションを捻じ曲げてはいけません。

このようなときにオススメのパワーストーンはムーンストーン

ムーンストーンを使う理由は、自分自身との対話力アップ。今回のカードではこれに尽きますね。恋愛系によく取り上げられるようですが、セレニティアスではそれよりも自身の内面を見るために使います。このあたりのこと、意味辞典では触れていませんね。

「しがみつく」理由(アイデンティティに関する続き)

前回のコラムではパワーストーンへの願いのかけ方について「アイデンティティ」に関すことに触れました。端的に言えば「願いにアイデンティティ」を求めるな、ということでした。

今回はこの「アイデンティティ」について少しばかり常識的ではない方面の話を書いておきます。

アイデンティティは日本語として「自己同一性」とかと訳されています。要するに自分が他の誰でもなく自分であることを意識すること、といった感じですね。

ところで、自分が誰であるのか、最終的に何をもってしてそう思えるのでしょうか?

その人の外見でしょうか?名前でしょうか?

しかし外見は現代ならどうにでも整形できますし、名前だって変えられます。

ただし人によって自分自身は「その身体そのものである」と信じているのなら、その人にとってのアイデンティティはその「身体」ということになります。

そう信じている人は、その人の記憶、考え、思想も脳の中にあり、要するにその人の全てが「身体」以上のものではあり得ません。

この場合、ひと口に言って「あなたはその身体です」以上!アイデンティティの説明終わり!と・・こうなります。

この場合、アイデンティティが身体そのものですから、そりゃもう身体に愛着が湧くことでしょう。身体が全てですからね。何せ身体しかありませんから身体にしっかりしがみつきます。(身体といういう自分が身体にしがみつくというおかしな状態ですけれど)

一方、前世の記憶とか、魂とか輪廻といったことが「あり得る」と感じている人の場合はもう少し複雑です。

身体が魂の乗り物だとすれば、アイデンティティは「魂」の方が担っているのではないかと思うことがあるでしょう。身体の方は取り替え可能ですしね。

しかし、後者の場合においてもこの人生では一応「ある身体」に乗っていた都合上、生活習慣みたいな感じで身体にしがみつく傾向があるうようです。何せ日常生活では身体が基本的なアイデンティティとなっていましたからね。

ところが、身体が全てという前者も、魂が基本という後者においても、とにかく「アイデンティティ」そのものにはしがみつきたくなる傾向があるようです。
(それが身体か魂かにかかわらず)

ここから先のお話は、私にもなぜそうなのかわかりませんが「観察の結果そうである」というデータがあるので以下に紹介します。

まず、自分自身のアイデンティティにしがみつく理由は「賞賛」の不足、ということに集約されそうなのです。

前回のコラムで書きました「肩書き」を欲しがる人、というのは典型的にそのパターンです。

「肩書き」というのは「賞賛」の証です。「大変よくできました!」というハンコが肩書きなのです。

この賞賛が欲しい人というのは、賞賛が欠乏している状態、と言えます。

外見を飾るというのも、実のところ賞賛の欠乏を補うという行為と考えられます。人から見た場合の「見栄え」を気にしているわけです。無理をして高級車に乗っているというのもこれに近いでしょう。

これは幼い頃の教育上であまりに賞賛が少なかった場合を見れば、それは明らかに賞賛欠乏の症状を出せそうなのがわかると思います。

この点で考えますと「褒めて育てる」というのは大変理にかなっていることなのでしょう。アイデンティティを貪ることなく伸び伸びとした人生を送ることができるでしょう。

少し長くなりました。続きは次回に。

明日が良いに日なりますように。

アンバー・まずいときにも思考を柔軟に/ワンドの9/リバース

アンバー
アンバー(Amber)

2016年6月3日 アンバー・まずいときにも思考を柔軟に/ワンドの9/リバース

ううむ、ちょっと注意なカードが出ています。

思わぬところで足をすくわれ、ヘコむかもです。

予期せぬトラブルや計画の頓挫という暗示です。または懸念していたことが当たったりです。

完成間近なこともあり、対応策が見つからずに途方に暮れるかもしれません。

しかし!ここで諦めるべきではありません。最後の試練だと思いましょう。

頭を柔軟にして入ってくる情報に耳を傾けましょう。周囲の助言も大切です。

このようなときにオススメのパワーストーンはアンバー

人が頑張るとき、どうしても頑なになりやすいものです。今大切なのは入ってくる情報を閉ざさず、周囲の助言も受け入れるべきとき。アンバーはこのようなとき、情報を素直に取り入れることを助けます。このあたり、意味辞典には触れられていませんね。

「なる」不自由と「ならない」自由

パワーストーンにかける願いとして「〜になりたい」というものが普通にあると思います。ごく一般的ですね。

ここで注意するべきは「〜になりたい」の「〜」の部分に肩書きとか何らかのアイデンティティを含んだ名詞を入れないことです。

例えば・・・
「先生になりたい」
「医師になりたい」
「CAになりたい」
「アーティストになりたい」

これらは職業としてのアイデンティティを表しています。これらのアイデンティティの特徴は、それを名乗るための許可を人に求めるところにあります。

そしてそこで得られるのは「単なる肩書き」でしかありません。昨日の話に絡めて言えば、魂にはそんなレッテルは貼れません。(肉体には貼れてもね)

そして、許可を人に求めるうちは、それは単に「受け身」です。受け身というのは、何のことはない自己決定力が低下していることを指します。すなわち、度々出てくる「感情のレベル」として高くはない状態ですよ。

また、この職業的なアイデンティティが、親からの押し付けであると二重に自己決定外にあって目も当てられません。悲しいことには世のエリートたちには少なくない話です。レッテルのみの人生であって中身はありません。

そこで、もしあなたが「なりたい何か」を持っているなら、それは「アイデンティティ」を現さない言葉にすることをお勧めいたします。

例えば「先生」であれば「人の成長を見守って助けられる人になろう」とするのがお勧め。これはアイデンティティでなく「行動」の概念として願えますよね。先生でなくとも全く問題はありません。そして人に許可も求めていないでしょ。

このように、アイデンティティでなく、行動に対する願いをお勧めいたします。

さて、何かのアイデンティティになろうとするほどに、そこに自由はなくなりますよ。

むしろ、「何にもならない」方が自由でいられるのです。

世の中で、強力なアイデンティティを持つほどに、そのためにどんどん不自由になる状態は枚挙にいとまがありません。

有名人より超有名人の方が不自由でしょ。最後には使える力も使えなくなっていますよ。

明日が良いに日なりますように。