自分自身を探す旅・作られた性格(1)

(今回の記事はユーザーサポートスタッフの中尾友次郎が書きます。)

前回の記事組み合わせの実例「人付き合い」編では問題の根底を掘り下げた上で、必要なパワーストーンをピックアップすることを書きました。

そこで最終的にたどりつくのがその人の「性格」。

ところで、この性格というのが元々は本来のその人のものでない場合もあることがわかっています。その人の生来のものでなく、人生の様々な経験から得てしまう性格です。

この、後から形作られた性格が、その人の生存を助けるものなら問題になりませんが、そうではない場合が少なくありません。

教育によって植え付けられた性格

教育によって植え付けられた性格というのは、ある条件下でその人の自動的な反応となって現れます。この現象のもっとも端的なことは生活習慣であったりもします。これは無自覚なことも多いのですが、いずれにせよ生来その人に備わっている性格ではありません。

もしもこの植え付けられた性格が、現時点でその人の「生存」にとって足を引っ張ることであれば、止めてしまいたいところ。親がよかれと思ってしていた教育でも、それはプラスにならないこともあり得ます。もちろん、教育の名の下に行われた虐待は論外です。

本来は備わっていないのに、ふとしたことから得てしまった性格

これは教育されたわけではなく、人の性格を借りるという現象を含みます。これが現時点での「生存」を助長するなら良いのですが、そうでない場合も多々あります。どちらかと言えば「何かのために」都合が良いと(無意識に)判断した結果の方が多いようです。しかしその判断が、生きる上で本当にプラスなのか、それは十分に怪しいことが多いです。

この話はちょっと分かりにくいかも知れませんが、以下のような例があります。

  • 親の性格を借りる
  • 知り合いの性格を借りる
  • 亡くなった誰かの性格を借りる
  • かつての敵の性格を借りる

この最後の「かつての敵の性格を借りる」ということについて説明が必要そうですね。

「敵」というのは、かつてあなたを攻撃した誰かです。その攻撃をかわすことも逃げることもできなかったとき、あなたはその相手に屈服することになります。しかし、それではあなた自身の生存性が脅かされることになります。そこでとる苦肉の策が「敵のように振る舞うこと」。例えば自分の力や知識ではどうにもならない人間関係の場面に遭遇したとき、この「かつての敵の人格を借りる」ことで、自分が攻撃側に回ることです。

実のところ、子供への虐待が世代を越えて連鎖するのはこのようなメカニズムが考えられます。泣き止まない子供をどうして良いかわからない、そのような場面で、かつて自分の親がした行動を取ってしまいます。

とにかく、これも結局は借り物であって、その人生来の性格ではありません。

自己実現のパワーストーン選びを真剣に行うことは、自分自身を探す旅でもあります。その人本来の自分を取り戻す旅です。


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