ブラッドストーン・乗り越えるとき・ 2018年7月24日
ブラッドストーンが出ています。(意味辞典に未記載)
別名キリストの石、ヘリオトロープと呼ばれていますね。
ブラッドストーンはグリーンを基本に赤い部分があり、赤い部分を血液に見立てた命名のようです。
元がグリーンの中に赤い部分がる形なので、石の削り方によってはグリーンばかりの丸玉が存在します。
ブラッドストーンの働きは基本的に精神的な強さを助けること。
困難に遭遇したとき、くじけずに進み続けるよう支えてくれます。
また、プレッシャーに弱いと思っている人が日常的に持っていることもできます。
それと、ブラッドストーンが精神面を助けることの元にあるのは「精神安定」の働きが大きいようです。
少しのことに動揺しない安定度こそが精神的な強さの元になり、困難を切り抜ける原動力になります。
さて、カードは「ワンドの5」。
もしかしたらある意味で困難に遭遇する可能性あり。
ただし、これは悪いことが起こるというより、自分自身の姿勢が試されるといった形で現れそうです。
しかし、ことによっては自分自身で価値観の変革を迫られることも。
簡単に信念といっても、それが自分自身として本物かどうか、よく考え直すということが必要なこともあります。
何れにしても、あなたが信念を貫こうとするとき、はじめのうちには賛同者が少ないかもしれません。
しかしそれにひるまず、丁寧に地道に人々を説得できるような姿勢でいれば大きな利益が待っているようですよ。
エネルギー 使う/使わない のあれこれ
前回のコラムで感情のレベルとエネルギーの関係についていくつかの例を書きました。
今回はもう少し突っ込んだ具体例を。
例えば「怒り」の人。この人はエネルギーの発散状態ですね。そしてやってくるエネルギーに対してエネルギーを持って対抗しようとしています。
早い話がケンカです。
このような人に対してこちらもエネルギーを持ってどうこうしようとしても、もっとひどいケンカになるだけですよね。
ところが「怒り」にいる人をどうにかできるのは少し上の「退屈」にいる人です。
↑参照ページが開きます
退屈な人はエネルギーを作ったり、出したりすることは「めんどくせー」と思っています。ケンカをしたくはありません。
で、「怒り」と「退屈」な人が当事者同士だとすると「退屈」な人は・・・
「わかったよ、もういいよ」と言って(もうめんどくせー、ですから)自分が引くことでケンカの収束に向かうことができます。(めんどくさいので嘘でも謝るかもです)
または「退屈」な人が第三者として見ていたなら「まあまあ、もうそのくらいでいいじゃん(めんどくせー奴らだ)」と、「退屈」は意外にケンカを納めることができる感情のレベルです。(あまりかけ離れたレベルではダメ)
また「怒り」にいた人も、エネルギーを発散し尽くしてしまうと、出すエネルギーが枯渇してしまい、そうなると退屈のレベルに近づき、これでケンカが収束してしまうこともあります。(なお、この場合は相手が退屈にいれば、やってくるエネルギーもなく、エネルギーで対抗する必要性がなくなります)
で「怒り」の人が「退屈」まで上がってこれたのなら、全体としては良い結果と言えます。怒りより退屈の方がよほど合理性が高く、生存性は上です。
だって、あれですよ、簡単に「怒り」と書きますが、これって戦争のことですよ。戦争するよか退屈でいた方が1000倍マシでしょう。
感情のレベルの変異の基礎、その段階を上げるメカニズム、それとエネルギーの関係のひとコマです。
さてさて、最後になりますが、今回のストーン、ブラッドストーンを使って困難を乗り越えようとするとき、おすすめするのはエネルギー任せでゴリ押しはしないことです。
自己実現系では「目的に向かって突き進む」とかという表現が多いのですが、それがエネルギーばかりに依存していては全くはかどらないことになります。(これを知らないのでうまくいかない)
先の例にあるように、退屈な人が怒りにいる人を収めることができるのです。
実のところ、退屈な人の「めんどくせー」にはケンカはいやだ、もう止めよう、という「意図」が入っていることを記しておきます。
「意図」そのものははエネルギーではありません。それより先にあることです。
明日が良い日でありますように。